作品タイトル不明
閑話 ある勇者の卵のお話【前編】
私はいたって普通の子どもだった。三人目にして始めての女の子ということもあってか、両親は私を愛してくれたし、生活も決して苦しくなかった。
少し年が離れている兄たちも、少し面倒くさそうにしながらも私と遊んでくれた。そのままなにもなければ普通の町娘として今とは全く違った生活を送っていたことだろう。
その日のことは良く覚えている。新しい服を着せられた私はうきうきとしながら両親と一緒に出かけたのだ。
たどりついた先の教会には私と同じような年頃の子どもたちが集まっていた。私のように新しい服を着ている子はほとんどおらず、少し優越感に浸りながら私は初老の神父様の前に行く。
「神父様、お願いします」
両親に教えられたとおりに礼儀正しく挨拶をすると、神父様は相好を崩して柔らかい笑みを浮かべた。
「偉いね、テッサちゃんは。今日は神様に挨拶をする特別な日だよ。でも緊張しなくてもいい。神様はとっても優しいからね」
「はい」
両脇に立っていた両親が神父様に頭を下げて少し離れる。目を閉じた私の頭に神父様が手を沿え、そして祝福の言葉を発した。
両親や兄たちに聞いていたとおりの流れに安心し、私はこの後に行くという特別なレストランでの食事のことばかり考えていた。だが、それが実現することはなかった。
「おぉー、これは……」
神父様の驚きの声に思わず目を開く。
「なにこれ?」
私の体は光に包まれていた。でも熱くも冷たくもない。
異常な事態にキョロキョロと周りを見回す。両親は驚きに目を見開いたまま固まっており、他にいた大人も同じような反応だった。子どもだけが私を見ながらキャッキャとはしゃぎ、騒いでいた
とりあえず両親の元にいこうかと迷っていた私の手を神父様が握る。
「ありがとう。テッサ殿。君のおかげで私は久しぶりに神に直接お声をかけていただけたよ」
瞳を涙で潤ませた神父様に手を取られ、呆気に取られたままの私に神父様は告げた。
「テッサ殿。君は神に祝福されし勇者の卵だ。最高レベルは六百八十。君の行く先には幾多の困難があるかもしれないが恐れることはない。君は神に愛されているのだから」
その言葉を区切りに、私の人生は一変したのだった。
それからは怒涛のごとく日々が過ぎていった。
勇者の卵だとわかった当日に領主様からの使いがやってきて、その翌日には領主様と面会することになった。
恐縮する両親や私に、領主様は勇者の卵は王都に行かなければならないことを告げた。これは決定事項であり、変えることはできないとも。
領主様の手配で私の王都行きはあれよあれよという間に進んでいき、そう経たずして私は故郷を後にした。
父親は誇らしげに、母親は泣きながら私を見送っていた。そんな両親に馬車から手を振りながらも、私は未だに自分が勇者の卵であるという実感が持てていなかった。
きっと混乱していたというのが正しいのだろう。実際、1か月近くかかったはずの移動の記憶がほとんどないのだから。
そして私は王都の郊外にある勇者の卵を育てる施設に預けられた。自分の住んでいた町が全てだった私にとって、馬車から眺める王都の街並みは規模が違い、夢なのではないかと思うほどだった。
施設は戦闘訓練などを行う運動場と教養を学ぶ立派な学舎があり、勇者の卵たちが住む寮も併設されていた。
馬車から降りた私は領主様の屋敷よりもはるかに大きい寮を見上げ固まっていた。そこにもう一台の馬車がやって来て止まると、ものすごい勢いでその扉が開かれた。
「うっわー、すっご! ここに住めるの。本当に?」
ぴょんぴょんと跳ねるように降りてきた、私よりも小さな女の子が寮を見ながら目を輝かせる。
しばらくそちらに目をやっていると、その女の子がにこりと笑みを浮かべてこっちを見た。
