作品タイトル不明
第33話 ライラックのダンジョン攻略開始
そしてその十日後、アレンはネラの姿でイセリアと共にライラックのダンジョンの二十階層を探索していた。
時おり巨大な岩がごろごろと転がる荒野を二人はまるで散歩でもするかのように世間話をしながら進んでいく。
「ということは、今頃はスラムにネラ様がいっぱいいるのですね。少し見てみたい気もします」
「変なことにはなってないとは思うが……いや、ネラがいっぱいいる時点で変は変か。あっ、そうそう渡すのを忘れていた」
そんなことを言いながらアレンが視線を周囲に向けたまま、腰に提げたマジックバッグに手を入れると一枚の紙を取り出す。そしてそれをイセリアへと差し出した。
紙を受け取ったイセリアは立ち止まると、しげしげとそれを眺め始める。アレンは少し苦笑して立ち止まると、改めて周囲の安全を確認しながら少しの間待った。
「これは?」
「スラムにある地下道の地図だな。この前、対価として補修してやった時にこっそり覚えたのを書き写しておいた。もしかしたら新たな経路が掘られているかもしれねえがな」
曲者といった雰囲気をぷんぷん放っていたネサニエルのことを思い出し、きっとなにか細工はしているだろうなと考えつつアレンが説明する。
眉根を寄せ、難しそうに顔を歪めながらそれを聞いていたイセリアは今一度地図を眺めるとはぁー、と大きく息を吐いた。
「これは下手なところには出せませんよ」
「それは俺もわかってるって。だからイセリアに渡したんだろ。まあいつかどこかで必要になるかもしれねえから持っておいてくれ」
その言葉にイセリアが頬を緩ませる。アレンの表情は仮面に隠されて見ることは出来ないが、その雰囲気からそれが当たり前のことだと思っていることはたしかに伝わっていた。
それだけの信頼を自分が受けていることが、イセリアにとっては嬉しく、そして誇らしかった。
「私だから、ですか。わかりました。預かっておきます。ちなみに他には?」
「俺自身が一枚とマチルダに預けているものが一枚だな。本当はエリックにも渡しておきたかったんだが、あいつの立場上板ばさみになりそうだからスラムが本当に困ったことになったら来いと伝えておいた」
「あの騎士になった方ですね。それはたしかにその方がいいかもしれません」
もらった地図を丁寧に半分に折り、マジックバッグにしまいながらイセリアが苦笑する。
地図の中には街の外への脱出経路と思われる部分まで描かれていたのだ。逆に言えば門を通ることなく人が入ることもできる。街の安全を守る騎士であるエリックがそれを知れば動かざるをえなくなるのは当然だった。
「この街のスラムは現状ではましな方ですしね。先日目にしましたが王都はひどいものでした」
「へー、王都のスラムは俺も知らねえな。どんな感じなんだ?」
歩き始めたイセリアに先行しながら、ピンッと指を弾いたアレンが会話を広げる。それに対してイセリアは王都のスラムの悲惨な現状などを話しはじめた。
そんな二人の右手前数十メートル先にはげ鷹のような姿をしたモンスターであるアラームバードがばさりと落ちる。翼を広げたままの姿で倒れ伏したその胸にはぽっかりと穴が空いていたのだった。
しばらく程よい緊張感を持ちながら進んでいた二人だったが、今は大岩から少し離れたところで休憩していた。
既に探索を始めてから半日ほど過ぎているが二人にはさして疲労している様子は見えず、アレンの作った簡単な料理をおいしそうにイセリアは頬張っている。周囲を警戒しつつそんな姿を視界の端に捉えたアレンも小さく笑みを浮かべていた。
しばらくして全てを食べ終え、律儀に感謝の祈りを捧げたイセリアがアレンの方へと視線を向ける。
「すぐに代わりますか?」
「じゃあ頼む」
そう言葉を交わした二人が立場を交代する。ネラの仮面はつけたままでも食事をすることが出来るため、仮面を外すことなくアレンは食事を始めた。
