作品タイトル不明
第34話 順調な探索
ネラとイセリアによるライラックのダンジョン攻略は順調に進み、それは当然のことながら冒険者ギルド内でも話題になっていった。
そもそもネラという存在自体が特異なものであるのだが、ライラックで活動する冒険者にとって自らの生活の糧を得る場所であるライラックのダンジョンが攻略されていく過程が注目されないはずがない。
「おい、もう四十階層を突破したらしいぞ」
「情報が遅えよ。今は四十五階層を探索中だ」
「マジかよ。探索開始からまだ二か月たってないだろ?」
「前々から探索していたんじゃないか?」
「だったらなんでその時に公表しないんだよ?」
酒場のテーブルで依頼達成の打ち上げをしていた冒険者パーティがそんな話題で盛り上がりながらわいわいと酒と食事を楽しんでいる。その他にも同じような話題で盛り上がっているテーブルはいくつもあり、そのほとんどは肯定的な反応だった。
「三十六階層からは溶岩地帯なんだろ。どうやって攻略したんだ?」
「地図によると道があるみたいだな。ただ細いし、溶岩に潜んだモンスターが突然襲ってくるらしい」
「暑さで体力を削られて集中力が落ちたところを襲われるのか。厳しいな」
「いや、そもそも二十階層を突破できてない俺たちが心配する事じゃねえだろ」
「そりゃそうだ」
ガハハハと豪快な笑い声が響くが、そもそも騒々しい酒場の中だ。それが気になるような場所ではないのだが、その中には顔をしかめる者もいた。その多くが新たにライラックにやってきた冒険者たちだった。
彼らがライラックに来たのは、ドゥラレのダンジョンが発見された後のことだ。必然的にネラと関わることはこれが初めてとなる。いきなりふざけた格好をした奇人が話題をかっさらっていったことが面白くないのだ。
比べてもともとライラックにいた冒険者たちは、ドラゴンダンジョンのスタンピードを止めたネラに感謝していた。
スタンピードの間隔が短かったため、前回のスタンピードを経験した者でまだ冒険者として活動している者もいるし、ギルドの記録にもその被害状況が詳細に記されている。
それらからすれば、自分も自分の愛する人も死んでいたかもしれない、という考えに至るのは容易だ。そんな状況を止めてくれたネラへの感謝と、強い者への憧れを抱く者が地元の冒険者には多くいるのが現状だった。
「我らが英雄に乾杯!」
そう言って赤ら顔で杯をぶつけあう冒険者たちの懐をいつもより少し寂しくしながら、夜は更けていったのだった。
一方攻略を続ける当人であるネラことアレンとイセリアは今回の攻略の目標階層である四十五階層を探索していた。
二人の周囲は身の丈ほどに積もった雪で囲まれており、目標物もほとんどなく白で染められている。そんな空間で方向感覚を失ってしまえば遭難してしまい、その結果待っているのは死だけだ。
環境そのものが罠、それが顕著に現れた階層だった。
ぱらぱらとちらつく雪の中をアレンはいつもどおりのクラウンの格好で、イセリアは赤を基調としたフード付きのコートを着て歩いていた。
二人の吐く息は白く染まっており、気温そのものが低いことがよくわかる。しかしそれに比べて二人の表情は平然としたものだった。
「次は右だな。もうすぐ階段に着くはずだ」
「はい」
マジックバッグに入ったこの階層の地図を取り出さずに、頭の中の記憶を頼りにアレンが先導をしていく。
その迷いのない足取りに全幅の信頼を置いているイセリアだったが、自らを鍛えるために行っていた脳内の地図と現在地のズレを認識し小さくため息を吐いた。イセリアの読みではもうしばらく先で右に曲がるはずだったのだ。
「うーん、地図作成者の癖を見破るってなかなか難しいですね」
「これも経験だな。低い階層は皆が入るからかなり正確な地図になっているが、ここまで来るとやって来る奴自体が珍しいレベルだし。今回ギルドで写した地図だって十年以上前のものだからな」
悔しさを滲ませるイセリアの言葉に、肩をすくめたアレンが苦笑する。
