作品タイトル不明
第2話 旅立ちの日?
その日の午後、指名依頼の内容を聞いて内心面倒だと思いつつ受領したアレンは、それから数日間準備を整えた上でライラックを出発した。
ライラックからドゥラレに向かう時、普通は乗合馬車を利用する。決して快適ではないが護衛に守られながら比較的安価に旅をする事が出来るからだ。
かかる期間は七日から十日程度であり、ドゥラレにダンジョンが発見された影響で以前は一週間に一度だった便は、現在一週間に二、三便まで増えている。
また冒険者であれば商人の護衛依頼をこなしつつ向かうという方法もあった。ドゥラレのダンジョンの深層は必ず宝箱が出現するダンジョンだ。それらのお宝を目当てにドゥラレに向かう商人は少なくない。
金級冒険者であるアレンならば、護衛依頼を受けようと思えば簡単に受けることができた。しかしアレンが選んだのは自身で歩いていくという方法だった。
早朝、南門から街を出たアレンはライラックのダンジョンに向かう冒険者に混じりながら南へと進んで行き、ダンジョンに入っていく冒険者たちを尻目にそのまま南進していった。
商人たちの乗った馬車が少し速度を上げながら進んでいくのをのんびりと眺め、アレンはゆったりとした足取りで歩いていく。
周囲にはアレンと同じように徒歩でドゥラレの方向に向かっている冒険者もいたが、足早にアレンを追い越していった彼らとの距離はどんどんと離れていった。
「うーん、若いねぇ」
ドゥラレのダンジョン攻略の未来図を楽しげに話しながら進んでいく彼らの様子を眺め、アレンがじじくさい感想を漏らす。
彼らの話がすぐに現実になることはないとアレンは知っていた。なぜなら徒歩で移動するということは商人の護衛依頼を受けられないレベルの冒険者である可能性が高いからだ。
アレンが見たことのない冒険者であったことからおそらく新人であり、当然のことながらレベルは低い。
ドゥラレの深層は一流の冒険者でなければ攻略は不可能だ。彼らがそこにたどり着くのは少なくとも数年は先になるだろう。しかしキラキラとした目で楽しげに話していく彼らの姿はアレンにはとても眩しく感じられたのだ。
「さて、そろそろだな」
しばらくそのまま歩き、周囲に人がいなくなったことを確認したアレンはさも当然かのように街道脇にある林へと入っていく。実際、夜用の薪を調達するためや、用をたすために林に入る冒険者はおり、今のアレンの姿を見ても不自然に思うものはいないだろう。
林に入ったアレンは周囲に人がいないことを確認すると地下に空間を作って隠れ、ポーション作りをして時間を潰して夜まで待つ。そして……
「よし。誰もいねえな。んじゃ、帰るか。それにしてもポーション作りながら魔法で灯りと空気の循環をさせるのは結構難しかったな。うーん、イセリアはその辺りの並列作業を器用にこなしていたが、これも練習した方がいいかもな」
そんな感想を漏らしながら、地上に出たアレンは暗闇の中で街道を外れた場所をひた走り、ライラックの防壁を飛び越えて街に戻った。
そしてネラの衣装に着替えると再び防壁を飛び越えて街を抜け出しライラックのダンジョンに向かう。そしてネラとして通いなれたライラックのダンジョンの探索を始めたのだった。
エルフの常駐する五十階層の小屋で十分な休憩をとったアレンは、そのまま下層の探索に向かった。
五十一階層の暗闇の中、アレンは灯りもつけずにすいすいと進んでいく。マスクの効果で視界は十分に確保されており、同行者もいないため灯りをつける必要がないのだ。
「おー、今日も頑張っているな」
遠くの方でエルフの集団がエレメントバットの集団を連携しながら見事に倒していく姿を眺めながらアレンは歩き続ける。
小屋を毎回利用するアレンだが、そこにいるエルフは色のついた魔石の分別や磨き上げをしていることがほとんどだ。それはいかに毎日エルフたちがエレメントバットを倒しているかということの証左だった。
魔法の得意なエルフだけあってその戦いぶりは安定しており、アレンが手を出す必要は全くない。むしろ近づいては邪魔になるだけだ。
そのためアレンは少し遠回りしながら、階下に向かう階段を目指した。
そしてたどり着いた五十六階層。そこに広がるのは広大な廃都市だ。崩落した街並みは物悲しさを感じさせ、 人気(ひとけ) の無さが不気味さを醸し出していた。
