作品タイトル不明
第3話 廃都市の戦利品
階層が変わったからといってこれといって周囲の環境が変わるわけではない。崩落した家々、地面に転がる瓦礫、たまに道端に生えた草や、かろうじて残った街路樹などが彩りを添えるが、物悲しい雰囲気が変わるはずもない。
五十九階層に降り立ったアレンは頭の中で地図を描き、そして今まで探索していない場所のある左方向に足を向ける。
(さて今回で全ての範囲を探索できるはずだ。これで見つかってくれればいいんだがな)
慎重に歩き出しながらアレンが物思いにふける。
廃都市は死角も多く足場も悪い。しかし通りはきれいに十字に仕切られた造りになっており探索漏れを防ぎやすい構造になっていた。
既に外周を一回りしてその範囲についてアレンは把握している。そしてこれまで探索した部分を埋めると残っているのは今回の三日間の探索で十分に調査できる範囲だった。
「しかし、相変わらず運が悪いよなぁ。まあ後から来る奴らにとってはありがたいことなんだが」
そんな言葉を漏らしながらアレンは自嘲の笑みを浮かべる。
これまでアレンは五十六階層から五十九階層までの四階層を単独で調査している。そしてこの五十九階層を含めて三階層についてはほとんど地図が完成してしまっていた。
つまりアレンが探索した経路が階段のある方向からことごとくずれていたのだ。探索の方法を変えてみたりしたが、それがことごとく裏目に出た結果でもある。
しかしアレンはそれに対して特に気にしてはいなかった。
もちろんモンスターに一人でも十分に対処できる現状、レックスのために早く下層に向かいたいという気持ちはある。しかしアレンが進んでいるのは前人未到の階層なのだ。
慎重に慎重を重ねる必要があることをアレンは十分すぎるほど承知していた。死んだら意味はないのだから。
(まあ俺も今まで恩恵に与かってきたしな)
アレンがこれまでダンジョン探索において参考にしてきた地図は、先達が危険な目にあいながら持ち帰ってきた情報を集約したものだ。
それを思えば、今自分が苦労した結果も誰かの役に立つだろうと自然と考えることができた。
(階層としてうまければ皆が探索するんだが、ここはちょっと人気が出なさそうだしな)
これまで四階層を探索してきたが、アレンは宝箱を一つも見つけていない。店の廃墟らしき場所に錆びた武器や防具が転がっていたりはしたが、とても使いものにならなかった。
これが低階層であれば、持ち帰って鋳潰すなりして小遣い稼ぎくらいにはなるかもしれなかったが、ここは一流の冒険者しかたどり着けない階層だ。
彼らにとっては、それらを拾う時間がもったいない程度の価値しかなかった。
アレンも探索を始める前は少しワクワクしていたのだ。なにせ廃都市は王家に代々伝わる剣が発見された階層である。
それが偶然であろうことは理解しているが、もしかして、という思いは少なからずアレンの中にあったのだ。そういったお宝を見つければ、レックスを救う道がより確実なものになるのだから。
しかし結果は散々なものだ。お宝どころか、倒したゴーレムたちの査定も渋く、そのうえ建物が崩落するなど危険な罠も多い。
ライラックにいるミスリル級の冒険者パーティのいくつかが、この廃都市の階層の探索をしようか検討しているとアレンの耳にも入ってきていたが、やめておけばいいのに、と思わずにはいられなかった。
ゴーレムたちをやり過ごしながら歩くことしばらく。未探索のエリアにたどり着いたアレンは慎重に一軒一軒の廃墟を捜索していく。その中の何軒かはアレンが捜索中に一部や全部が倒壊したが、アレンは余裕を持って逃げ出していた。
もちろんアレンの桁外れのステータスがあるからこそ出来る回避法だ。
舞った土ぼこりを魔法で吹き飛ばしながらアレンは次の廃墟の捜索に移る。
(ここもハズレっぽいな)
