軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 宝箱

「うわっ、珍しいですね」

「おい、開けるなよ。罠がある可能性もあるんだから」

少し驚きながら宝箱に向かっていくイセリアにアレンが注意する。それに対してイセリアはわかっています、とばかりに微笑み返した。

冒険者のダンジョンにおける主な収入は素材の採取やギルドで受けた依頼の報酬だ。しかしなにより冒険者が心躍らせる収入といえば、二人の目の前にある宝箱だった。

なにしろ宝箱の中身次第では一生遊んで暮らせるほどの大金を手に入れることさえあるのだ。それを夢見て日夜ダンジョンを探索する冒険者は少なくない。しかし実際に宝箱を見つけることのできる冒険者はほんの一部だ。

宝箱はダンジョンに普通に設置されている場合と、階層のボスなどを倒した後に現れる場合の二通りある。しかし共通するのはどちらもまれにしか出現しないという点だ。

しかも低階層ほど出現しにくく、冒険者によっては一度も宝箱を目にすることなく辞める者もいるほど希少な物だった。

それにしてはアレンとイセリアの反応は少し驚いた程度でしかなかった。

「ドゥラレのダンジョンで散々教えていただきましたしね」

くるりと宝箱へと視線を戻し、その周囲を巡って観察を始めたイセリアの姿にアレンが笑みを浮かべる。

ドゥラレのダンジョンの下層には、拠点さえ攻略すれば宝箱が発見できる階層があるのだ。そこを攻略した経験のある二人は、宝箱に対して比較的冷静に対応できるようになっていた。

それでも嬉しいという感情が消えたわけではないのはその表情から明らかだったが。

アレンはイセリアと同様に周囲をくるりと回って観察を始める。

宝箱の罠はなにも開けるときだけではない。周辺に落とし穴があったり、前に立つと毒矢が飛んできたりすることもあるのだ。

周囲の観察を終え、やっと宝箱の前に立ったアレンだがすぐに宝箱に触れることなく観察を続ける。一見すると臆病にも見える慎重さだったが、イセリアは何も言わずにその姿を眺めていた。

アレンはイセリアに宝箱の罠の解除方法を教えていない。アレン自身、ギルドの資料などの知識はあれど宝箱の罠を解除した経験は数えるほどしかないのだ。

だからこそアレンはイセリアに、もし一人の時に見つけたら遠くから魔法を放って無理矢理開けるか、すっぱりと諦めるように伝えるに留めていた。

(慎重なイセリアがダンジョン探索で危険な目に遭うとしたらこういう突発的な罠だろうしな)

そんなことを頭の片隅で考えつつ宝箱を探っていたアレンが、蓋にほんの僅かに力を入れる。そして紙一枚通るかどうかといった隙間を空け、その動きを止めた。

「ネラ様?」

「ちょっと離れてろ。『ライトサークル』」

動きを止めたアレンの様子を不思議に思い、近づこうとしたイセリアをアレンが手で制する。そして魔法を唱えるとその光で宝箱の隙間を照らした。

隙間から入った光に照らされた宝箱の内部をアレンが見つめる。そこには先ほどアレンが感じた違和感の正体である細い透明な糸が一本張られていた。

「たしか無理矢理開けると毒にまみれて宝箱の中身が使えなくなる罠だったな。うまく解除できれば毒薬も得られてお得らしいが」

ギルドの資料で読んだ罠の解説を思い出しながらアレンが罠の解除用の道具から途中で折れ曲がった細い金属棒を取り出す。

「さて、うまくいけばいいけどな」

そう呟き少し笑うと、アレンは宝箱の罠の本格的な解除に取り掛かったのだった。

十数分後、仕掛けられた毒薬を完全に固定し終えたアレンはイセリアを少し離れた場所に待機させたままゆっくりと宝箱の蓋を開けていく。ピン、と小さな音を立て透明な糸が抜けた瞬間、少し身構えたアレンだったが罠が発動することはなかった。

