作品タイトル不明
第9話 罠の階層
ゾマルの護衛依頼を終えたアレンはネラとして活動しつつ、アレンとしてはポーションを作製する日々に戻っていた。
ネラとして二度のダンジョン探索の結果、六十階層の半分ほどを探索したところで次の階層に向かう階段を見つけたアレンは、新たな階層の探索に入っていた。
「環境的には楽なんだけどな。モンスターもほとんど出ないし」
レンガ造りの壁に囲まれた通路を慎重に歩きながらアレンが独り言を呟く。
暑かったり、寒かったり、暗闇だったりと、そこにいるだけで体力や精神力を削られるこれまでの階層に比べ、今アレンが探索している六十一階層ははるかに探索しやすい環境ではあった。
しかし……
「はぁ、またかよ。これは既存の罠っぽいよな」
足のすねの高さに張られた髪の毛よりも細い透明な糸を目ざとく見つけたアレンがため息を吐く。そして作製途中の地図を取り出すと、そこに小さな×印を書き加えた。
アレンが数日かけて作成中の地図だったが、そこには無数の×が描かれている。下手をすればその×が重なっていることもあるくらいに。
地図を片手に罠から少し離れたアレンが、マジックバッグから取り出した拳大の瓦礫を糸に向かって投げつける。さして抵抗も無く細い糸が切れると、その頭上から全長2メートル以上はあろうかという刃が打ち出され、地面に突き刺さった。
もしその場に留まっていたのであれば、頭から股まで真っ二つにされていたであろう殺す気満々の軌道にアレンがため息を吐く。
「これはまた……凶悪な罠だな。範囲が狭いだけマシか?」
そんなことを呟きながらアレンは先ほど地図に書いた×印の場所に数字を記すと、別の紙にその数字と罠の詳細を記していく。最初は地図に罠の説明を書いていたのだが、あまりの数の多さに罠の詳細は別に書くようにしたのだ。
今までいくつかのダンジョンを探索したアレンだったが、地図と罠の説明が分かれている階層など見たことがなかったし、噂として聞いたこともなかった。
「あー、頼りになる斥候の仲間が欲しい。ルパートとか助けてくれねえかな?」
イセリアを陰から助けてもらうためにエルフの里に同行した、勇者の卵であるテッサの仲間のルパートのニヒルな顔を思い出しながらアレンが嘆息する。
ルパートはアレンに斥候のイロハを教えてくれた恩人であり、アレンの知る限り最も有能な斥候だ。冒険において偵察から罠の解除、食事の用意などをこなす一方で、街中における情報収集能力も高い。
テッサたちが一流の冒険者として安定して戦い続けられたのはルパートの力が大きかっただろうとアレンが個人的に思うほどの人物だった。
「そういや、ルパートは合流できたのかね? テッサは伝言を残しておくって言っていたから大丈夫だと思うが」
そんなことを呟きながら罠の詳細を書き終えたアレンが、それをマジックバッグに再びしまう。
そして顔を上げたアレンの視界に50センチほどの小さなモンスターが地面にうずくまりながら何かしている様子が入ってきた。
「ちっ!」
アレンは腰に提げた袋に手を入れると赤と青の玉を取り出しそれを重ね合わせる。二つの玉は融合して紫色に変化し、アレンはそれを全力で小さなモンスターに向けて投擲した。
風切り音にそのモンスターが顔を上げる。紫色の玉はモンスターの顔に当たって破裂し、周囲に液体を撒き散らした。
「ギャアァァー!!」
つんざくような悲鳴が辺りに響く。モンスターの体躯はぐずぐずと崩れていき、背負っていた布袋ごと周囲に刺激臭を撒き散らしながら溶けていく。
そして唐突に布袋がバンッと大きな音を立てて破裂すると、モンスターは粉々に砕けてしまった。