「あっ、あなたもこの寮に入るの? 私、スーって言うの。これでも勇者の卵だよ!」
「初めまして、スーさん。私はテッサと言います。今日からこの寮でお世話になります」
「うわー、テッサっていいとこのお嬢さん? なんか、ざます、とか言いそう」
両親に教えてもらった自己紹介を披露すると、スーはそんなことを言いながら歯を見せて笑った。
「ざます、とは言わないよ。これからよろしくね、スーちゃん」
「うん、よろしく。じゃあさっそく一緒にいこっか?」
自然に私の手をとってスーが寮に向かって歩き出す。小さいながらもスーの力は強く、その手の硬さに頼もしさを感じながら私は寮の中に入っていった。
寮での生活は案外快適だった。一人一部屋の個室が与えられただけでなく、一人一人に専用の使用人がついてくれ、もちろん食事も用意されていた。暮らすには十分すぎるほどだ。
でもそれは普通に暮らすなら、というだけだ。
両親から引き離された寂しさがそんなことで消えるはずがない。実際、同年代の子どもがなきじゃくっている姿を私は何度も見た。私自身、枕を涙で濡らしたことは何度となくあった。
しかし私にはスーがいた。いつも騒がしく、私を連れ回す彼女と一緒にいる時は全てを忘れられた。
一緒に勉強し、厳しい訓練を励ましあいながら乗り越えていった。スーと一緒なら何でもできる、そんな気さえしていた。
そしていつしか私たちは同年代の勇者の卵の中でも突出した実力を持つようになっていた。
そして私たちが十三歳になった頃のことだ。
その頃、近接戦闘を得意としていた私は近衛騎士団への入隊が有望視され、魔法の才能を開花させたスーは王宮魔術師に推挙されるのではと皆から思われていた。
そんな私たちだからこそ、通常は最年長の十五歳の勇者の卵が受けるはずの役割がまわってきてしまったのだ。
「殿下と共に遠征ですか?」
「ああ。この国の第二王子のシャロリック殿下は勇者の卵であらせられる。殿下に勇姿を見せ、勇者の卵としての使命と役割を自覚させよとの王命だ」
施設長に呼び出され、二人して向かった先で話された内容に、思わずといった様子でスーが疑問を口にする。
施設長がその長いひげをさすりながら答えた内容に、スーは再び口を開いた。
「しかし殿下はまだ三歳。いくら……」
「気持ちはわかるけど。スー、王命には逆らえないよ」
「そういう訳だ。なに、遠征といっても馬車で二日ほどの近場だ。出てくるモンスターも君たちなら問題なく対処可能だろう」
「ほらっ、施設長もこういっているし」
「うーん、わかりました」
明らかにしぶしぶといった様子を隠しもせずにスーが了解と返事を返す。そして二人で施設長の部屋を後にすると、スーはぷくーっと頬を膨らませた。
「絶対に意味がないよ。だって三歳だよ。自覚なんて促せるはずないじゃん。それなのに遠征なんて危険すぎる」
「気持ちはわかるけどね。本当にスーは小さい子のことになると意地になるよね」
「孤児院育ちの習性かな。三歳までしかいなかったけど、皆優しくしてくれたんだよね」
軽い口調でスーが答える。スーと過ごした十年の間に、お互いの事情は知り尽くしていた。
スーは孤児院の出身だった。しかしスーの語るその孤児院は私が知るものとは違って、すごく温かさに溢れていた。
勇者の卵として王都に向かうための準備金を全て孤児院に渡してきたということからもスーがどれだけ孤児院を愛していたかがわかる。
「まあ私たちが頑張るしかないか」
「きっと兵士さんもいっぱい来るだろうし、私たちの出る幕はないと思うよ」
「それもそうかもね。さすがテッサ、頭がいい」
「筆記試験では一度もスーに勝ったことがないけどね」
「それはそれ、これはこれ」
そう言って笑いあった私たちは、この遠征が突然の別れに繋がるとはみじんも思っていなかった。