作品タイトル不明
第10話 ゾマルの行方
ダンジョンから帰還したアレンはホクホク顔で屋敷に戻っていた。それはもちろん六十一階層で手に入れたミスリルのインゴットのおかげだ。
機嫌の良いまま夜を迎え、コルネリアやルトリシアが屋敷を去る。家族水入らずとなったところでアレンはマジックバッグからミスリルのインゴットを取り出して見せた。
マチルダが大きく目を見開き、そしてアレンに確認するように視線をやる。それに対してアレンは笑いながら頷いた。
「ミスリルなのよね?」
「ああ。しかもこれだけの量だ。交渉材料としては十分だろ?」
「そうね」
少し呆然としつつもマチルダが同意を示す。レックスを守るための一助になるだろうと頭では理解しつつも、驚きの方が勝ってしまっていたのだ。
マチルダはギルドの受付嬢として長年働いてきた。ドラゴンダンジョンに挑戦する高位の冒険者の相手をすることもあり、その中には装備にミスリルが使われている者もいた。
しかしそのクラスの冒険者であっても基本的にミスリル合金やミスリルを表面に加工した装備がほとんどであり、純ミスリル製の装備をしている者などマチルダが知る限り一人しかいない。
冒険者の頂点、オリハルコン級の冒険者である剣聖その人しか。
「ミーリウ」
「おっ、レックスもミスリルに興味があるか?」
マチルダの膝の上に抱かれたまま、レックスが興味津々の顔でアレンが取り出したミスリルのインゴットに手を伸ばす。アレンはインゴットが落ちて怪我をしないように注意しながら、レックスに触らせてやった。
目を見開いて楽しそうに触るレックスの姿にアレンが頬を緩める。そんなことをしている間にマチルダも落ち着いたのか、一度息を吐いて苦笑いを浮かべた。
「ライラックのダンジョンの攻略層の更新の実績とこのミスリルのインゴットがあれば十分よね?」
「たぶんな。これからも攻略は続けるつもりだが、ひとまず安心してもいいと思う」
「そう。アレン、ありがとう」
「いや、俺たちのレックスのためだ。親の俺が頑張るのは当たり前だろ。それにマチルダがレックスを大事に育ててくれているからこそ俺は攻略に専念できたんだ。俺の方こそありがとうな」
お互いに感謝を伝え合い、アレンとマチルダが顔を見合わせて笑う。それは心の底からの笑みだとわかる晴れ晴れとしたものだった。
もちろん二人は今までの生活が幸せでなかったわけではない。しかしどんなに楽しくても、嬉しくても、心のどこかでレックスの将来に対する不安がしこりのように残っていた。
しかし解決の目処が立ち、やっと二人は以前のように笑うことができるようになったのだ。
笑う二人の間ではミスリルを触っていたはずのレックスが、インゴットを抱くようにして眠ってしまっていた。その愛らしい姿に二人は目を細め、レックスを起こさないようにゆっくりとベビーベッドに寝かせる。
ミスリルのインゴットを抜くとレックスはそれを求めるように手を動かし、そして布団を掴んで落ち着いたのか笑顔のまま安らかな寝息を立て始める。
「この子にはずっと笑っていて欲しいわ」
「そうだな。いつか独り立ちするその日まで、俺たちが守ってやろう」
マチルダの肩にアレンが手を置いて抱く。マチルダはこてんとアレンの胸に頭をゆだねながら至近距離でアレンの顔を見上げる。
「守るだけじゃ駄目よ。レックスにはアレンみたいに人を守ってあげられる優しくて強い子になってほしいもの」
「俺はそんな大したもんじゃねえよ。家族を守るために必死で生きてきただけだ」
「家族のために必死になれるって素敵なことよ」
手放しで褒められ照れるアレンの目の前でマチルダが瞳を閉じる。腕を回して抱きしめつつアレンはその唇に自分の唇をゆっくり重ねた。
