作品タイトル不明
第39話 イセリアのレベル上げ
その後正式にギルドを通してイセリアは指名依頼を受け、ヴェルダナムカ大森林に向かうことが決定した。
ネラの探索を支援する人材や諸々の支度にかかる期間としてカミアノールは一か月を提示し、そしてその準備のために早々に動き始めた。
「あぁ、そうだ。ネラ君の攻略に役立ちそうな人材がいるからついでに連れてくるよ。ちょっと変わり者だから本人の了承が得られたらだけどね」
爽やかな笑顔でそう告げてギルドを出て行くカミアノールを見送りながら、そこはかとない不安をアレンは覚える。
(カミアノール自身が変わり者だし、そんな奴に変わり者って言われる奴ってやばくねえか?)
アレンの気持ちを知ってか知らずか、カミアノールの姿は扉の先へと消えていく。そしてそれと同時にアレンの右手をぎゅっとイセリアが両手で握り締めた。
「ネラ様。残りわずかですが、よろしくお願いいたします」
決意を秘めた強い瞳でそう言ったイセリアにアレンは笑いながらうなずく。そしてこれから一か月の間、自分に出来る限りのことはしてやろうとアレンは心に秘めた。
しばらくして手をぎゅっと握り締めたままだったことに気づいたイセリアが、少し顔を赤くして照れながら手を離す。その初々しい反応に小さく笑いながら、イセリアが依頼を受けている間に探索の報告を終えていたアレンはギルドを出ようと促した。
そして二人は周囲の目がある一点に集中していることに気づく。そこにいたのは、苦々しい顔をしたまま立ち尽くすオルランドの姿だった。
話の途中でカミアノールに放置され、そのまま去られてしまった哀愁漂うその姿に二人は思わず顔を見合わせて小さくうなずきあうと、とばっちりを受けないようにそそくさとその場を去ったのだった。
そして二人での探索、最後の一か月。アレンとイセリアは精力的にダンジョンを攻略していた。
「ではネラ様、お願いいたします」
そう言ってアレンお手製のトレント製の背負いかごにイセリアが慣れた様子で乗り込み、それをひょいっと重さを感じさせない動きでアレンが背負う。
トントンと確かめるようにアレンは足を動かし、そして走り始めた。周囲にいる新人の冒険者たちの邪魔にならないように注意を払いながら、次の階層へと続く階段のある場所に向かって。
罠を避け、襲い掛かるモンスターを魔法で迎撃しながら進むアレンの速度は常識では考えられないほどであり、なおかつそれが疲れによって落ちるようなこともない。
それでいて体の上下は最小限に抑えられ、背負いかごに乗るイセリアの負担にならないようにと気遣いまでされていた。
そのことを理解し、自分との実力の差を大いに感じつつも、イセリアは流れ去る景色の中で見つけたモンスターに魔法をとばし、その精度を高める訓練を続けたのだった。
そして普通の冒険者であれば一週間以上、慣れたアレンとイセリアであっても三日かかっていた五十階層までの道のりをアレンは一日で走破していた。その頬にはうっすらと汗が浮かんでいるものの息は整っており、その表情にもまだまだ余裕が感じられた。
一方、背負われていたイセリアといえば顔を青ざめさせながら荒い息を吐き、今にも倒れそうな状態だった。
「完全な魔力切れだな。マジックポーション飲んどけよ」
「は、はい」
下ろしてもらった背負いかごからよろよろと立ち上がり、マジックバッグからマジックポーションを取り出して飲み始めたイセリアの姿にアレンが苦笑する。
本当であれば無茶をするな、と言ってやりたいところだったが、この一か月イセリアを強くするために出来うる限りのことをしてやろうとアレンは決めたのだ。
イセリアが望み、実行し続ける限り、アレンはそれを否定せずサポートに徹するつもりだった。
「さて、じゃあイセリアは休憩がてらここで警戒していてくれ。なにかあれば大声で知らせろよ」
「大丈夫です。私だけでもここなら余裕ですから」
「そのセリフは青い顔を治してから言えよな」
ニッと笑みを浮かべて力こぶしをつくりながらも未だに顔が青いままのイセリアにアレンがツッコミをいれる。そして笑みを返しながらアレンは少し離れた場所にあるログハウス風の小屋へと足を向けた。
明らかに人工的なそれは、アレンが探索の合間をぬって作り続けてきたものであり、前回の探索でほぼ完成してはいる。
トレント材を使用しているため、ある程度の強度があるその小屋は、将来的にはアレンをサポートするエルフたちが常駐する場所になる予定のものだった。
その小屋の周りをぐるりと巡り、異常がないことを確認するとアレンは小屋の中に足を踏み入れる。
