軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第41話 エレメントドラゴン

炎の玉を走って避けながらイセリアはエレメントドラゴンの観察を続けていた。

アレンから話を聞いて一通りの情報は得ているが、それを現実と一致させるというのは戦う上で必要な作業だった。特に今回のように戦いが長引きそうな場合は。

事前にイセリアが得ていたエレメントドラゴンの特徴は大きく二つ。

魔法で攻撃すると体毛の色が変わり、その属性の魔法が無効化されること。

そしてその後はその属性の攻撃をしてくるようになること。

細々としたものを含めればまだまだたくさんあったが、魔法使いであるイセリアにとって厄介きわまりない特徴はそれだった。

普通に考えれば魔法使い単独で戦うのは無理がある相手だ。魔法を無効化される上に、遠距離から狙い撃ちされるのだから。

実際アレンがエレメントドラゴンと戦った時も、魔法を諦めてステッキで打ち倒していた。しかしそれをするにも弾幕を避けながら近づくという困難が待っているのであるが。

「では次を。『クイックバースト』」

走りながら杖を一振りし、イセリアが魔法を唱える。イセリアは平然とこなしているが、走りながらの魔法の行使は失敗する者も少なくない高等技術だ。

しかも唱えた『クイックバースト』は炎と風の複合魔法。イセリアが最も使用している魔法とはいえ、その発動の難易度は普通の魔法よりはるかに高かった。

しかし当然のように魔法は発動し、透けた赤い玉が炎の合間をぬって進み、エレメントドラゴンに直撃する。

アレンに背負われ、自分が動く以上のスピードで揺られながら魔法を行使し続けた成果がここに現れていた。

ぶつかった瞬間、弾けた赤い玉からいくつもの炎の刃が飛び出し、エレメントドラゴンの体を切りつけていった。その様子をイセリアは冷静に観察し続ける。そして……

「効果は薄そうですが、複合魔法であれば完全に無効化されるわけではないようですね」

切り裂かれたエレメントドラゴンの赤い体毛がひらひらと落ちる。当のエレメントドラゴン自体は大した反応を見せていないため大きなダメージが入っていないことは確かだが、それでも完全に魔法を無効化できるわけではないとわかったのは、イセリアにとって朗報だった。

「やりにくい相手であることに変わりはありませんが、これなら……」

そこまで呟いたイセリアがハッ、とした顔で横に大きく跳ぶ。先ほどまでイセリアがいた場所にぶつかった赤い透明な玉が弾け、飛び出した炎の刃が避けたはずのイセリアへと追いすがりその髪を数本斬り飛ばす。

一歩間違えば死んでいたかもしれない、そんな状況でありながらイセリアは笑った。そして新たな複合魔法を唱えながら走り始めた。

いつでもフォローに入れるようにイセリアの戦いを見ていたアレンだったが、イセリアの戦いぶりに感心していた。

今、イセリアは次々に属性を変えた複合魔法を放っている。それは普通の魔法使いが見れば卒倒してしまいそうなほど並外れた能力だ。

魔法使いといっても得手不得手がある。アレンも長い冒険者生活の中で様々な魔法使いに出会ってきたが、その多くはメインとなる属性一つと補助的な属性一つを覚えているくらいだった。

モンスターと戦うレベルで使える魔法を覚えるというのはそれほど困難なのだ。

「『魔女』の面目躍如だな」

イセリアについた二つ名を思い出しながら、アレンが少し笑みを浮かべる。ありとあらゆる魔法を使いこなしてエレメントドラゴン相手に独り戦い続けるイセリアの姿は、物語で語られる魔女たちと重なって見えた。

しかしアレンの手に握られた緑の玉にかかる力が緩むことはない。当たった場所にほんの一瞬だけ強靭な蔦の盾を展開できるそれは、いつでも投げられるようになっていた。

「ただ今回は相性が悪すぎる」

アレンの目に映る両者の戦いは一見すると一方的なものだ。

エレメントドラゴンは違う属性で攻撃されると毛の色が変わる。その瞬間に攻撃がやみ、再度攻撃が開始されるまでに多少時間がかかるのだ。

それを把握しているイセリアは、次々に属性を変えて魔法を放っているためエレメントドラゴンは一方的に攻撃を受けている。ダメージも全く与えられていないというわけではなく、魔法を集中させている顔付近の毛は既にほぼなくなっているくらいだ。

しかしアレンにはわかっていた。このまま続けてもイセリアがエレメントドラゴンに致命的なダメージを与えるのは難しいであろうことを。

攻撃を一切受けていないはずのイセリアの顔には余裕がなく、一方でエレメントドラゴンはさして焦る様子もなくイセリアを見下ろしている。

それはイセリアも、そしてエレメントドラゴンも自分の立場を理解していることを示していた。

時が誰に味方するのか、そしてそれを理解しているからこそ先に動いたのはイセリアだった。

「『アクアボール』、そして『ウインドスラッシュ』」

そう唱えたイセリアだったが、エレメントドラゴンに魔法は当たったのは『アクアボール』によって出現した水の玉だけであり、中級魔法である『ウインドスラッシュ』によって起こるはずの鋭い風の刃はエレメントドラゴンには届いていなかった。

