作品タイトル不明
第22話 幸せな日々
ネラが自由騎士となった代わりにレックスの身の安全が確保されたことで、アレンの目的は達成された。
ネラとしてライラックのダンジョンを攻略していたのも実績作りの一環であったため、ダンジョン攻略の重要性は低くなったといえる。
それでもアレンはマチルダとも相談の上でネラとしてダンジョンの攻略を継続することに決めていた。
「まっ、領に利益をもたらしているっていうわかりやすい指標になるしな。とはいえ足止めをくってるわけだが」
最近やっと六十一階層の地図が完成して六十二階層に足を踏み入れたアレンだったが、その罠の多さは相変わらずだった。
現状モンスターに関しては瞬殺できるほどの強さを持つアレンだったが、罠となると話は違ってくる。
深層の罠ともなるとそのほぼ全てが致命的な罠ばかりだ。一人で探索するアレンを助けてくれる仲間はいない。
慎重を期して探索する上に、地図に情報を記載する時間もかかってくるのだ。時間がかかるのは当然だろう。
「ゾマルがなんか考えてくれているみたいだが、どうするつもりなんだろうな?」
少しでもこの階層の攻略が楽になってくれればいいんだが、と考えつつ、アレンは少しずつではあるが着実に探索を続けていくのだった。
ライラックのダンジョンの六十二階層の地図を多少広げて戻ってきたアレンは、家族団らんの時間を満喫しようとしたのだが、その前にまずやるべきことを済ましてしまうことに決めた。
それはアレンとして請け負っているポーションの作製だった。
「ご主人様はもはや薬士と思われているんじゃないでしょうか?」
「言うなよ。薄々俺もそう思っているんだから」
メイド服から黒色の作業服に着替えて調薬の手伝いをしているコルネリアの言葉に、なんとも言えない表情をしながらアレンがため息を吐く。
薬草をすり潰し続けるコルネリアの目の前には、明らかに個人に依頼するには多すぎる籠に山盛りの薬草が積まれており、ポーションへの仕上げを行っているアレンのそばには木箱が積まれ、その中にはポーションを入れるための容器がいくつも並んでいた。
二人は愚痴をお互いに漏らしながらも、息のあった様子で次々とポーションを作り出していく。これまで二人が作ってきた本数を考えればそれも当然かもしれないが。
「そういえばご主人様。つい先日、冒険者ギルドから鉄級へ昇格することができるようになったと連絡をいただきました」
「おおっ、さすがコルネリアだな。おめでとう。これでコルネリアも一端の冒険者の仲間入りだな」
コルネリアの報告にアレンが笑顔を見せる。
鉄級冒険者は、冒険者ギルドの中で最も人の多いランクだ。鉄級より上のランクに昇級できるのは限られた一部の者だけであり、多くの冒険者にとって最高到達点とも言えるランクである。
人が多いぶん、同じ鉄級冒険者であってもベテランと新人とでかなり実力差があったり、曲者が多かったりするのだが、一ついえるのは、鉄級になれば一人前の冒険者として見られるということだった。
コルネリアは冒険者として登録してからまだ間もなく、さらに言えばメイドの仕事をこなす傍らで冒険者活動を行っている。
そう考えると異例の早さであるのだが、アレンの褒め言葉にもコルネリアは苦笑いをするだけだった。予想外の反応にアレンが首を傾げる。
「嬉しくないのか?」
「いえ、自分の働きを正当に評価してくださった結果だと考えれば嬉しいですし、ありがたいのですが……私は最近冒険者らしいことをしていないのです」
「そうなのか? じゃあなんで昇級なんて話に?」
手を休めずに尋ねるアレンに、コルネリアは無言のまま視線を向け続ける。始めはその意味がわからなかったアレンだったが、コルネリアの呆れた表情にハッと気づく。
「これか?」
「はい。私はご主人様の受けているポーション作製依頼の協力者として依頼をこなしていることになっていますから」
「あー、たまにはダンジョンにでもレベル上げに行くか? 昇進試験を受けるならレベルが高い方が有利だし」