新築特有の匂い漂う中で、モンスターが中に入り込んでいないか、その他に異常はないかを確認し終えたアレンは少し笑みを浮かべながら、今回持ち込んだ家具を配置していったのだった。
ダンジョン内とは思えない快適な寝具で休みを取り、アレン特製の栄養たっぷりの食事で体力を回復させたイセリアは翌日から五十一階層から始まる暗闇の階層での戦いを続けていた。
魔力が切れるまで戦い続け、休憩して体力が回復すれば再び戦いに赴く。食事や休憩以外の時間全てを戦いに費やすその姿は、鬼気迫るという表現がぴったりとくるものだった。
そのおかげもありイセリアのレベルは順調に上がっていた。なにせ無尽蔵に湧いているのではないかと思えるようなモンスターの大群を相手に延々と戦っているのだ。
むろんこんな無茶なことが出来るのは、なにかあってもアレンが絶対に助けてくれるとイセリアが心から信頼しており、そしてアレンがそれに応えたからだ。普通であればレベル上げをする前に物量に押されて死に至る、そんな恐ろしい階層でイセリアは戦い続けた。
そして……
「やりました。アレンさん、私ついにレベル五百に到達しました」
魔力切れの青い顔で、しかし嬉しそうにイセリアが笑顔を浮かべる。そしてそこで気力が尽きてしまったのかふらりと意識を手放した。
「お疲れさん。頑張ったな」
イセリアの倒れていく体を優しく抱きしめ、労いの言葉をかけたアレンがその軽い体を持ち上げる。
意識を失いながらも満足そうな笑みを浮かべるイセリアにちらりと視線をやり、優しく微笑んだアレンは今にも襲い掛かろうとしてくるエレメントバッドの群れに魔法を放つと、ライトサークルの灯りを消し、きびすを返して五十階層へと戻っていった。
五十階層の小屋へと戻り、イセリアをベッドに寝かせたアレンは小屋の外で警戒しながら食事を作っていた。既に周囲のモンスターは一掃してしまっているため、アレンの料理を作る音だけが周囲に響く。
「これで良かったんだよな」
そんな言葉をぽつりとアレンが漏らす。
期間が残り一か月と明確に区切られたためアレンとイセリアは話し合い、残りの期間をレベル上げのみに集中すると決めたのだ。それ以外のものを全て捨て去って。
そしてイセリアはやり遂げた。目標である普通の人の最高到達点、アレンと同じレベル五百にまで、五日を残してたどり着いて見せたのだ。
イセリアの眠る小屋へと視線をやり、そしてアレンが天を見上げる。
正直に言って、イセリアは身も心もボロボロの状態だ。戦いの最中、意識を失ったことなど両手の指で足りる数ではなかった。そんな状態でもイセリアは戦い続けた。自らを強くするために。それだけを求めて。
「それだけのことをしなければならない、よほどの理由があるんだろうな」
コトコトとスープの煮える音を聞きながらアレンはため息混じりに呟いた。
もともとイセリアは強くなることに意欲的だった。勇者アーティガルドを目標にし、自らを鍛え続けていた。しかしそれは今のイセリアの姿勢と比較すれば生ぬるいといっても過言ではない程度だった。
いや、今の状態がそれほどに異常であるのだ。
そこには明らかに何がしかの原因があることはアレンにも十分わかっていた。しかしイセリアがそれをアレンに知らせないようにしていることも気づいていた。
その理由として考えられるのは……
「俺を巻き込まないようにするためだよな」
アレンが大きくため息を吐く。
そんな遠慮をされてしまったことが情けなく、しかし心のどこかでレックスのこともあるから巻き込まれなくて助かったと思ってしまう自分がどうしようもなく汚く思えた。
もしアレンが独身のままであったのなら未来は変わったのかもしれない。
自分より大事だと思える愛する妻のマチルダと愛しい子のレックスがいなければ、無理矢理にでもイセリアから事情を聞きだし、力を尽くしたかもしれない。
しかし今のアレンにはその選択をすることは出来なかった。
「俺に出来ること、か」
そう呟いたアレンはしばし熟考し、マジックバッグから紙を取り出すと、さらさらとそこに書き記していく。
思いつく限りの強くなる手段を、長年の冒険者生活で見てきた頼りになる冒険者の名前を、そして今作っている料理のレシピさえも。
料理を作り終え、イセリアが目覚めるまでの間アレンは周囲の警戒をしながらも書き続けた。
そして強くなるために必要な情報全てを書き記したそれを束にし、紐で結び付けて簡易的な本に仕立て上げると布に包んで自分のマジックバッグへと収納した。
「これが役に立つ日がこないといいんだがな」
皮肉げに笑いながら、しかし少し満足そうな顔でアレンはマジックバッグを眺め、そしてイセリアが起きてくるのを待ち続けたのだった。