その様子を最後まで油断せずにアレンは眺め、大きくため息を吐く。
「爆発系でまだましだったな。ガス系だと通れなくなるし」
袋に突っ込んでいた手を抜き、アレンが慎重に歩き始める。硬いダンジョンの壁面のレンガにひびが入るほどの爆発の威力を改めて確認し、残った刺激臭に少し顔をしかめながらアレンはその横を通り過ぎる。
倒したモンスターは粉々になってしまっているため、素材どころか魔石も採取できない状態だ。そういう意味では戦うだけ損なのだが、放置できない理由があった。
モンスターの名はトラッパー。その名が示すとおりダンジョン内に罠を張る珍しいタイプのモンスターだ。
王都にあるダンジョンの低階層でまれに出るらしく、アレンもギルドの資料で見たことがあった。ただその資料には落とし穴などの簡単な罠を張ると書かれていたが、アレンがこの階層で出会ったトラッパーが仕掛ける罠は凶悪なものしかなかった。
「階層が深いだけ罠も巧妙になるってことだろうが……罠だらけの階層に罠を張るモンスターがいるなんて悪夢でしかないな」
トラッパーは近づくと逃げる習性があり、気配察知能力が高いため下手な遠距離攻撃は避けられてしまう。
確実に倒すには逃げられないほどの速度で近づき近接攻撃する方が良いのだが、ダンジョンの罠があるため発見したとしても下手に追いかけることはできない。
しかも近接攻撃で倒すにしても、背負った布袋に衝撃を与えると先ほどのように爆発したり、毒ガスが吹き出てくる可能性もあるのだ。
アレンは幾度かの遭遇の結果、確実に背中の布袋に隠された罠を発動させる今の方法に落ち着いたのだが、ダンジョン産の道具とアレンの投擲速度があってこそだ。
現実的な方法として普通の冒険者がとれるのは投擲や弓もしくは魔法による対応となるだろうが、あまり前衛が活躍できない階層になるだろうことは明らかだった。
「深い階層は本当に特殊なことが多いな」
そんなことをしみじみと呟きながらアレンは通路を右に曲がる。数メートル進んだ先で通路は行き止まりになっており、そこには頑丈そうな銀色の宝箱が鎮座していた。
久々の宝箱の出現にアレンは顔を緩め、そしてすぐに引き締めた。今までのこの階層の様子からして、宝箱に罠が仕掛けられているのはほぼ確定している。
「さて攻略を優先するなら無視するって選択肢も無い訳じゃねえが……まっ、良いもんが見つかって目的が達成できる可能性もあるしな」
王家に伝わる剣のような武器が発見される可能性もあるのだ。そうなればレックスを守る交渉の切り札として使えるようになるかもしれない。
そんな言い訳で自分自身を納得させ、アレンは久しぶりの宝箱にうきうきとする気持ちをなんとか抑えながら罠の確認にとりかかったのだった。
そのおよそ二時間後。
「ふぅ、気軽にとりかかるんじゃなかった」
額に滲んだ汗を袖でぬぐい、アレンが大きく息を吐く。
宝箱に仕掛けられていた罠はアレンが今まで見たこともないほど複雑なものだった。途中でやめようとすればそれだけで罠が発動するタイプのもので、集中力が持続できたからこそ成功したが、一瞬でも気を緩めれば駄目だっただろう。
次に宝箱を見つけたとしても開けるのはやめておこうか、そう考える程度にその難易度は高かった。
「これではずれだったら、かなりへこむな」
苦笑いしながらアレンがゆっくりと宝箱の蓋を開けていく。一応すぐに逃げられるような体勢をアレンはとっていたが、罠は発動せずに蓋は完全に開ききった。
その中には白銀に輝くインゴットが5本並んでいた。見覚えのある独特の輝きにアレンがぽつりと漏らす。
「ミスリル」
剣一本分に十分な量のミスリルインゴットをアレンは眺め、笑みを浮かべたのだった。