軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ある勇者の卵のお話【後編】

そして遠征当日、私たちは第二王子であるシャロリック殿下の前で臣下の礼をとっていた。勇者の卵は将来的に騎士や魔術師として王宮に勤める者もいる。そういった時のために私たちも礼儀作法も教えられていた。

「では諸君の活躍に期待する」

その言葉を残してシャロリック殿下は馬車に乗り込んでいった。扉が閉まる音が響き、顔を上げた私たちは何事もなかったかのように自分たちの馬車に向かうと乗り込んだ。

ほどなくして馬車が動き出し、それをまっていたかのようにスーが笑みを浮かべる。

「可愛かったね。なんか一生懸命だった!」

「そういうように教えられてたんだろうね。私にも覚えがあるよ」

「あー、最初の頃のテッサもそんなところがあったね。それが今では……」

残念そうにスーが私を見つめる。それに対して私が無言のまま体を軽くぶつけるとスーは噴き出して笑った。

「なんか良い子そうだったよね」

「うん。少なくとも自分がすべきことはわかっているような気がする。自覚を促せっていうのもそういう聡いところがあるから理解できるだろうって判断なのかな?」

「かもね。よし、お姉さんたちの格好良いところを存分に見せちゃいましょう」

ニヤリと笑みを浮かべてスーが宣言する。差し出されたスーの手をパンと叩いて同意し、顔を見合わせた私たちは笑いあったのだった。

遠征先は王都から二日のところにある小高い崖の上にある森だった。最近コボルトの目撃情報がありその調査に行くというのが殿下に知らされている目的だった。

実際そんなことはない。調査は事前に行われており、そこには小さなコボルトの集落ができていることがわかっている。それが私とスーの二人でも十分に対処できる程度であることも。

みすみす王族を危険にさらすわけがないので事前に調査が入っているのは当然だろう。つまり今回は、いつもの遠征よりもむしろ安全といっても良い状況だった。

道中では殿下に食事に誘われ、その場で勇者の卵としての訓練の話をしたり、これまでにしてしまった失敗談などを私たちは語った。キラキラと目を輝かせながら話を聞くシャロリック殿下はとても可愛らしかった。

そしてついに私たちは目的の森へとたどり着いた。集落のおおよその位置は知らされている。森の奥の崖に程近い場所にあるらしいが、何もせずに進むのはいささか不自然だ。

スーと二人で周囲を警戒しながら痕跡を探す。ほどなくして、森の奥へと少し入ったところで、不自然に折れた枝と地面に足跡を見つけた。

「スー、これって」

「うん。間違いはないけど……」

言いよどむスーに私は無言で頷いて返した。

発見した痕跡をたどれば集落にたどり着くことは出来るだろう。なぜなら大量の足跡がそこにはあったのだ。これを見失うことなどありえない。

ただ聞いていた規模にしては足跡が多すぎる。何日も周回した結果、このようになったという可能性もないわけではないが、専門ではない私たちにはその判断はつかなかった。

私たちは殿下の護衛騎士の隊長に目配せする。隊長は私たちが視線をやった痕跡に目をやり、小さくあごで先へ進めと指示してきた。

私たちはそれに従った。私たちよりはるかに経験豊富な隊長が迷いなく指示したこと、そして既に調査が入っているはずという思い込みがあったからだ。

そしてそれは最悪の結果を招くことになる。

道中で出会ったコボルト三体をすんなりと倒し、私たちは森を奥へと進んでいく。そして私たちは集落の外縁部にたどり着いた。

ぼろぼろの柵に粗末な建物が並ぶその集落の様子に、心配は杞憂だったかとほっと胸を撫で下ろしたその時だった。

「ぐっ」

背後から聞こえたくぐもった声に即座に振り返る。そこで目に入ったのは、隊長の首に矢が突き刺さっている光景だった。隊長は剣を抜こうとしたようだが、その途中でゆっくりと崩れ落ちる。

「うわぁああ!!」

血を浴びたシャロリック殿下の叫び声が響き、それが合図だったかのように周囲の草むらから大量のコボルトが姿を現し襲い掛かってきた。

集落の方面から駆けてきたコボルト数体に対し、私は囲まれないように注意しながら剣をふるっていく。足を集中的に狙い、倒すよりも動けなくなるようにすることを最優先にしながら。

