作品タイトル不明
第43話 エリクサーの効果
ライラックのダンジョンの攻略層がネラとイセリアによって更新されたという話は冒険者たちに瞬く間に広まっていった。
前回のダンジョン改変以降、いくつものパーティが挑戦し諦めてきた五十一階層からの暗闇を二人だけで抜けたことは驚きをもって伝えられることが多かったが、当然と考える者も少なくなかった。
『魔女』の二つ名を持つイセリアは、最近の注目株だ。元々、冒険者とは思えないほどの見目の美しさから注目されてはいたが、ドゥラレのダンジョンを攻略したことでその実力が確かなものであることが周知されている。
そしてネラに関しては、言わずもがなである。
そんな二人が組めば当たり前のことだと、実力のある冒険者の多くが判断したのだ。
それよりも驚かれたのは、五十六階層の状況だった。
二人によって報告されたのは、ダンジョンの中でも珍しい廃都市と呼ばれる階層だった。荒廃し、人のいない巨大な都市が広がる階層であり、がれきの転がった地面は歩きづらく、遮蔽物も多いためモンスターの奇襲を受けやすい非常に難易度の高い階層だ。
広大な領地の中に数多くのダンジョンを保有するエリアルド王国でさえ、今回発見されたライラックのダンジョンの五十六階層以外には今のところ存在を確認されていない、それほどに珍しい階層ではあるのだが、知名度としては決して低くない階層だった。
それは王国の騎士団の団長に代々引き継がれている剣がこの廃都市で発見された物であり、数々の外敵やモンスターをその剣を用いて追い払ってきた伝説が国中に広まっているからだ。
今までは暗闇の階層を突破するのにかかる苦労や費用を鑑みてメリットはないと判断していた高位の冒険者たちの中には、それほどのお宝が発見される可能性があるなら、と本格的な検討に入っているパーティもいた。
そしてまだまだ実力の足りないパーティはいつか自分たちも、とやる気をみなぎらせていた。
冒険者同士でぎすぎすとしていた雰囲気はその熱気に飲み込まれ、いつの間にか霧散していたのだった。
そんなにぎやかな冒険者ギルドとはうって変わり、いつもどおり廃退的な空気の漂うスラムをアレンはネラの格好をして歩いていた。その足取りはわずかではあるがいつもより軽い。
アレンが向かっている先は以前テッサに案内されたリサナノーラが眠っている家だった。
エリクサーを手に入れ、ライラックに戻ってきた当日の内にアレンはテッサを尋ねていったのだが、不在で会うことができなかったため面会の予約だけをしておいたのだ。
そして翌々日となる今日、やっと目的を果たせることになった。アレンの足取りが軽いのも無理はないだろう。
ともすれば迷子になりそうなほど入り組んだスラムをアレンは迷うことなく進み、そしてついに目的の家の前にたどり着く。
それとほぼ同時に玄関の扉が開いた。そこから顔を見せたのは、以前に会った妙齢の女性だった。
「ネラ様ですね。テッサさんはリサナノーラさんのお部屋でお待ちです」
柔和に微笑みながらアレンを出迎えた女性の態度とそのタイミングの良さに、アレンは苦笑しながら家の中に入っていく。
女性はそのまま外へ出て行く様子を見せており、前と同じかと思いながらすれ違ったその時、アレンの耳にその女性がささやいた。
「テッサさんを、あの強くて優しくて、そして悲しい人を救ってあげてください。お願いします」
その感情のこもった声にアレンが振り返る。しかしその女性はまるでそれが幻聴であり、何事もなかったかのように歩み去っていった。
小さくなっていく背中をしばらくアレンは見つめ続ける。
「ああ、任せとけ」
それだけを呟くと、リサナノーラが眠る部屋に向かって歩き始めた。
そして扉の前で立ち止まったアレンは小さく息を吐く。そして自分自身になにかを言い聞かせるように一度頷くと、ドアをノックして部屋に入った。
「昨日は悪かったね。ちょっと野暮用があってね」
出迎えたテッサに謝られながら、アレンは視線を眠ったままのリサナノーラに向ける。
美しい少女のようだったその顔は変わり果てており、毛布に隠されたその体は見るも無残な状態だ。生き残ったことが、そして今生きていることが奇跡と言っても過言ではない。
しかしそれが奇跡ではないことをアレンは理解している。テッサたちが懸命にリサナノーラを支えてきたのだ。
「あの、それでな。約束を果たすと伝言は聞いたんだが……」
珍しく口ごもるような口調のテッサに、アレンが優しく微笑む。
それはそうだろう。テッサがアレンにエリクサーの調達を依頼してまだ半年も経っていないのだ。本当に? と言いたくなる気持ちはアレンにも十分わかった。なにせ自分自身がそう思っているのだから。
アレンは自分のマジックバッグに手をいれ、ゆっくりと黄金の液体の入った瓶を取り出す。それを見た瞬間、テッサは目を見開き「本物だ」と声を漏らした。
