軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第21話 自由騎士

ネラの正体をナヴィーンたちに明かしてからわずか一週間後。あれよあれよという間に話は進んでいき、アレンはネラの姿で再び領主の館を訪れていた。

赤と黒を基調としたクラウンの服にマントをなびかせ、シルクハットを頭にのせて涙を流した仮面で正体を隠しながら歩いていく姿は不審者以外のなにものでもない。

アレンの数歩前には案内のために一人の騎士が歩いており、その凛々しい後姿を眺めながらアレンは頬を緩めていた。

(頑張ってるな、エリック。立派だぞ)

騎士となり、街中を巡回することがなくなってしまった結果、アレンが弟のエリックを見かける機会は少なくなってしまった。それを少なからず残念に思っていたアレンは、久しぶりのエリックの働く姿を目に焼き付けるように見続ける。

現在、廊下を歩いているのはアレンとエリックしかいない。それはナヴィーンの下についたアレンへの信頼の証であり、家族に案内された方がいいだろうというナヴィーンからの配慮だった。

二人が言葉を交わすことはない。視界に入っていないからといってどこに目や耳があるかわかったものではないし、黙ったままでも家族である二人にはお互いの気持ちが伝わっているからだ。

背後を振り向かず苦笑するエリックの様子に、アレンは小さく息を吐いて気をとりなおす。

(おっと、今日はエリックの勇姿を見るために来たんじゃなかった)

しばらく歩いて二人は見覚えのある扉の前で立ち止まる。両側に控えていた騎士たちがその扉を開くと、赤い絨毯の敷かれた中央の通路がまず目に入り、その左右に微動だにせず控える騎士たちの姿があった。

部屋の最奥、ナヴィーンの座る立派な椅子の両側には文官らしき男たちが並び、中央には最近よく会っていたサイモンの姿もみえる。サイモンはアレンの姿を認めると僅かに微笑み、すぐに表情を元に戻した。

騎士の列の端に加わるエリックを見送り、アレンがゆっくりと赤い絨毯を進んで行く。そして以前のエリックと同様にその途中で止まるとゆっくりと片膝をついて頭を下げた。

「ネラ、そう畏まる必要はない。面を上げよ」

ナヴィーンの言葉に従い、アレンはゆっくりと顔を上げる。ナヴィーンは鷹揚にうなずくとゆっくりと話し始めた。

「これまでの貴殿の功績は枚挙に暇がない。鬼人のダンジョンの単独攻略に始まり、ドラゴンダンジョンのスタンピードの制圧。ライラックのダンジョンの最深層の更新など貴殿の活躍はこのライラックに繁栄と希望を与えてきた」

ナヴィーンの言葉はそこまで大きくないはずだが謁見室内に響き渡り、その場にいる皆の体に染み込んでいく。

この場にいるのはなにもネラに対して好意的な者たちばかりではない。恐れを抱く者、懐疑的な者、反抗心を抱く者、利用しようと頭を巡らせる者。

ナヴィーンもそれを把握している。だからこそ、ナヴィーンは少し微笑んで言葉を続けた。

「その比類なき強さで、これからもこの街を、この国を守ってほしい。ネラ。貴殿にライラック自由騎士の位を授ける」

自由騎士という言葉に、その場にいた人々からざわめきが聞こえる。すかさず視線を走らせたサイモンの姿にすぐにそれは収まったが、場の雰囲気は落ち着きとは程遠いものになっていた。

自由騎士は位としては騎士爵と同格になる。貴族街の端に屋敷を与えられ、使用人を雇う程度の俸給が支払われるところも同じだ。

しかし決定的に違うところが一つある。それは……

「私を含め、誰もが君に命令する権限はない。ライラックのためになると君が考えた依頼があれば受けてくれ。まあライラックのダンジョンの攻略を進めてくれる以上に街に寄与するものはそうそうないと思うがな」

ナヴィーンがちらりと左に視線を向け、文官の端に並んでいた小太りの男がピクリと体を震わせる。あまりにもわかりやすい動揺の仕方に、思わず笑ってしまいそうになりながらもなんとかアレンは沈黙を貫いた。

(あれが例の男爵ね)

実務能力は高いが野心が強すぎるので注意してほしいとサイモンから教えられた人物であろう男を観察しながらアレンは考える。

見たところ他の者たちに比べて体型もだらしないし、どこか小物臭の漂っているようにアレンは感じてしまうが、ライラックの財務を実質的に取り仕切っているのがあの男であり、その手腕はサイモンも認めるところらしかった。

しかしアレンが手にした自由騎士という立場は、いわば領主子飼いの冒険者であるというものに過ぎない。各地を放浪しがちな冒険者を手元に留める手段の一つであり、それゆえに縛りも緩いのだ。

指名依頼料の代わりに騎士爵を与えるほど厚遇しているのだから、よけいなちょっかいはかけるなよ。双方で納得しているんだからな、と内外に知らしめるためのものといえばわかりやすいだろうか。

もちろん自由騎士という立場を与える代わりになにがしかの契約が交わされていることが普通なのだが、ナヴィーンはネラに何も要求しなかった。

弱みにつけこむより、アレンが大切にする者たちを手厚く保護してやれば、アレンはネラとしてライラックに貢献し続けるだろうと考えたからだ。かつてイセリアからされた助言をナヴィーンはしっかりと覚えており、それゆえの判断だった。

そういった諸々の状況を考えれば、誰かがネラを利用しようと考えても不可能なようにアレンには思えた。

(ただ貴族の世界はよくわからんからなぁ。とりあえずアドバイスどおりダンジョン攻略に専念しているから依頼なんて受けない、って立場でいればいいか)

そんな風に結論を出したアレンにナヴィーンが近づく。そして後ろに付き添っていたサイモンから手渡された箱を開けると、その中にあったライラック家の紋章が入ったバッチをアレンに差し出す。

アレンはそれをうやうやしく受け取ると、ゆっくりと自分のマントの襟首につけた。

「我が力は盾なり。ライラック家の志と共に、領地の繁栄の一助となることをここに誓う」

アレンとは似ても似つかぬ低く深い声でなされた宣誓に、先ほどとは比較にならないほどのどよめきが広がる。

これまで一度としてネラは言葉を話さず、全て文字や態度でやり取りしていたことは周知の事実だ。以前スタンピードの褒賞時に謁見したときも一言さえ発さなかった。

どうせ今回も、と考えていた一同にとって、それは衝撃の出来事だったのだ。

「期待しよう」

少し面白そうに目を細めて、短く返したナヴィーンが謁見室から去っていく。アレンは頭を下げてそれを見送り、ここに新たなライラックの騎士が誕生したのだった。

ネラが与えられた騎士としての屋敷は、エリックの屋敷の二軒隣に位置していた。たまたま空いていたからとのサイモンの言だが、それを鵜呑みにするほどアレンは馬鹿でも気が利かないわけでもない。

ナヴィーンたちの心遣いに感謝しつつも、アレンは少し悩んでいた。

「もったいねえよな」

与えられた屋敷は外装も内装も改修されて新築同然になっており、必要な家具も既に備えつけられている。

すぐにでも生活ができる環境ではあるのだが、あいにくアレンはここに住む予定は全くなかった。

今でさえ屋敷に住みながら、たまにアレンの生家に戻って掃除など維持管理をしているのだ。さらに家が一軒増えるなど無駄でしかない。

「かといって誰かに貸すのも難しいし。とりあえず帰ったらマチルダに相談するか」

そんなことを呟きながら、アレンは与えられた屋敷を出てライラックのダンジョンに向かったのだった。