これまでの探索の経験では、現在アレンが探索しているような民家の廃墟に階段はなかった。おそらくここにもないだろうと考えながらも、アレンが捜索の手を緩めることはない。
なにせ経験といっても三階層だけのことであるし、手を抜いて見落としでもしたら最初から探索はやり直しになるのだ。
アレンはボロボロの廊下を進み、おそらくキッチンであろう小部屋にたどり着く。
「んっ?」
そして目の前に広がっていた地下へと続く階段に思わず声をあげた。
「なんか最近、俺の勘と逆にいってる気がするな。いっそのこと直感と逆に……いや、それはそれでなんかはまりそうだよな」
少し仏頂面をしながらぶつくさと文句を言うと、アレンは『ライトサークル』の灯りをたよりに、注意しながら階段を降りはじめた。
カツカツというアレンの歩く音以外に物音はしない。そしてたどり着いたその場所は……
「ハズレ、か。まあ罠じゃなかっただけマシだな」
残念ながらアレンが降りた階段は六十階層に続く階段ではなく、ただの地下室に繋がっていただけだった。
罠であれば入った瞬間にゴーレムの集団に襲われることになるのだがそんなこともなく、雑然としながらも崩落した外よりは綺麗な地下室をアレンが眺める。
「鍛冶職人の家ってところか? でも地下なんかに作業場をつくったら危ないだろ。まあダンジョンにそんなもんを求めても仕方ないか」
そんなことを呟きながらアレンが壁に掛けられた道具を一つ手に取る。それは鍛冶職人の命とも言うべきハンマーだった。
アレンは自身の折れてしまった愛剣を修理するためにライラックの鍛冶職人で、恩人でもあるドルバンの工房でハンマーを振るっていた。そのため鍛冶技術もそれなりに習得できている。
ここ最近は忙しくて顔を出していなかったため久しぶりに手にしたハンマーだったが、意外なほどアレンの手に馴染んだ。その感触にアレンが首を傾げる。
「前は師匠に借りていたから、道具に癖でもついていたのか?」
そう考えると、なんとなく今の状況をアレンは納得できた。
冒険者が扱う武器にもその傾向があるのだ。長年使えば使うほど、その武器には使用者の癖がついていく。自分には扱いやすく、他人には扱いにくい。そんな癖が。
きっとドルバンに借りた道具もそうだったのだろうと考え、改めてアレンはぐるりと周りを見渡す。そして自分の手にもつハンマーに視線をやった。
「まっ、何かの役に立つかもしれねえし、戦利品ってことでもらっとくか」
こうしてアレンは自身の鍛冶道具を手に入れたのだった。
そして五十九階層の探索は予定通り三日間続けられ、最終日の昼ごろアレンは六十階層に続く階段を発見した。
それはアレンが外周を回るときに捜索した家の一軒隣であり、五十九階層に関して言えば全ての廃墟を探索したことになる。
「ははっ、ギルドが喜びそうだ」
言葉とは裏腹に苦々しく笑っていたアレンだったが、少しして大きく息を吐くと六十階層から引き返した。
六十階層への到達という目標を達成したアレンはライラックに戻り、ギルドに報告を済ませるとスラムで着替えしてから防壁を飛び越えてライラックを脱出した。
そして夜の闇に身を隠しながら、街道から離れた場所をひた走っていく。その速度は、人とは思えないほどであり、もし目撃したものがいれば幻か、新種のモンスターかと勘違いしかねないほどだった。
夜の間、ずっと走り続けたアレンだったが、うっすらと日が差してきたところで足を緩める。履き慣れていた愛用のブーツは、限界寸前といわんばかりにくたくたになっており、さすがにこのまま歩くのは無理だと、アレンは予備のブーツをマジックバッグから出した。
新品のブーツに履き替えながら、アレンが顔を上げる。そこには雄大なドゥル山脈の姿と、その手前にあるドゥラレの街が朝日に照らされ輝いていた。