アレンはリサナノーラにエリクサーを与えようとし、それを止める。そして動きを止めたことに不安そうな表情を浮かべるテッサに、エリクサーを手渡した。
『最後はあなたがリサナノーラを助けてやってくれ。ここまで彼女を守ってきたのはあなただ』
アレンの書いた文字を読んだテッサの瞳からぽろりと涙がこぼれる。これまでの苦労が、後悔が、そして失われた楽しかった日々がその頭の中をよぎっていく。
両手で瓶を大切に握ったまま、服の袖でテッサが涙を拭う。そしてアレンに向けて美しい笑みを浮かべた。
「ありがとう、ネラ」
そう言ってアレンに背中を向け、テッサがリサナノーラの眠るベッドの脇にある椅子に座る。そしてリサナノーラの体を支えて起こすと、その口にゆっくりとエリクサーを流し込んでいった。
変化はすぐに現れた。リサナノーラの体が眩い光に包まれながら宙へと浮かび上がったのだ。どこからともなく吹き荒れる風に部屋全体がガタガタと揺れる。
テッサはその様子に驚きつつも、エリクサーがリサナノーラの口から漏れないようにしていた。その視線の先ではみるみるうちに傷跡が消えていっていたからだ。
少し離れたところでその様子を見ていたアレンは奇跡のような光景に驚きながらも、どこか冷静だった。いや見覚えのありすぎるその光景に、頭の中が疑問でいっぱいになってしまっていたという方が正解かもしれない。
(イセリアの時と同じだよな。どういうことだ?)
以前ハンギングツリーに殺されかけたイセリアを助けた時に起きた奇跡をアレンが目の前の光景に重ね合わせているうちに、リサナノーラの体はベッドに戻り、光も収まる。
ベッドに眠るリサナノーラの顔は、アレンの記憶の中にある顔と寸分の変わりもなく、先ほどまでの傷跡が嘘のようになくなっていた。
「リーラ、リーラ!!」
テッサがリサナノーラの体を激しく揺する。アレンが思わず止めに入ろうかと思うほどに揺すられたリサナノーラがうめき声を発し、その目がゆっくりと開かれる。
ぼんやりとした瞳がキョロキョロと動き、それはテッサに向けられて止まった。
「テッサ、うるさい。眠れない」
「眠れないって……どれだけ眠ればいいんだよ。この馬鹿エルフが」
両目からぼろぼろと涙をこぼしながら、テッサがリサナノーラを抱きしめる。リサナノーラはよくわかっていないようでありながらも、それを拒否することなく優しく抱き返したのだった。
しばらくしてテッサの涙も止まり、抱きしめる力も弱まってきた頃……
「で、誰? あの不審者」
「おまっ、言うにことかいてそれは……」
「あれが不審者じゃなければ、世のほとんどの不審者は不審者じゃなくなる」
じーっとリサナノーラに見つめられながらアレンは苦笑を漏らす。その率直な物言いは昔と全く変わっておらず、まるで時間が巻き戻ったかのような懐かしさを感じていた。
慌ててテッサがこれまでの事情と、ネラ(不審者)がエリクサーを調達してくれたおかげで助かったという経緯を簡単に伝える。それをふんふんと聞いていたリサナノーラは、再び視線をアレンに向けるとゆっくりと頭を下げた。
「ネラ、あなたに最大限の感謝を。あなたに助力を求められれば私の力の及ぶ限り応じることを精霊様に誓います」
『いや。俺もあなたやテッサに恩ある身だ。元気になってくれればそれでいい。と思ったんだが』
そこまで書いて見せ、アレンが大きく息を吐く。じっと見つめてくる二人に視線をやりながら、アレンは口を開いた。
「俺の仲間がヴェルダナムカにあるナムカの里に行くんだ。イセリアって言ってな、勇者の卵なんだが、心根のまっすぐな良い奴なんだ。人のために自分が犠牲になっても構わないって本気で思っているような馬鹿でもあるんだけどな」
どこか嬉しそうで、そしてどこか苦々しいアレンの言葉を二人はじっと聞く。筆談ではなく言葉で伝えようと決意したネラの想いを決して聞き逃さないように。
「俺はついていくことは出来ない。だから俺の代わりにあいつを見守ってやってくれないか?」
そういい切り、頭を下げたアレンを眺め、二人が目配せする。そして無言の内に意思を疎通させた。
「そろそろスラムでの生活も飽きてきたころだし、ネサニエルにも十分すぎるほど対価は払った。そろそろ旅に出てもいい頃だね」
「私もそろそろ夫に顔を見せに行かないと。寂しくて死んでしまっていないといいけど」
「はっ? リーラ、あんた結婚していたのかい?」
「んっ? 言ってなかった?」
「聞いてないよ。というかあんたが私たちのパーティに入ってから一度も帰ってない……ってことは二十年以上!?」
談笑を続けるテッサとリサナノーラを眺めながらアレンは微笑んでいた。なんてことはないように引き受けてくれた二人に最大級の感謝を心の中で送りながら。