作品タイトル不明
第20話 密約
表情を固まらせるアレンを眺めながらサイモンは続ける。
「ライラック出身の冒険者。弟二人に妹二人の五人兄妹の長男で、現在はギルド職員の妻と結婚し男児をもうける。現在の冒険者ランクは金級で……」
すらすらと迷うことなくアレンの情報を並べたサイモンはそこで溜めを作り、アレンの顔色をうかがう。アレンがなるべく平静をとりつくろいつつも、その頬はピクピクとうごめいてしまっていた。
「で?」
「ネラの有力候補の一人でした。まだ調査段階ではありませんでしたが」
ナヴィーンに促されたサイモンが肩をすくめる。
(あっぶねぇー)
早鐘のように打つ鼓動を感じながらアレンがこっそりと息を吐いて気を落ち着ける。
今のサイモンの言動から考えるとアレンに調査の手が伸びる寸前だったということがうかがえた。そうでなければ金級冒険者とはいえ、アレンの家族構成などを知っているはずがない。
笑みを浮かべたままのサイモンの視線に薄ら寒いものを覚えつつアレンが尋ねる。
「疑われた理由をお聞きしても?」
「そうですな。一つは外見的特徴が一致し、ネラの偽装の依頼を受けていること。木を隠すなら森といいますから。そして近年急激に冒険者ランクを上げたということが調査の必要性を上げたと言えます。ただ地元出身の冒険者であり、ネラの出現からランクの上昇までにズレがあったこと、またそのランクの上がった要因としてイセリア様が関わっていたことなどから後回しにされていました」
「そういえば一度イセリアと共にダンジョンを攻略した冒険者について報告があったな。それが君だったか」
「ええと、まあ、そうです」
イセリアの名前が出た途端に親しみを感じる口調に変わったナヴィーンの姿を見て、アレンは胸の内で予想していた、もしかしてイセリアはナヴィーンの隠し子ではないかという考えを強める。
さすがにそれをこの場で口にして確かめるほどアレンは愚かではなかったので、確信には至らなかったが。
自ら正体を暴露する前に正体を知られているという最悪の事態を回避できた幸運に感謝しながらアレンは話を進める。
「囲んでいただきたい勇者の卵は俺の、いや私の子のレックスです。王都で修行している妹のエミリーに以前祝福をしてもらい、その時に勇者の卵であることがわかりました。報告の義務があるのは承知していましたが、 俺が(・・) 無理を言って止めさせました。レックスを連れていかれたくなかったので」
エミリーや他の者に非はなく、自分が強制したと伝えるアレンにナヴィーンたちは黙ってうなずく。
「そして領主様が勇者の卵を囲う権限を持っていると知り、それに見合う実績と対価が用意できるようにここ最近ネラとして活動してきました。そして今、ここにいるというわけです」
これまでの経緯を簡単にまとめて話し終え、アレンが様子をうかがう。眉根を寄せて思案するサイモンをよそに、ナヴィーンはふっと柔らかい笑みを浮かべる。
「ドラゴンダンジョンのスタンピードを止めただけで、君は十分な対価を払っているよ」
「しかしそれはネラの身分証を……」
「そもそもその対価が見合っていないんだよ。イセリアの助言もあってそれ以上はなにもしなかったがね。これでやっと借りが返せる。サイモン、諸々の準備は任せた。それが整い次第、冒険者ギルドに使いを出そう」
「承知いたしました」
「子どものことは安心するといい。ライラック家の名にかけて守護すると誓おう」
「ありがとうございます」
力強いナヴィーンの言葉にわずかに瞳をうるませながらアレンが感謝を伝える。
そして用意された契約書にナヴィーンとアレンは合意の上で署名し、レックスを巡る一騒動に区切りがついたのだった。
アレンが執務室から出て行き、二人きりになった部屋の中でナヴィーンは大きく息を吐いてソファーに体を預けていた。その横では黙々とサイモンがネラに爵位を与えるべく書類の準備を続けている。
「お前も少し休んだらどうだ?」
「休まない理由はナヴィーン様も承知していると思いますが?」
「彼の態度からしてそこまで急ぐ必要もないとおもったが」
「万一ということもございます。脅威を取り除き、さらにそれを味方に引き込める絶好の機会を逃すことはできません」
ペンを止めないサイモンにナヴィーンは感謝を伝え、見慣れた天井を眺めながら再び大きく息を吐く。
アレンが安堵したようにナヴィーンも今回の密約が結ばれたことを安堵していた。なぜならネラが現れた頃からの懸念事項がこれで解決したからだ。
鬼人のダンジョンを単独で踏破するほどの実力をもちながら正体不明の存在であるネラの登場は、この地を治めるライラック家にとって頭の痛い問題だった。
もちろんダンジョン攻略の恩恵をライラック家も受けていたのだが、その正体不明の実力者はスラムに出入りし、正体を掴むどころか接触をはかることさえできなかったのだ。
その格好や行動が明らかに目立っているため、ライラックに仇なすものではないと考えられていたものの潜在的な脅威であることに変わりはなかった。
その後イセリアによる報告や、スタンピードを止めた行為、その後の身分証の交付などでその危険性は低く判断されるようになったが、それに反比例するようにネラを取り込むべきだという声が高まっていたのだ。
ナヴィーンはイセリアの助言に従い、あえてネラとの接触は避けてきた。しかし事情を知らない者たちは勝手にナヴィーンのご機嫌を取るためにネラと接触を図り始めた。
報告を受けたナヴィーンが制したため領内の者についてはどうにかなったが、今度は他領の者がネラを引き抜くための工作を始めたりと次々に問題が起こっていたのだ。
特にネラが積極的に活動を始めてからはその動きが激しく、さらにゾマルを目的に集まるドワーフたちの対応にも追われた結果、ネラの調査を進められなかったという事情があった。
今回の密約によりネラが正式にライラック家の下につくということになれば、頭を悩ませていた事態が解決することになる。
ナヴィーンの苦悩をずっと支えてきたサイモンからすれば、一刻でも早くそれを確実なものにしたいと考えるのは自然なことだった。
ナヴィーンが視線を下げ、サイモンを見つめる。
王都の学び舎で知り合い、家を捨ててまで自分をずっと支え続けてくれた無二の親友の真剣な横顔を。
「サイモン。君にはいつも助けられてばかりだな」
「私が受けた恩は返す主義なのは知っているでしょう?」
「ああ。本当に私は運がいい」
視線も向けずにそう返してくるサイモンに苦笑しながらナヴィーンは身を起こす。そして親友に恥じぬように領主としての役目を果たすべく気合を入れなおしたのだった。
その晩、マチルダに交渉の結果を伝え、喜びあったアレンは久しぶりにリラックスしながらベッドに入っていた。
これまでは気にしないようにと思いつつも、頭のどこかにレックスのことが引っかかってしまっていたのだ。それはマチルダについても同様であり、昨日よりも穏やかな表情で眠っているマチルダを眺めながらアレンは微笑む。
「心配させてごめんな」
ゆっくりとマチルダの髪を撫でると、少しむずがるようにマチルダが身をよじる。その様子にアレンは笑みを深めるとゆっくりと手をどけた。
マチルダを、そしてその奥に見える子供用のベッドで眠るレックスの健やかな寝顔を眺めアレンが拳を握りしめる。
(絶対になにがあっても守ってやるからな。そのためなら何でも用意……そういやミスリルの剣渡さなかったな。せっかく準備したのに)
そんなことを思い出して苦笑しながら、アレンは眠りに入り、久しぶりに家族団らんの幸せな夢を見たのだった。