作品タイトル不明
第12話 思わぬ影響
ライラックの中央に位置する領主の館は、普通の貴族の屋敷とは違い質実剛健というのに相応しい頑強な造りをしている。
伯爵という高位の貴族であるため、無機質で無骨な印象を与えないように工夫されているが周囲に四つのダンジョンがある立地上、最後の砦となるべく造られているからだ。
そんな館の一室、領主の執務室において、この館の主であるナヴィーン・エル・ライラックは顔をしかめながら近隣の領主から届けられた書状を読んでいた。
ナヴィーンの机の上にはその他にも蜜蝋で封印された手紙が何枚も届いており、それにちらりと視線をやったナヴィーンがため息を吐きながら手に持っていた手紙を机の上に放り投げる。
ナヴィーンの傍らに立っていた四十がらみの背の高い男が、その仕草を眺めて苦笑いを浮かべた。
「ナヴィーン様。他家の書状を粗末に扱うのはいかがなものかと」
「お前だって笑っているだろ」
気安げなナヴィーンの言葉にその男は取り澄ました顔で応える。いつもどおりの姿に苦笑したナヴィーンは再びため息を吐き、首を軽く左右に振ってから再び男を見つめた。
「で、サイモン。事務方のトップとしてのお前の見解は?」
「近隣と友好関係を築いてきて良かったですな。この程度で済んだのはナヴィーン様の人徳の賜物でしょう」
「与えた恩が私と関係ないところで削られていくのは気に食わないがな」
「無能な者を見極めるよい機会でしょう」
サイモンの皮肉に少しだけ笑みを浮かべ、ナヴィーンは机の上に広がる手紙を改めて眺め顔をしかめる。
それらは近隣の領主からの手紙だ。伯爵であるライラック家はエリアルド王国南部を取りまとめる立場であり、その寄り子の貴族からの手紙も多く含まれていた。
その手紙は書きようこそ様々であるのだが、内容はほとんど一緒である。
『領内のドワーフがライラックに行ってしまい支障が出ている。どうにかできないか』
別に自身がドワーフを集めたわけでもないナヴィーンにしてみれば、知ったことか! というのが正直な気持ちだ。しかしそれを馬鹿正直に返すことなどできるはずがない。
自分では対策をとらずにただ助けを求めるだけの愚か者からの書状だったとしても、ライラックに各地にいたドワーフが集まっているのは事実なのだから。
「強制的に帰す、というのはやはり無理だ」
「手段を選ばずというのであれば可能です。かの種族の性格を考えれば得策ではないでしょう。下手をすればエリアルド王国が見捨てられかねませんが、そうされますか?」
「わかっていることを聞くな」
軽薄な笑みを浮かべながら案を出すサイモンにナヴィーンは渋い顔で返す。気をまぎらわそうとしてそんな軽口をサイモンがきいているとナヴィーンもわかっている。しかしそれにのれるほどの余裕はナヴィーンにはなかった。
ドワーフは特殊な種族だ。
エルフ同様に長寿であるが、エルフとは違い、ある程度の大きさの集落は存在するもののドワーフの国というものは存在しない。個人や小さな集団が世界各地に散らばっているのが現状だ。
その大多数は酒を好み、器用な手先を生かして鍛冶や裁縫などの一流の職人として各地に根付いている。
総じて頑固な職人気質であり、政治的な思想とは縁遠い。邪魔をしなければ、優れた作品をどの国にももたらしてくれる。だからこそ世界各地で受け入れられている稀有な種族だ。
逆に言えば、その機嫌を下手に損ねるとドワーフたちはその国をあっさりと見捨ててしまう。それは歴史が証明している事実だった。
近隣の領地からドワーフがライラックに来てしまっている。それだけであればナヴィーンもここまで余裕を失うことはない。援助金を出すなり、ライラックの職人を一時的に派遣するなりして時間を稼ぐことができるからだ。