イセリアの顔が苦痛にゆがみ、魔法の発動が遅れたことでエレメントドラゴンから水の弾幕が再開される。

イセリアは顔を歪めながらその弾幕を回避し続ける。先ほどまでと攻守が入れ替わった戦いは、イセリアの体力、気力をかなりの勢いで削っていた。

少しでも判断を誤れば、命の危機になりかねないその状況をアレンは見守り続けていた。すぐにでも助けに入りたいという心を押し殺して。

イセリアの動きは徐々に遅く、拙くなっている。このままいけばほどなく決着がつくだろうとわかるほどに。

しかしその瞳には諦めの色は全くない。純粋に自身の勝利のために突き進む強い意思があるのみだった。

だからこそアレンは止めない。いや止められなかった。

そしてついにイセリアが動いた。

「『ファイヤーボール』」

イセリアが唱えたのは火の初級魔法であるファイヤーボール。しかも魔法を覚えたての者が使ったかのようにスピードも遅く、威力もほとんどないであろうと一目でわかる小さな火の玉だった。

当然エレメントドラゴンはさして気にした風もなく、水の玉による弾幕を打ち続ける。その合間をぬって火の玉はエレメントドラゴンへと辿りつこうとする。

「いっけー!!」

エレメントドラゴンへと杖を掲げ、イセリアが叫び声をあげた。限界を超えたその鼻からは血が流れだし、イセリアの口を伝って地面へと落ちていく。

次の瞬間、小さな火の玉がエレメントドラゴンへと当たるのとほぼ同時に、ザシュっという音が周囲に響く。

そして首から上をなくしたエレメントドラゴンの体が地面へと落ち、続いて斬り飛ばされたその頭が遠くにバウンドしていったのだった。

地面にぺたりと腰を落としたまま動けなくなってしまったイセリアは、アレンから手渡されたポーションとマジックポーションを飲みながらエレメントドラゴンの素材を回収しに行ったアレンの背中を眺めていた。

そして今の自分の姿を改めて見つめ、苦笑いする。

先日、アレンがエレメントドラゴンと戦って帰ってきたとき、アレンはさして疲れた風もなかったのだ。

魔法使いにとって相性の悪い相手であったとはいえ、まだまだアレンの実力に追いついていない。そのことをイセリアは実感していた。

少ししてアレンがエレメントドラゴンの素材を回収し終え、イセリアの元へと戻ってくる。

「どうだ。少しは回復したか?」

「はい。普通に動くくらいなら大丈夫です。戦いとなると不安が残りますが」

「無茶しすぎだ。魔法の発動を止めて魔力を注ぎ続けるなんて、負担がかかりすぎるだろ」

「でもそうでもしないと勝てませんでしたから」

アレンの咎める言葉に、イセリアがにへらと笑って返す。その笑顔を眺めてアレンは大きなため息を吐いた。

イセリアは先に唱えた『ウインドスラッシュ』をすぐには発動させずに保持していた。それどころか魔力を注ぎ続け、威力を増幅させていたのだ。

一応、魔法をすぐに発動させずに保持するという技術をアレンも知っている。モンスター相手ではなく、主に人間を相手にする時にタイミングをずらしたり、意表をつくために使用される。

ただ誰でも出来るわけではなく、さらに集中が途切れると魔法が霧散してしまううえに、魔力を消費し続けるため滅多に使われない技術だった。

イセリアは『ウインドスラッシュ』を保持して威力を増大させ続け、そして後に放ったファイヤーボールがエレメントドラゴンに当たって無効化される属性が切り替わる一瞬の隙を狙って放ったのだ。

エレメントドラゴンを倒すための危険で細い綱渡りのような道を、イセリアは渡りきってみせた。それはイセリアの成長をアレンに示すのに十分すぎるほどの成果だった。

「ネラさ……いいえ、アレンさん」

「なんだ?」

ゆっくりと立ち上がったイセリアがアレンを見つめる。どこか晴れ晴れとしたその顔を、アレンは見つめ返した。

「私、今の戦いでレベルが上がったんです」

「そうか。ついに人を超えたか」

アレンの言葉に、イセリアが微笑みながらうなずく。

普通の人の最高レベルは五百。それを超えられるのは勇者の卵だけ。

「アレンさんも超えちゃいました。せっかくお揃いだったのに」

「まっ、俺は普通の人だからな。これ以上は強くなれねえよ」

「これ以上強くなられたら勇者の出番がなくなっちゃうじゃないですか。アレンさんはそのままでいいんですよ」

そう言ってイセリアは笑った。しかしその瞳の奥にどこか寂しげなものをアレンは感じ取っていた。

勇者の出番なんて来ない方がいいだろ。そんな本音をアレンは飲み込む。これだけの決意を見せられたのだ。そんなことを言えるはずがなかった。

「頼りにしてるぜ、勇者さま」

「はい、任せてください。次に会うときには、アレンさんに勝てるぐらいに強くなっていますから」

「そりゃ安心だな。んじゃ、それまでの別れの記念に五十六階層でも拝んで帰りますか。俺もまだ行ったことないしな」

「はい」

アレンが差し出した手をイセリアが握る。ごつごつとしたその手の感触にイセリアは頬を緩め、そして歩き出そうとしたその時だった。

階段の手前、アレンが回収したエレメントドラゴンの体があった場所に、光と共に宝箱が現れた。