軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 訓練の成果

結局イセリアは半日以上目を覚まさなかった。少し心配になり途中で様子をうかがいにアレンもいったのだが、イセリアは穏やかな寝顔のまま規則正しい寝息をたてているだけだった。

(目標を達成したことで張り詰めていた気がやっと緩んだか)

そんなことを考えつつ、アレンはそっと扉を閉じると外へと戻り、警戒をしながら細々とした作業などをして時間を潰した。

「すみません! 寝すぎました」

小屋の扉が慌しく開いたかと思うと、開口一番謝罪を口にしたイセリアの姿にアレンが苦笑する。よほど慌てていたのかぴょんと跳ねた寝癖がそのままになっており、そんな姿を初めて見たアレンが小さく笑いをもらす。

アレンの反応に不思議そうに首を傾げたイセリアにあわせて、寝癖がグネーと曲線を描いていた。

「おはよう、寝ぼすけ姫。とりあえず髪を直してきたらどうだ」

「姫!? いえ、あの私は……えっ、髪?」

頭に向けて指を刺すアレンの指摘に、首をぶんぶん横に振ってイセリアが返す。寝癖がそれにつられて激しく左右に揺れる姿がなぜかおかしくて、アレンは思わず吹き出した。

笑うアレンの姿に少しあっけにとられ、冷静な思考で先ほどのアレンの言葉を思い出したイセリアがハッとした顔で自分の頭へと手をやる。そしてすぐさま顔を真っ赤にしながら小屋へと戻っていったのだった。

「あんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

しっかりと髪を整え終え、いつもどおりの姿で戻ってきたイセリアが不服そうに頬をふくらませる。鍋を火にかけ、料理を温めなおしていたアレンは、それに対して爽やかな笑顔を返す。

「くだらないことが面白くなる時ってたまにあるよな」

「それはそうですけれど……いえ、醜態をさらしたのは私のせいですしね。お見苦しいものをお見せしました」

そうは言いつつもほんの僅かに膨らんだ頬がイセリアの心情を表していた。苦笑しながらアレンは立ち上がり、そんなイセリアに鍋をかき混ぜていたお玉を渡す。

「とりあえず飯でも食って機嫌を直せよ。腹も減ってるだろ」

「……はい」

そのまま警戒に向かったアレンの背中をしばらく眺め、一度大きく息を吐いたイセリアは気持ちを切り替えると食事を始めた。そして温かいスープを口に含んで微笑むと、こっそりとアレンの背中に向けて頭を下げたのだった。

目標も達成したことだし、残りの五日はあるもののイセリアも旅立つ準備などもあることだしそろそろ帰ろうかとアレンは考えていたのだが……

「ネラ様、最後に五十五階層で戦わせてもらっても構いませんか?」

「んっ? 別にいいがどうした?」

「いえ、これでネラ様とのダンジョン探索もしばらく出来なくなりますし、今回の訓練の成果を確かめる意味と記念をこめて攻略してみたいな、と。駄目でしょうか?」

真剣な表情でされたイセリアの提案にアレンはしばし考える。

実際、今までのイセリアのレベル上げは五十一から五十五階層を移動しながら行われていた。襲ってくるモンスターが減ってきたら次の階層へ移動することで、再び大量のモンスターと戦えるようになり効率的にレベルアップが出来たのだ。

そのため五十五階層にある下に続く階段がどこにあるか、そしてどんな点に注意すればよいのかは大まかには把握できていた。

アレンは改めてイセリアを見つめる。十分な睡眠と食事を取ったイセリアの顔色はだいぶ良くなっている。昨日までの状態と比べるまでもないほどに。

じっとアレンを見つめて逸らしもしないその瞳の真剣さに、アレンは微笑んだ。

「そうだな。しばらくは会えなくなるし、最後にイセリアの格好の良いところを見せてもらうか」

「はい、任せてください!」

気合の入った返事をするイセリアの姿にアレンは笑みを深める。

そして二人による最後のダンジョン攻略が始まったのだった。

体力と魔力を温存するためにアレンに五十五階層まで運んでもらったイセリアは、五十五階層の攻略を進めていた。

本音としてはここまでの道のりも自分でたどり着きたいところではあったが、それが今の自分の実力ではかなわないことを彼女は誰よりも実感しており、苦渋の決断をしたのだ。

アレンが後方で発動しているライトサークルの灯りに誘われ、襲い掛かってくるエレメントバットの群れを視認したイセリアは即座に決断を下す。

「『ファイヤーストーム!』」

広範囲の炎がエレメントバットを焼き尽くしていく光景に視線をやりながら、イセリアは次の魔法の準備を既に始めていた。そして炎の中で動く影に杖を向ける。

「『ウインドカッター』」

イセリアが放った風の刃が、炎から飛び出してきた赤い体毛をしたエレメントバットを狙い違わず切り裂いていく。次々と放たれるウインドカッターにより、エレメントバットはそれ以上二人に近づくことさえ出来ずに倒された。