壁や天井の一部などがごろごろと転がる道をアレンは慣れた様子で歩いていく。既に廃都市の探索を始めて二か月以上、この階層の探索についてある程度のノウハウは得ていた。
「今度こそ六十階層に向かう階段を見つけたいところだが……」
そんな言葉を呟きながらアレンは注意深く街を進んでいく。
二か月かけてアレンは五十九階層まで大まかな探索を終えていた。本来であればもっと早く下層へと向かいたいところであったのだが、この廃都市の階層は一筋縄ではいかなかったのだ。
通常ダンジョンの下層へと続く階段がある場所は非常にわかりやすい。草原などにぽっかりと地下へと向かう階段があるのだから当然ともいえる。
しかしこの廃都市にあった地下に続く階段は建物の中に存在していた。しかも下層ではなくただの地下室に続く階段もあり、アレンはいくつもの廃墟に入っては確かめるという作業を繰り返す羽目になっていたのだ。
偽の地下に続く階段の中にはもちろん罠があり、地下に進もうとした瞬間に廃墟が崩落し始めて慌てて逃げだしたり、地下室がモンスターの巣窟になっていることさえあった。
初期の探索においては非常に面倒で危険。それがこの廃都市の階層に対してアレンが抱いた思いだった。
そして……
「おっ、きたきた」
何かが回転しながら風を切る静かな音がアレンの耳に届く。アレンは道を外れて建物の陰に身を潜めるとそれが現れるのを静かに待った。
しばらくしてアレンの視線の先をモンスターが通り抜けていく。頭上についたプロペラを高速回転させながら赤い球体が宙を飛んでいくのをアレンは見送ると、ふぅと息を吐いた。
「あいつがいなきゃあ、もっと楽に探索できるんだけどな」
完全に見えなくなったことを確認したアレンが、少し苦々しい顔をしながらため息を吐く。そして通りへと戻ろうとしたところで、気配を察して振り返り上空を見上げる。そこには先ほど見たのと同じ赤い玉がその身を大きく膨らませていた。
「やべっ!」
アレンは足元に落ちていた頭ほどの大きさの瓦礫を蹴り上げて手に持つと、全力でそれを投擲した。カーブすら描くことなく直進した瓦礫はその赤い玉の中心に命中するとその勢いのまま赤い玉を吹き飛ばしていく。
ビービービービーっという大きな音が遠ざかっていくのを聞きながらアレンは身を潜める。次の瞬間、アレンの目の前を人型の金属製のゴーレムが疾走していった。それは一体だけでは終わらず、現れたゴーレムたちが次々に音の発生源に向けて進んでいく。
(なんとかやりすごせそうだな。しかし、ちょっと油断したな)
長い期間探索してきたことによる気の緩みを自覚し、アレンが自身を戒める。そしてこの階層を探索し始めた頃の初心を思い出した。
初めて廃都市の探索をしていたアレンは先ほどの空を飛ぶ赤い玉、フライングゴーレムに見つかった。そして次の瞬間、先ほどのように大きな音を鳴らされたのだ。
アレンはすぐに、フライングゴーレムがアラームバードのようなモンスターを呼び寄せる役割をする敵だと判断して排除しようとしたのだが、フライングゴーレムは異常に魔法の耐性が高く、その外装も硬かった。
すぐに音を止めることの出来なかったアレンは人型のゴーレムに囲まれ、散々戦うはめになったのだ。
この階層のゴーレムたちは金属製であり、その身は固く、魔法も効きづらい。アレンは一度自分が打った剣で戦ってみたのだが、普通に戦おうとすれば傷をつける程度しか出来なかったのだ。
もちろん関節部分などは弱く、そこを狙える技量があるか、性能の良い武器を携えていれば剣士であっても戦えない相手ではない。
しかし次々と現れることもあり、非常に手間のかかるモンスターではあった。
「しかも、素材もそこまでなんだよなぁ。魔力を良く通すが、硬度としては鋼鉄と同程度らしいし。査定金額も暫定だから値上がりする可能性もないわけじゃないが……」
そんな風に呟きながらアレンは周囲を改めて警戒する。そしてなにもいないことを確認すると先ほどゴーレムたちが向かっていった方向と真逆に向かって歩き出す。
「さて、やつらがいないうちに先に進んじまおう」
そしてアレンはその後、一度もモンスターと戦うことなく既に探索を終えた五十八階層を抜けて、未だに階段の見つからない五十九階層にたどりついたのだった。