しかし現状はそんなに甘いものではなかった。
ナヴィーンが執務机の引き出しを開け、一枚の手紙を取り出す。盾の中央に緩やかに髪を流す女性の横顔が描かれた印で封をされたそれは、ライラックとドゥル山脈を挟んで隣接するコーニッシュ辺境伯からのものだった。
どの領主よりも早く届いた手紙に書かれていたのは、どの領主よりも短く、そして重要な内容だった。
『獣人の国のドワーフがゾマル目当てに移動する可能性がある。早期の対応を』
ナヴィーンはコーニッシュ辺境伯の性格を良く知っている。幼いころに遊んでもらった相手でもある五歳年上の現コーニッシュ辺境伯は、冗談を好まない生真面目な男だ。
同じ伯爵位ではあるが地位は辺境伯の方が高く、本来であればエリアルド王国南部のとりまとめをすべきなのはコーニッシュ辺境伯である。しかし国防こそ我らが生きる道という家訓に従うコーニッシュ辺境伯家を、ライラック伯爵家が盟友として代わりに支え続けてきた結果、南部は今のような形になったのだ。
現状エリアルド王国と獣人の国、そしてエルフの住むヴェルダナムカ大森林は友好的な関係を築いている。
それを崩さないように腐心しているコーニッシュ辺境伯がわざわざ早馬まで使って知らせてきたということは、このままずるずると時間が経ってしまえば獣人の国との関係が高い可能性で悪化すると予測していることを示していた。
「ゾマルがやって来た理由はネラのダンジョン探索を手助けするためだ」
「はい。しかしネラは面会自体を拒否しています」
状況を整理しようとしただけなのに先を潰され、ナヴィーンが渋い顔でサイモンを睨む。しかしこれまで何度もそれを繰り返し、ネラに関与しないようにあの手この手で穏便に済ますことはできないかと案を出したがどれも結果に結びつかなかった。
もはやそこを避けることはできない。そうサイモンはあえてナヴィーンに示したのだ。
「奥の手を使われては? 糸の君ならばネラも話を聞くと思いますが」
ネラに繋がる糸、イセリアのことを考えナヴィーンが首を横に振る。
ナヴィーンはイセリア本人からヴェルダナムカ大森林に向かうと聞いていた。既に冒険者ギルドからも報告を受けており、この街に既にイセリアはいないことは確定している。
ナヴィーン自身、今イセリアがここにいればどれだけ心強いかと考えている。そしてそんなことを考えてしまった自分に対して苦笑いを浮かべた。
(今の良好な関係を維持したかったのだがな)
イセリアの忠告に従い、ナヴィーンはあえてネラに接触しようとはしてこなかった。一領民として保護するに留め、接触しようとする配下の者がいればそれとなく止めていたくらいだ。
ネラの規格外の武力を考えれば、どうにか取り込もうと考えるのが貴族だろう。当然配下の中にはそう考える者もいたがナヴィーンは頑として首を縦には振らなかった。
その結果アレンは逃げることなく比較的自由にネラとして活動することができ、ライラックのダンジョンの攻略も進んだ。
ネラの探索のおかげでライラックのダンジョンから産出されるようになった属性つきの魔石は国に買い取られ、いざという時の備えとして備蓄が進んでいる。その結果ライラックが受けた恩恵は少なくなかった。
だがこのままではそれも無に帰すかもしれないのだ。
「そうだな。これ以上避けることは難しいか」
職人街に集まるドワーフたちは日々数を増しており、今この時にもライラックに向かっているドワーフがいることは明らかだった。
ナヴィーンは椅子に背を預けて天井を見上げ、そしてイセリアに別れ際に教えられた言葉を思い出す。
「いざという時はネラ様を頼ってください。優しいあの方はきっと力になってくれますから」
全幅の信頼を寄せた柔らかい微笑みで伝えられたその助言に従い、ナヴィーンはサイモンを伴い、行動を開始したのだった。