しかしそれで終わりではない。それが終わるころには新たなエレメントバットの群れが二人に向かって集まってくるのだ。

特に五十五階層はその間隔が短く、連戦を強いられることになる厳しい階層だった。

それでもイセリアは冷静に対処を続けた。視認したエレメントバットの群れから瞬時に最適な魔法の組み合わせを構築し、最小限の体力と魔力で先へと進んでいく。

しかしそれだけで最後まで進めるほどこの五十五階層は甘くない。マジックポーションを飲んで魔力を回復させながら進んでいるものの、どうしても集中力は徐々に失われていくからだ。

「『ファイヤーボール』」

放ったファイヤーボールが緑色の体毛をしたエレメントバットに避けられ、顔をしかめたイセリアが再び『ファイヤーボール』を唱える。

炎の玉がそのエレメントバットを飲み込み地面に落ちていく様を眺めながら、アレンはイセリアが最後までもつかどうかを考えていた。

イセリアは今まで経験した戦いから導き出した、この階層での最適解の戦い方を実践している。しかし先ほどのように魔法を外すことも多くなってきた。

階段まで残りは僅かだ。しかし……

(最後のアレに今のイセリアの状態で対処できるかってところだな)

以前自分がした戦いを思い出しつつ、アレンが頭の中で予測を立てる。そしてイセリアの勝算は決して高くないだろうと結論を出した。

もちろん最後のアレ、であるこの階層のボスの情報はイセリアに既に伝えてある。事前にイセリアも対策を考えているだろうとはアレンも思っているが、それでも難しい相手であることには変わりがなかった。

なにせ当のアレンでさえ、最初は対応に手間取ったのだから。

(イセリアがボスを相手にどう特訓の成果を見せてくれるか、楽しみにしておくか)

魔法を放ち、戦い続けるイセリアの凛々しい表情を眺めながら、アレンは小さく笑みを浮かべたのだった。

エレメントバットの最後の群れの掃討を終え、イセリアは少し荒くなった息を整えながらマジックポーションを飲んで次に備えていた。

もう少し進めば五十六階層に続く階段があるのだが、ここまで来ればエレメントバットの群れが襲ってくることがないことはアレンの調査で既にわかっていた。とはいえ完全に油断するわけもなく、警戒は続けながらではあるが。

マジックポーションを飲み終え、ふぅ、と息を吐いたイセリアが、体の調子を確かめるように両手足を動かしていく。その様子をアレンは何も言わずじっと眺めていた。

しばらくしてイセリアは大きく両肩を上げ、そしてそれを下げる。そして顔を両手でパンパンと叩いて気合を入れると、アレンの方を振り返った。

「いきます」

「頑張れよ」

そう短く言葉を交わし、イセリアが階段に向かって進んでいく。そして一分ほど進んだところで少しだけ顔を上げ、足を止めた。

イセリアの視線の先、ライトサークルに照らされたその場所には、一匹のモンスターが羽ばたいていた。

エレメントバットと同じような翼を四本背中から生やし、緑の体毛に包まれたその体は竜のような姿をしている。しかしその頭の部分には鼻も口もなく、ただ一つ大きな目だけがギョロリと空中から二人を見下ろしていた。

「これがエレメントドラゴンですか?」

「まっ、俺が仮でつけた名前だけどな。調べても該当するようなモンスターはいなかったが、どこかで正式な名前があるかもしれんな」

睨みつけるエレメントドラゴンを前に、イセリアの呟きに対してアレンが気楽そうに答える。既にアレンはこのエレメントドラゴンと戦っており、自分であれば楽に勝てる相手だと認識していた。

アレンのそんな余裕が気に入らなかったのか、エレメントドラゴンの目が大きく開かれる。次の瞬間、そこから風の刃が二人に向かって降り注いだ。

即座に動いてそれを避けたイセリアが、走りながら杖を掲げる。

「まずは様子見。『ファイヤーボール』」

イセリアが放ったファイヤーボールがエレメントドラゴンに向かって突き進んでいく。しかしエレメントドラゴンは避ける様子も見せずに風の刃を放ち続けていた。

ファイヤーボールがエレメントドラゴンの頭部に当たり、炎に包まれる。放たれ続けていた風の刃も止まり、イセリアは足を止めてじっとその様子をうかがっていた。

次の瞬間、頭部を包んでいた炎がパッと散る。そして現れた頭部には焼け焦げた部分は全くなく、ダメージを受けている様子もなかった。

「話に聞いていたとおりですか。厄介ですね、本当に」

緑から赤く染まった体毛へと視線をやりながらイセリアが呟く。そんなイセリアに向けてエレメントドラゴンは炎の玉を飛ばし始めたのだった。