軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第38話 イセリアへの依頼

「私がヴェルダナムカ大森林へ、ですか?」

「あぁ、しかもナムカの里への招待だ」

「ナムカの里とは、あのナムカですか? 本当に?」

驚きの声をあげるイセリアに、カミアノールが柔らかく微笑みながら首を縦に振る。それでその言葉が真実だと理解したイセリアは、ぶつぶつと自問自答を始めてしまう。

そんなイセリアの珍しい姿を眺め、続いてアレンが視線をカミアノールに向けるとカミアノールは少し気取った口調で話しはじめた。

「ナムカの里は、ヴェルダナムカ大森林の最奥。そうだな、この国で例えるのであれば王都のような場所だよ。まあエルフに王はいなくて、長老会が取り仕切っているんだけれどね」

『最も重要な里ということか?』

「そうだね。そもそもヴェルダナムカ大森林自体が、このナムカの里を守るために作られたと伝わっているよ」

そんな風にカミアノールの言葉をアレンがふんふんと聞いていると、やっと落ち着いたのかイセリアが話に加わってきた。

「ナムカの里に入ったことのある人間は数少なく、この国でも両手で数えられるほどしかいないと聞いています」

「そうだね。王族や近衛がほとんどかな。たまに恩人や規格外の者を迎えることもあるけれど。仲間を迎えに来た勇者とかね」

「アーティガルドのことですよね!? やはりあの話は本当だったのですね」

嬉しそうに顔をほころばせるイセリアの姿に苦笑しながら、アレンもその話について思い出していた。

伝説の勇者であるアーティガルドの仲間の一人にエルフの魔法使いがいた。

村を滅ぼされ失意の底にあったアーティガルドをたまたま見つけた彼女は、彼が立ち直るまでかいがいしく世話を焼き、立ち直り勇者の道を歩き始めたアーティガルドを助け続けた。

順調に冒険を続ける二人だったが、ある時彼女はエルフの集団に強引に連れ去られてしまう。そこでアーティガルドが単身エルフの里に乗り込むというエピソードがあるのだ。

(普通に伝わってる話ではエルフの里ってだけなんだが、そこがナムカの里ってわけか)

イセリアのこの興奮具合からしてそういうことだろうな、と考えたアレンだったが、それを後で確かめるのはやめておこうと心に決めていた。イセリアにそれを聞いたが最後、アーティガルドの話が果てしなく続くことを身を持って知っているからだ。

そんなことを考えていたアレンだったが、最も重要なことから話をそらされていることに気づく。

『なぜイセリアを招く?』

アレンが見せた紙に、どこか和やかになりつつあった雰囲気が消える。

ばつの悪そうな顔をするカミアノールをじろりとアレンは睨みつけた。その表情が演技だと見抜いていたからだ。

その視線で全てを察したカミアノールが自然な笑みを浮かべる。

「これは長老会の決定であり、私はただの使者だからね」

『知らないというわけか?』

「そうだね。個人的な推測ではイセリア君の勇者の卵としての素質を見出して育てたくなったという可能性が高いんじゃないかな。他の種族の勇者の卵も招かれるらしいし、定期的にエルフはこういうことをしているからね」

軽い口調で話すカミアノールの推測を聞き、アレンは少し安堵していた。

もちろんカミアノールの推測が正しいとは限らないが、その言葉が真実であれば少なくともアレンが憂慮するような危険な依頼を強制的に受けさせられるようなことにはならないだろうと考えたからだ。

しかしアレンは保険をかけておくことにした。

『その言葉、精霊に誓えるか?』

アレンの言葉に、カミアノールはほんのわずかに口元をひくつかせる。それは本当にカミアノールが驚いたことの証左だった。

精霊に誓うという言葉は、エルフにとっては大きな意味を持つ。人間にも神に誓うという言葉があるが、その重みは普通の人が口にする場合よりもはるかに重いものだった。それほどエルフの精霊信仰は深く根付いているのだ。

そのことをネラは知っており、あえてその言葉を使った。その事実にカミアノールは口の端が上がるのを止められなかった。

「ますます君に興味が出てきたよ、ネラ。あぁ、もちろん誓おう。私の信じる荒ぶる森の精霊に」

真剣な表情で見つめてくるカミアノールに対して、アレンは微動だにしなかった。いや、出来なかった。アレンの心の中に浮かんだ言葉を我慢するのに必死だったからだ。

(いや、荒ぶる森の精霊って、もじゃもじゃした葉っぱの塊みたいな奴だろ。他にも色々いるのになんでそいつなんだよ!)

