軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第35話 攻略の合間

四十五階層の探索を終えて四日ぶりにライラックに帰ってきたアレンはギルドへの報告を終えるとその足でスラムに向かった。

夕闇にまぎれるように進んでいたアレンだったが、律儀に毎回後ろをつけてくる気配を察してため息を吐く。

(いっそのこと捕まえちまった方が……うーん、でもなぁ相手がわかっちまった方が面倒な可能性もあるんだよな)

ほんのわずかに首を傾げて思考をめぐらせたアレンだったが、結局いつもどおりなにもしないことに決めた。

アレンとイセリアはダンジョンを数日がかりで攻略しており、ライラックに帰ってくる日も時間も決まっていない。それなのに毎度毎度つけてくるということは、尾行者の背後にはそれをできるだけの存在がいる可能性が高いと考えていたのだ。

(個人の力じゃあどうしようもない可能性もあるしな。接触してくれれば状況はまた変わるんだが)

ぽりぽりと頭をかいていたアレンがちらりと先へ視線を向けてマスクの下で笑みを浮かべる。

アレンの視線の先、スラムの入り口にあたる部分で壁に背を預けて立っていたのはネラの衣装を着た男だった。背格好がアレンとほぼ同じであることもあり、その外見は瓜二つだ。

初めてその姿を見たとき、アレン自身も思わず二度見してしまったほどに似ているその男はネラの姿を認めると壁から背を離し、通り過ぎるアレンの横に並んで歩き始める。

「一つ目の曲がり角を右に、次は左に。そこで別れますので後はご随意に」

静かにそう告げた男にうなずいて返し、アレンは男と並んで指示通りに歩いていく。そして細い路地を二度折れ曲がった瞬間、アレンは地面を蹴りつけてその身を宙へと躍らせて姿を消した。

残された男はネラの消えた前方の空へと視線をやり、そしてくるくると回転しながら落ちてきた銀貨を二本の指で挟む。

「さて、それでは銀貨分くらいの働きはさせてもらいましょうかね?」

ニヤリと笑った男はその銀貨をくるりと回して胸の内にしまうと、本物のネラほどではないもののかなりのスピードでスラムの路地を駆けていったのだった。

スラムで着替えを済ませたアレンは、久しぶりの我が家へと戻って家族と団欒していた。わが子であるレックスのためとはいえ離れ離れになる日々はアレンとしても寂しく、それを埋めるかのようにアレンは世話を焼きたがったのだが……

「はーい、そこまで」

「いや、もうちょっとぐらいいいだろ?」

「駄目よ。アレンが構いすぎたら止めてくださいってルトリシアから言われているの」

マチルダにレックスを奪われ、先ほどまで腕の中にあったぬくもりが急に冷えていくのを感じながらアレンが眉根を寄せる。

そんなアレンの姿に笑うマチルダと、どこかほっとしたような安堵の表情を浮かべるレックスの姿にアレンは大きく息を吐くと、寝室のソファーへと腰を下ろした。

そしてマチルダがレックスを抱いたままその隣へとそっと座る。

「探索は順調みたいね」

「ああ。四十五階層まで今回は行ったが、環境に対応できれば問題ないな。モンスターも強くなってきているが、まだまだ余裕はある。五十階層までは地図もちゃんとあるし大丈夫だろう」

マチルダの膝に乗ったレックスの気を引くため往生際悪く、くるくると指を回し始めたアレンにマチルダが笑いながら話しかける。

さすがに仕事の話をふられてはアレンもそれを続けるわけにはいかず、少し名残惜しそうにしながら状況を伝えはじめた。

「やっぱり問題は五十一階層から?」

「だろうな」

アレンの答えにマチルダがうなずいてかえす。

ライラックの冒険者ギルドの職員であるマチルダは、長年受付嬢として働いてきたこともありダンジョンに関する深い知識を持っていた。

特に現在アレンがネラとして探索しているライラックのダンジョンは周辺にある四つのダンジョンの中でも最も入る人が多く、そこから得られる資源は街や冒険者ギルドを潤している。

そんな場所だからこそ、ある程度階層の状況、そして攻略具合などがマチルダの脳内には叩き込まれていた。

「オリハルコン級の冒険者が面倒くさいってそれ以上の調査を放りだしたのよね、たしか」

「おっ、マチルダもその話知っていたんだな。奥の資料室でその報告書を見たとき、俺は目を疑ったぞ」

「でも、らしい話よね」

そう言ってマチルダがふふっと笑う。それに対してアレンは苦笑して返した。

冒険者の中で最上位であるオリハルコン級はもはや伝説の人物といっても過言ではない。そもそもなにかしらの偉業を成さなければなれないため実力があるのは当然なのだが、その性格は一癖も二癖もあるような者が少なくなかった。

なにせ普通の人が出来るはずないと考えることを成したからこそ偉業なのだ。常人には計り知れない思考回路をしている者がいてもさして不思議ではなかった。

「闇に包まれた空間ってどんな感じなのかしら?」

「気配だけを頼りにモンスターと戦う訓練には丁度良い環境らしいぞ。明かりをつけると集団で襲ってくるからそういった訓練の場にもなるって書いてあったな」

「つまり探索するには最悪の環境ってわけね」

報告書に書いてあったオリハルコン級の冒険者の所感をアレンが教えると、マチルダはふぅ、吐息を一度吐いて天井を見上げた。

そしてしばらくなにごとかを考えると、アレンに向き直る。

「ネラのマスクがあれば対応できそうなのね?」

「たぶんな。それに地図を作るのが俺だから、オリハルコン級の冒険者みたいに地図作成者の護衛が面倒になるってこともねえし」

「イセリアさんは?」

「さすがに暗視の効果を持った装備品はないらしいから、伝手をたどって手に入れられないか探している最中だ。最悪先に俺が調査をしちまって、それが終わったら背負って駆け抜けるって手も……」

「いや、それは危ないからやめましょ。アレンも両手がふさがっちゃうし、不測の事態が起こるかもしれないでしょ。急いでいるとはいえ、ここまでかなりの速さで攻略を進めてきたんだからまだ時間に余裕はあるはずよ」

「おっ、おお。そうだな」

いきなり身を乗り出してきたマチルダの様子に、少し引き気味になりながらアレンが返事をする。

マチルダのどこか圧を感じる真剣な眼差しになんとなく視線を下げたアレンが、きらきらとした瞳でこちらを見つめてくるレックスを認めて抱き上げた。

「なんだ、レックス。ダンジョンの話は面白いか?」

「あー」

「そっかー。じゃあまずはこの街の名前にもなっているライラックのダンジョンについて話そうか」

まるで同意するかのように笑顔を見せながら声をあげたレックスに救いを見出したアレンは楽しげにライラックのダンジョンについて語りかけていく。レックスもその話を楽しそうに聞いていた。

一般人には少々マニアックすぎる内容の混じった話をアレンがしていくのを眺めていたマチルダだったが、二人のなごやかな様子に小さく息を吐いた。

(アレンのことは信じているし、イセリアさんだって本当にいい子だっていうのは理解している。でも、それでもって思っちゃうのは……)

「惚れた弱みよねぇ」

「んっ、何の話だ?」

「いや、なんでもないわよ。そうだレックス。ダンジョンに興味があるなら冒険者ギルドの話も面白いんじゃないかしら」

「あー」

楽しげにレックスが声をあげ、マチルダが二人の話に加わっていく。優しい家族の時間はレックスが眠りにつくまで続いたのだった。