抱きしめあった二人の鼓動は共鳴し、そしてゆっくりとその唇が離れる。潤んだ瞳で見つめるマチルダの姿に、アレンは自分の鼓動が早まっていくのを感じた。
そのことに気づいたマチルダが少し冗談めかした笑みを浮かべながら問いかける。
「ねぇ、アレン。妹や弟がいるって楽しいわよね?」
その言葉の意図に気づいたアレンは、軽々とマチルダを抱き上げるとそのままベッドに向かう。そして愛を確かめ合う二人の長い夜が始まったのだった。
翌日、アレンは少しけだるい体をひきずりながらライラックの東に位置する職人街に向かっていた。
いつもダンジョンから帰った翌日は家でのんびりと過ごすのだが、これまで節制していた反動のせいか、今マチルダのそばにいると歯止めがきかなくなりそうだったので頭を冷やしがてらゾマルがどうしているかを確認にきたのだ。
「さてどこにいるんだろうな?」
アレンはゾマルがどこにいるのか知らなかった。アレンの屋敷に来たら歓迎しようとは思っていたが、鍛冶を極めるために忙しいだろうゾマルを自分から訪ねようとは考えていなかったからだ。
少し思うところがあってゾマルを探そうと決めたのだが、正確な居場所となると手がかりはないに等しかった。
ゾマルの性格からして職人街のどこかにいるだろうと推測しているし、別れた場所もここなので十中八九それは当たっているだろうとアレンは考える。
しかし、ただ歩き回っても出会う確率は低いだろうとは容易に想像がついた。ぶらぶらと通りを歩くような暇があれば、ゾマルは鍛冶に打ち込んでいるだろう。そう考えると外で偶然出会う確率は限りなく低い。
「とりあえず師匠に聞いてみるか。ゾマル師って言って崇拝していたし、なにかしら聞いているかもしれねえし」
そんな独り言を呟きながらアレンは歩き続ける。道中、手土産になりそうな酒を仕入れてマジックバッグに詰め、ゆっくりとした歩調でアレンはドルバンの工房に向かった。
職人街にたどり着いたアレンは少し懐かしく思いながらドルバンの工房を目指して歩いていく。もしかしたらと考え、周囲にも注意を払っていたがゾマルに出会うことはなかった。
そして見覚えのある工房にたどり着いたアレンだったが、その煙突から立ち上る煙を見てため息を吐く。
(鍛冶の真っ最中だったか。今日は出直しだな)
鍛冶の最中、ドルバンと話すことは不可能だ。なにせ不眠不休で鍛冶を行い、終わった後には倒れるほど精魂込めているのだ。ドルバンと話すならば鍛冶が終わった翌日。そのことをアレンは知っていた。
帰ろうとしたアレンだったが、どうせなら手土産を置いて伝言を残しておこうと思い直して工房の扉に手をかける。
「師匠、とりあえず酒だけでも……」
意味ないだろうなと思いつつ、そう声をかけてアレンが扉を開ける。そして酒瓶や洗っていない食器などがいたるところに転がり、足の踏み場もないほどに荒れ果てた部屋を見て顔色を変えた。
ドルバンは鍛冶の前には、食事や飲酒のせいで汚れた部屋を必ずきれいにするのだ。
生活から鍛冶に心を切り替える儀式のようなものであり、ドルバンがそれを重要視していることをアレンは知っていた。部屋の片づけが進むごとに、ドルバンの目が変化していく様子を何度も見たことがあるからだ。
アレンはゴミを蹴散らしながら奥に向かい、工房の扉を開ける。
「ししょ……う?」
むわっとした空気に頬を撫でられながら鍛冶場に入ったアレンは、目に入ってきた光景に言葉を止める。
ジロリと幾つもの瞳がアレンを一瞥し、そしてすぐに元の方向に戻った。何十人というドワーフに囲まれ、その視線を受けながら鍛冶をしているのは、アレンが探していたゾマルだった。