そんな胸の内の言葉を抑えるアレンだったが、心のどこかでその原因は自分のせいだろうと理解してもいた。

以前ドゥラレのダンジョンを発見した際、アレンは偶然カミアノールを助けた。その時アレンは枝や葉っぱにまみれた姿で戦っており、それをその場に居合わせたエルフたちが精霊だと勘違いしたことがあったのだ。

目の前で真剣な表情でこちらを見ているカミアノールが、幼子のように泣き崩れる姿をアレンは知っていた。

なんともいえない気持ちを振り払うように、アレンが視線をカミアノールから外してイセリアに向ける。そして少し不安そうな顔をしているイセリアに、安心させるようにゆっくりと首を縦に振って見せた。

(ある意味、この話はイセリアにとって渡りに船だ。強くなりたいといっても俺だけじゃあどうしても限界があるからな)

ライラックのダンジョンでイセリアのレベル上げを手伝いながら、アレンはそんな気持ちを抱いていたのだ。

もちろん今のままでもイセリアを強くすることが出来ないわけではない。レベルを上げればステータスが伸びる。それが強さに直結することを誰よりも実感しているのはアレンなので当然だ。

しかしイセリアの強くなりたいという切実な想いを感じ取っていたアレンは、このままでいいのかとも考えていたのだ。

実際、アレンの強さはステータスによるところが大きい。それなりの場数も踏み、ある程度の技術はあると自負してはいたが、あくまでそれなりなのだ。特にイセリアが得意とする魔法に関してはアレンに教えられることなどなくなっていた。

(エルフは魔法が得意だし、当然後方での立ち回りなんかも研究されてるだろう。それを覚えればイセリアはもっと強くなれるはずだ)

そんな風に考えつつも、心のどこかでアレンは寂しさと悔しさも感じていた。イセリアはネラの正体を知っており、信頼の置ける仲間だ。

そんな仲間と共に行うドゥラレやライラックのダンジョンの探索は、長年特定のパーティを組まずにやってきたアレンにとってどこか懐かしく、楽しいものだったのだ。

それに加え、イセリアが抜けてしまえばライラックの探索が難しくなるのは明白だ。レックスのために功績をあげたいアレンとしては歓迎しづらいことだった。

しかし勇者の卵としての責務や、イセリアの想いを考えれば仕方ないとアレンは気持ちを整理し、早くも打開策に頭を巡らせていたのだが、その耳に届いたのはイセリアの意外な言葉だった。

「しかし現在はネラ様とパーティを組み探索を行っています。少しお時間をいただけないでしょうか?」

胸に手を当て、真摯に想いを伝えようとするイセリアに、カミアノールとアレンの視線が集まる。

眉根を寄せたその表情は、イセリア自身が葛藤していること察するのに十分すぎるほどだった。それでもアレンのことを考え、イセリアがそう結論を出してくれたことがアレンはなにより嬉しかった。

そして同時に、そうさせてしまった自分を情けなく思った。若い奴になに遠慮させてるんだと。

『行って来い。俺のことは気にするな』

「しかし……」

『強くなりたいのだろう。どちらの方がより強くなれるか、イセリアもわかっているはずだ』

迷いを見せるイセリアを安心させるようにアレンが笑う。マスクに隠されたその表情は見えないはずだが、なんとなくイセリアにはそれが伝わっていた。

そしてその背を押すように、カミアノールが言葉を挟む。

「ネラ君の攻略が心配であればエルフの信頼の置ける者を派遣しよう。ドゥラレのように拠点を造り、それを管理させる形になるだろうが探索の助けにはなるはずだ。一緒に戦うことは出来ないが、生半可な者は君には必要ないだろう?」

『そうだな。そうしてもらえれば助かる』

思わぬカミアノールの提案にアレンは冷静に返したが、胸の内はカミアノールへの感謝の気持ちで一杯だった。

エルフの助けがあればアレンはダンジョン攻略を続けることが可能になる。イセリアも後顧の憂いなく強くなるためにナムカの里へ向かえる。アレンとイセリア、両者にとって望ましい形になったのだ。

イセリアと別れることは寂しくはあるが、いつかまた会うこともあるだろう。今まで多くの出会いと別れを繰り返してきたアレンはそう気持ちを切り替えたのだが、イセリアはそうではなかった。

「ですが……」

そう口に出し、イセリアが言葉を詰まらせる。アレンとカミアノールは、若いなぁ、とじじくさい感想を抱きながらイセリアの次の言葉を待った。

しばらく考えていたイセリアだったが、一度大きく息を吐き、顔を上げる。

「わかりました、依頼を受けます。しかしその攻略を手伝うエルフの方の準備が整うまでは私がネラ様の相棒として探索を続けます。それぐらいは大丈夫ですよね?」

そうなげかけたイセリアに対して、カミアノールは笑いながらその提案を快諾したのだった。