最も敵の多い殿下の近くでは騎士五名が懸命にコボルトを抑え、それをスーが援護していた。視界の端で確認する限り、形勢は五分五分。いや指揮をとるべき隊長がおらず、敵の全容が見えない今の状況では時間は相手に味方すると考えるべきだ。

殿下はそれらに守られながら、世話役のメイドに抱かれている。その体はガタガタと震え、顔は真っ青だ。まともに動ける状態じゃない。

荒い息の中で、気合を入れるように鋭く息を吐く。そして一瞬だけ振り返り、殿下を守ろうと必死に戦う親友の顔を目に焼き付ける。

覚悟は決まった。

「スー、殿下を連れて撤退。 森を出て待機中の兵士と合流して!」

「テッサは!?」

スーの呼びかけに応えず、私は剣を振るう。

皆で逃げても状況は変わらない。少しでも逃げ切れる可能性を上げるためには誰かが犠牲になるしかない。そしてそれに一番適任なのは、一人だけ離れてしまっている私に他ならなかった。

「スーが応援を呼んできてくれるまでちょっとここで休憩してるよ。幸い話し相手はたくさんいるしね」

「……死んだら許さないから」

「うん。スー、今までありがとう」

移動していく剣戟と魔法の音を聞きながら、私は聞こえない感謝の言葉を呟く。

スーがいてくれたから、私は私として生きてこられた。殿下を守りたいという気持ちはあったが、それはついでだ。本当はスーさえ生き延びてくれればそれでいい。

「勇者の卵らしくはないよね、そう思わない?」

周囲を取り囲むコボルトにけん制しながら問いかける。当然荒い息遣いが返ってくるだけで反応らしい反応はなかった。

私は笑みを浮かべる。震えだしそうな体をごまかすために。

「死にたい者からかかってきなさい。私はテッサ。勇者の卵よ!」

私の言葉を待っていたかのようにコボルトは動き出し、私目がけて一斉に襲い掛かってきた。

そして私の絶望的な戦いは幕を開けたのだった。

「……い。おいっ、生きているのか?」

「う、うぁ」

「おい、生きていたぞ! ありったけのポーション持って来い」

ゆさゆさと揺られ、大声で声をかけられ、ぼんやりと意識が覚醒していく。しばらくしてやってきた誰かに何かを飲まされると、次第に頭のもやが晴れ周囲の状況が目に入るようになった。

生きているコボルトの姿はどこにもなく、私を心配そうに中年の兵士が見つめていた。少し離れたところでは周囲を警戒する若い兵士の姿も見える。

「コボルトは?」

「あぁ、とりあえず見える範囲は掃討した。とはいえまだ油断ならないからさっさと戻るぞ」

中年の兵士はそう言うと私を背負って立ち上がり、周辺にいた若い兵士たちに撤退の指示を出す。その背に揺られながら、私は生きている喜びと、応援を呼んできてくれたスーに感謝の思いを抱いていたのだが、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

私が目を覚ましたのは、森から出て翌日のことだった。いつの間にか近くの町へと移動しており、なかなかに柔らかいベッドで私は目を覚ました。起き上がろうとしたが体はギシギシと痛みを訴え、座るだけなのにかなりの労力を要した。そんな私の体を誰かがそっと支える。

「スー?」

振り向いた先にいたのはシャロリック殿下の世話役のメイドだった。

「テッサ様、この度は命を救っていただき本当にありがとうございました。殿下も直接お礼を申し上げたいそうでして、急ではありますがお呼びしてもよろしいでしょうか? 殿下は先に帰らなくてはならず、あまり時間がありませんので」

「はい。もちろんです」

そう答えた私に微笑みかけ、メイドは部屋を去っていった。そしてほどなくして扉がノックされ、シャロリック殿下がメイドのみを伴って入ってきた。

殿下はだいぶやつれた顔をしていたが怪我はなさそうだった。そのことに少し安堵しながら私は頭を下げる。

「この度の貴殿の働きは、真に勇者の卵にふさわしいものであった。その覚悟を私は胸に焼き付けよう。貴殿には王家より追って褒賞を与える。亡き友の意思を継ぎ勇者の卵として、ますますの活躍を期待する」