偉そうに経験などと言っているが、アレン自身ギルドの地図と実際のダンジョンに差異があるなどということはこれまでほぼ経験したことがなかった。
そもそもレベルダウンの罠を使って驚異的なステータスを手に入れる前にアレンが入っていたのは、自らの安全を確保できる階層だ。当然そこは多くの冒険者が出入りする階層であり、その地図は正確極まりない。
ネラとして入った鬼人のダンジョンの深部もモンスターの強さを除けばブロック作りの探索しやすい環境であり、その地図はほぼ正確だったし、唯一経験したと言えるのはまだ探索が十分でなかったドゥラレのダンジョンくらいだった。
だから純粋に地図と実際が違うという経験ではイセリアとほぼ変わりない。
しかしアレンは一、二層もその作成者の地図を使って歩けば実際との差異をかなり正確に埋めることができていた。
これがステータスによるものなのか、長年パーティの斥候役として助太刀に入ってきた経験によるものなのかアレンにも判断がつかなかったのだ。それゆえに出た苦笑だった。
「地図を直しますか?」
「おいおいな。別に今のままでも困る奴はほとんどいないとは思うし」
「たしかに四十階層を超えてから誰一人として会っていませんしね。モンスターの強さは鬼人のダンジョンの下層くらいですからミスリル級のパーティなら対応可能だと思うのですが」
「環境が悪すぎるからな。ほっ、と」
会話を油断と見たか、雪の壁から矢のような勢いで飛び出してきた何かを、アレンがそのままステッキで打ち払う。
地面に転がるそれに向けてすかさずイセリアはファイヤーアローを放ち、鋭いつめを先頭に流線型を保っていた真っ白なモグラ型のモンスターはその身を黒く焦がして息絶えた。
そのモンスターの名はアイスモール。別名デスアローとも呼ばれる不意打ちに特化したモンスターだった。
「対応が早くなったな」
「さんざん襲われましたしね。積もった雪がわずかに動きますから、それを理解していれば十分対応可能です」
「たしかにそうだな。しかしそれも体調が万全ならっていう前提がある」
アレンの言葉にイセリアがうなずいて返す。
実際この階層は雪が積もっていることからもわかるとおりかなり気温が低い。下手に金属の鎧など身につけていればそこから凍傷になってしまいかねないほどなのだ。
「ネラ様の衣装はとても便利ですね」
「そうだな。てっきり着心地が良くて汚れても綺麗になるくらいの性能かと思っていたんだが」
「それは……主婦の方が喜びそうな機能ですね」
「かもな」
黒焦げになったアイスモールをそのまま放置して二人は進んでいく。アイスモールの毛皮は保冷効果があり暑い地方などで高い需要が認められ、それなりの金額で取引されるのだが二人の関心はそこにはなかった。
アレンが軽く自分の服を掴みそれを引っ張る。まるで自分のためにあつらえたかのようにしっくりとくるそれは、薄い生地であるにも拘らず寒さや暑さを完全にシャットアウトしていた。
外部の環境に関係なく、装備者を快適な状態に保つ。それがアレンの衣装に備えられた機能だったのだ。アレン自身、このダンジョンの溶岩の階層で初めて知ったことだったが。
「それはイセリアにも言えることだけどな」
「私の場合は、それに対応できる装備を持っているだけですから。ネラ様のように万能じゃありませんよ」
「いや、それだけの装備をいくつも保有しているだけでもすげえだろ」
アレンの指摘にイセリアがコートのすそを掴んで、まるで貴婦人が挨拶でもするかのように振舞う。
まるでダンジョンには似合わない姿のはずなのに、イセリアがすると不思議と様になっていた。
「おじい様に感謝しなくてはいけませんね」
「まあ攻略にはすごく役立っているんだけどな。しかしこれだけの装備をぽんぽんと与えるなんてどんだけ金があるんだよ、おじい様」
ぶつぶつと愚痴のようなものを呟きながら歩くアレンの背中にイセリアが笑いかける。
厳しい環境によって幾多の冒険者たちを退けていったライラックのダンジョンだったが、それをほぼ無効化する二人によって攻略されていったのだった。