イセリアは周囲を警戒しつつも、まるで肌に張り付いているかのように動く仮面の口元に時おり視線をやり、不思議そうな表情を浮かべる。
「ネラ様の仮面って不思議ですよね」
「んっ? あぁ、こうやって食事も取れるし、暗闇でも良く見えるから性能は抜群なんだよな。デザインさえもうちょっとマシなら良かったんだが。あー、でももしデザインが良かったら売り払ってて、今頃持ってなかったかもな」
「そうなのですか?」
しみじみとそんなことを言ったアレンに、イセリアが少し驚きながら聞き返す。
視線をばっちりと自分へと向けてくるイセリアに苦笑しながら、指をくるりと回して周囲を見るようにアレンが伝えると慌てたようにイセリアは警戒へと戻った。
そんな姿に小さく笑みを浮かべ、アレンが話し始める。
「この仮面を手に入れた時は、パーティから抜けたせいでけっこう生活が苦しくてな。わずかにあった貯蓄もどんどん減っていくし、それでも弟妹たちに我慢させたくねえから依頼を受けまくったりしていたんだ。精神的にも肉体的にも一番きつかったかもな」
遠い目をしながらそんなことを言うアレンの珍しい姿に見入りそうになりながらも、なんとか最後に残った理性で警戒をイセリアは続ける。しかしその耳はアレンの言葉を聞き漏らすことのないように傾けられていた。
ふぅ、とため息を吐いたアレンが再び口を開いた。
「意地というかやけになってた部分もあったんだろうな。そりゃあ俺だってテッサたちについていきたかったさ。でもそれを我慢して、なのにそれが原因でライとも喧嘩別れになってなんで俺だけこんなに苦労するんだって、俺の人生はなんなんだって……」
「アレンさん……」
ネラではなく、自分の名を呼ばれアレンが視線をイセリアに向ける。そこには今にも泣きそうな顔をしたイセリアがおり、それを見たアレンは慌てて首を振ると笑顔を浮かべた。
「まあそんな感じの時に鬼人のダンジョンに出た宝箱からこの仮面を見つけたってわけだ。悪いな、景気の良い話じゃなくって」
「いえ、話していただきありがとうございました」
「感謝されることじゃねえよ。まっ、今はこうして役に立ってるんだし、人生なにが起こるかわからないってことだな」
イセリアの真っ直ぐな言葉に照れたアレンが、それをごまかすように食事をかきこむ。そしてそれを水で流し込むと立ち上がった。
「あの当時は自分が不幸の中心にいるように思えたんだけど、今思うと馬鹿だな」
「ある一面だけに囚われてしまうと本当に大事なことを見失ってしまうのかもしれません。目に見えるものだけが真実だとは限らないのに」
「かもな。さて、じゃあダンジョンで人生を語るのはこれくらいにして、最後に一戦しておきますか」
アレンがくるりとステッキを回し、大岩の方を指し示す。イセリアはそれにうなずいて返すと、一度大きく息を吐いて気持ちを切り替えた。
アレンの指す大岩の先には二十一階層へと続く階段があり、その手前にはこの階層のボスであるドスブルファングがその巨体を寝そべらせて待ち構えているのだ。
荒野を集団で闊歩する巨大な牛型のモンスターであるブルファングより二周りほどおおきな体を持つドスブルファングはその巨体に見合わない突進力を持っている。その勢いのまま鋭い角や牙を食らえば、並みの装備では紙切れ同然と言ってもよいほどの威力を持っているのだ。
とはいえこれらの情報は資料の中だけのものであり、実際に目にするのは二人も初めてなのだが。
「二十階層だからそこまで心配する必要はないとは思うが、普通の魔法使いにとってはやっかいそうな敵だよな」
「致命傷を与える前に接近されそうですしね。様子見で戦ってみて大丈夫そうなら訓練のために私一人で戦ってもいいですか?」
「了解。じゃあ行きますか」
気負いなく会話を交わし、二人は足を踏みだす。
そして十数分後、単独で戦ったイセリアに傷ひとつ負わせることもできずにドスブルファングはその巨体を地面に横たわらせ、永遠に動かなくなったのだった。