王家の威厳を示そうとする殿下の言葉を微笑ましく聞いていた私だったが、その途中で頭が真っ白になった。

「……亡き友?」

呆然自失となった私は思わず言葉を漏らしてしまう。本来であれば不敬として罰せられるほどの無作法なのだが、殿下はそれを咎めなかった。

顔を上げた私を殿下は見つめ続け、控えていたメイドが説明を始める。

「スー様は撤退の折に殿下を目掛けて飛んできた矢を代わりに受け、崖から落ちて命を失いました。彼女の献身があったからこそ、殿下も私も生き延びることができたのです」

「嘘だ。スーが死ぬはずがない。だって勇者の卵として多くの人を助けるんだって、これから二人で頑張っていこうねって……」

「勇者の卵にふさわしい立派な最後であった」

その殿下の言葉に決壊寸前だった私の心は切れてしまった。

「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁ! スーが死ぬわけがない。立派な最後? 死んだら意味がないじゃない。なんで、なんで……うぁああー!!」

意味不明な言葉を発し泣きじゃくる私を残して、二人は出ていった。そしてそのまま二人が戻ってくることはなかった。

そのまま泣き続けた私はいつの間にか眠ってしまっていた。そして目覚めた私を待っていたのはスーのいない、灰色の世界だった。

寮へと戻った私は、全ての授業や訓練を放棄した。今まではキラキラと輝いて見えた勇者の卵という存在が、意味のない、いやむしろ枷のように感じられるようになっていた。

それでも私は処罰を受けなかった。おそらく王家の褒賞とやらが関係しているのだろうと推測できたが、正直そんなことはどうでもよかった。

授業や訓練を放棄して出来た時間を使い、私はずっとコボルトのいた森の崖下を探していた。少しでもスーが生きている痕跡でも残っていないかと考えて。

そして探し続けること1か月以上、私は崖下に生えていた木にひっかかる編みこまれた紐を見つけた。それはスーが片時も身から離さなかった、育ててくれた養護院の皆が旅立ちの時にプレゼントしてくれた腕飾りだった。

「スー」

そよそよと風に揺れる腕飾りを胸に抱き、私は泣いた。この隙に何者かに襲われて死んでしまえばいいのに、という私の考えは残念ながら実現しなかった。

十六になり、私は勇者の卵としての資質なしとして騎士どころか兵士になることさえなく放逐された。いや、そうなるように仕向けたのは私だから放逐は正しくないかもしれないが。

王都を出た私は北を目指した。スーはよく故郷の話をしてくれた。

そのほとんどが養護院での出来事で、院出身の冒険者が差し入れてくれたお肉でパーティをして楽しかったとか、美人のシスターのおかげでお菓子の差し入れが多かったなど食べ物に関する話が多かったが。

話すときのスーの笑顔から、そこが温かな場所で、そここそがスーの家族のいる場所だと自然に察せられた。だからこそスーという家族の死を、死の間際まで一緒にいた私が伝えなければと決めていた。

なじられるかもしれない、それどころか暴力を振るわれる可能性さえある。そうわかってはいたが、スーに対して私が出来ることはそれくらいしか思いつかなかった。

だが、現実はもっと残酷だった。

目的の町の一つ手前の村で私は信じられない話を聞いたのだ。

「壊滅した?」

「ああ。一年くらい前にモンスターの大群に襲われてね。だから今行っても廃墟が残っているだけだよ。あそこの領主は代替わりしてから黒い噂が絶えなかったからね。無理矢理シスターを手篭めにしたとか、子どもを馬車でひき殺したとか。天罰が下ったって皆噂したもんさ」

「そう……」

くらくらする頭のまま、私は急いでスーの故郷へと向かった。そして村で聞いた話のとおり廃墟と化した町の姿に息を詰まらせる。

防壁は見るも無残に壊されており、崩落した建物が道をふさいでいる。そんな町をスーの話を思い出しながら私はふらふらと歩いた。そして養護院があったはずの西端へとたどり着く。

そこに建物はなく、代わりにいくつかの墓が並んでいた。大小の墓石が仲良く並んだ姿に瞳を潤ませながら、私はその隣に穴を掘っていく。

そして大事にしまっておいた腕飾りを穴に入れると、やさしく土をかぶせてその上に墓石になりそうな石を置いた。

「これで寂しくないよね、スー」

気力がぷっつりと切れてしまった私はそのまま横に倒れる。もうなにもしたくなかった。

ただただ流れる涙を感じながら曇り空を見つめる。このまま死のう、そう自然に考えた私だったが……

「泣いているのは誰?」

そう問いかけながらやって来たエルフ、リサナノーラとの出会いが私を新たな道へと導いたのだった。