手招きに応え、近づいてきたイセリアとともにアレンが宝箱の中身を確認する。そこにあったのは掌ほどの大きさの瓶に入った黄金に輝く液体だった。

なんとなく高そうだな、などと感想を抱くアレンをよそに、イセリアは目を見開いていた。

「エリクサー……」

「はぁ!?」

ぽつりと漏らしたイセリアの言葉にアレンが即座に反応する。じっと見つめてくるアレンに向き直ったイセリアは真剣な表情のまま、ただ首を縦に振った。

イセリアの手がゆっくりとエリクサーの入った瓶を掴む。ゆらゆらと揺れる黄金の液体に二人の顔が歪んで映る。

欲しい、その言葉と想いをアレンは必死に抑えていた。

恩人の勇者の卵であるテッサに、ボロボロになり目を覚まさないリサナノーラを救うためにエリクサーが欲しいとアレンは依頼されていた。

だが早々に手に入るものではないし、レックスを救うという自分の都合を考えて攻略を進める傍らで探すと決め、優先順位を下げたのは他ならぬアレンだった。

(せめて俺も戦っていれば。いや、イセリアなら事情を話せば……くそっ、それはないだろ。馬鹿かよ、俺は!)

アレンの頭の中でくるくると考えが浮かんでは消えていく。

たしかにアレンが考えたとおり、事情を話せばイセリアはきっとためらいなくエリクサーをアレンに渡してくれただろう。イセリアの目指す勇者がそうしたように。

だからこそアレンは口が裂けてもそんなことは言えなかった。ここ最近の様子からイセリアがこれから進む道が洒落にならないほど危険なものだと予想がついていたからだ。

いざという時、このエリクサーがあれば助かる可能性もあるのだ。

だからこそアレンは自らの想いを心の底に無理矢理沈め、にこやかに笑った。

「よかったな。エリクサーなんて伝説の薬じゃねえか」

「……」

「希少すぎて使うのをためらっちまいそうだが、いざという時は迷わず使えよ」

声をかけるアレンをよそに、じっとイセリアはエリクサーを見つめていた。そしてゆっくりとうなずくと、エリクサーをアレンに差し出した。

「もらってください。今までお世話になったお礼です」

「はっ?」

思わぬイセリアの提案にアレンが固まる。数秒間、差し出されたエリクサーに視線を固定させていたアレンが、さび付いた機械のようにゆっくりと顔を上げてイセリアを見る。

「いや、駄目だろ。これはイセリアが独りで戦って得た宝箱から出たんだぞ。不必要なものなら別だが、さすがにこれはもらえねえよ」

そう言って首を横に振るアレンにイセリアは微笑みを返した。

「ネラ様は無理矢理レベルを上げられ失意のどん底にいた私に希望を与えてくれました」

「それはもう対価をもらって……」

「ハンギングツリーに殺されそうになったとき助けていただきました。冒険者の常識を教えてくださいました」

「それも……」

「私に初めての友達をつくるきっかけをくださいました。私に初めての恋を教えてくださいました。とは言っても私の片思いだったんですけれどね」

「……」

照れたようにイセリアが笑う。アレンはどう返してよいのかわからず、ただ黙ってイセリアの言葉を聞いていた。

イセリアが大きく息を吐く。そして透明感のある笑顔をアレンに向けた。

「私の初めての仲間になってくれて本当にありがとうございました」

そう言ってイセリアはアレンの手に強引にエリクサーを押し付けた。とっさに握ってしまい、手の内に残ったエリクサーをアレンが見つめる。

アレンはしばらくそれを眺め続け、そして大きく息を吐いた。

「後で返せって言っても知らないからな」

「はい。差し上げたものですからネラ様の自由に使ってください」

たとえアレンが返すと言っても、イセリアは頑として受けとらないであろうという確信がアレンにはあった。それがわかるくらい長い時間、二人で冒険してきたのだ。

苦笑するアレンに、イセリアは優しく微笑み返す。その笑顔を見つめ、アレンは心の中で一つのことを決意していた。

「んじゃ、改めて五十六階層を見に行くか」

「はい!」

マジックバッグにエリクサーをしまい、アレンが歩き出す。その横にイセリアが笑顔のまま並ぶ。

恋人ほど近くなく、ただの仲間ほど遠くない。なんとも不思議な距離感のまま二人は進んでいく。

「そういえばよくエリクサーだってわかったな。なんかの本で読んだのか?」

階段にさしかかり、そんな質問をしたアレンにイセリアがいたずらっぽく笑い、自らのマジックバッグに手を伸ばす。そして……

「だって私も一つ持っていますから」

「はぁ!? そんな話聞いてないぞ。いったいどうやって?」

「おじい様が持たせてくれました。ネラ様とおそろいですね」

黄金の液体の入った瓶を軽く振り、ぺろっとイセリアが舌を出す。自分の妹であるレベッカの悪影響をイセリアが受けている様子にアレンは大きくため息を吐くと、苦笑しながら階段を降りていったのだった。