そんなアレンの提案にコルネリアは首を横に振って返した。
「私は鉄級になるつもりはありません。あくまで本業はメイドですので、昇級して指名依頼などをされても困ってしまいますし」
「たしかにそういう奴もいるな。まあレベル上げはメイドの仕事にも役立つし、また折をみて行こう」
「はい」
笑顔で答えたコルネリアに笑い返し、アレンがぐっと背を伸ばす。そして大きく息を吐くと自らの周囲に並ぶポーションを見回した。
「それにしても改めて多いよなぁ。新参と古参の対立もだいぶ収まったって聞いたんだが」
ポーションを作っているのはなにもアレンだけではない。本職である薬士たちも作っているのにこれだけの量の作製依頼がアレンのもとに来るのはいくらなんでも不自然だ。
新しく見つかったドゥラレのダンジョン目当てにやってきた新参の冒険者と、地元の冒険者が対立するせいでポーションの消費が増えていると以前聞いたアレンだったが、最近はそれなりの落ち着きを見せてきたように感じていた。
しかしアレンのもとに来るポーション作製の依頼が減る様子はない。そんなアレンの疑問にコルネリアがすんなりと答える。
「新人の冒険者が増えたせいではないでしょうか。ネラの活躍が広まったおかげで若い冒険者が増えていると耳にしたことがあります」
「あー、ネラね。新人冒険者が生き残るためにはポーションが必要だし仕方ねえな」
自分(ネラ) の行いが 自分(アレン) に返ってきただけだと察したアレンはそれ以上この話題に触れることなく話を変えた。
コルネリアはそのことに気づいていたが、あえて何を聞くこともなく世間話をしながら調薬を続けていった。
ある程度きりの良いところまで調薬を終えたアレンは、昼食後の時間をゆったりと過ごしていた。
「いいぞ、レックス。頑張れ」
「あい!」
よたよたと懸命に歩くレックスを、拳を握ってアレンが応援する。まだまだ赤ん坊のレックスはバランスが悪いのか、時おり倒れそうになりながらも歩を進め、床に座っているアレンのもとまでたどり着くとぽてっと腰を下ろした。
「だいぶ歩くのが上手くなったな。こんなに上手に歩けるなんてレックスは運動神経抜群なんじゃないか?」
愛らしいわが子を抱きしめるアレンを、同じように床に腰をおろしたマチルダが少し呆れの入った表情で微笑みながら見つめる。
アレンの今の姿はどう見ても親馬鹿に他ならなかった。
「運動神経はまだわからないけれど頭は良いと思うわ。ルトリシアも驚いていたもの。こんなに手のかからない赤ん坊は初めてですって」
そう言って嬉しそうに胸を張るマチルダもまた親馬鹿に他ならなかった。
十代で子どもがいることも珍しくない世間一般と比べれば、アレンもマチルダもそれなりの歳と言える。しかしだからこそレックスのことが愛しく、二人は人一倍愛情を注いで育てていた。
「よし、次はレックスの好きな本の時間にするか。レックスはなにがいい?」
「まおー」
「本当にレックスは魔法が好きね。将来は宮廷魔術師にでもなるつもりかしら?」
立ち上がったマチルダが本棚から魔法についてかかれた本を抜き出す。それは魔法を初めて習う者が読む入門書であり、子どもでもわかりやすいようにかなり言葉を砕いて書かれていた。
もちろんまだ歩くのもおぼつかないレックスの歳では読むのは早すぎる内容だが、最もレックスが喜ぶのがこの本だったのだ。
将来的にはレックスの部屋となるように設え中のこの部屋の本棚には、童話から始まり、読み書き計算の教科書や魔法関連の書物、エリアルド王国史といった様々な本が並んでいる。
それだけでも一財産といえるような価値のある書籍類だが、冒険者アレンの稼ぎだけでも十分に買える範囲ではある。とは言え今の時期にここまで揃えるのは親馬鹿のなせるわざであろう。
アレンの横に腰をおろしたマチルダに、レックスをあぐらの上に載せたアレンが身を寄せる。マチルダが開いた本を興味津々といった様子で見つめるレックスの姿に二人は顔を見合わせて笑い、穏やかな優しい声でマチルダは本を読み上げていった。