軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第13話 新しい命

しばらくしてコルネリアに連れられてやってきた医者がマチルダの容態を確認し始める。そして母体に危険はないし、まだまだ時間がかかりそうだという判断をしたところでアレンはコルネリアに部屋の外に連れ出された。

明らかに不服そうにしているアレンの顔に苦笑しながら、コルネリアが先導を始める。

「不満ですか?」

「まあな。先生の診断を聞いてマチルダもだいぶ落ち着いたようだが、やっぱり不安に思っているところはあるだろ。だから俺がそばにいてやらねえと」

「ご主人様は本当に奥様を愛されているんですね」

「いやっ、改めてそう言われると恥ずかしいんだが……まあな」

少しだけ顔を赤らめて、視線を外しながら頭をかくアレンの姿に、コルネリアが笑みを深める。沈黙の時間が続く中、二人は着実に目的地へと向かっていた。

マチルダが安静にしている二階の部屋から近い場所にも簡易的な料理を作ることの出来る小部屋があるのだが、二人が向かうのは一階にある大きな調理場だ。

屋敷の規模に相応しく、本来であれば何人もの料理人が平行して調理を行うことを想定して作られた調理場は広く、そして多くの調理道具が整然と並んでいた。

調理場にたどり着き、視線を左右に振って変わりが無いことを確認したアレンは、そのまま部屋の奥にある地下へと続く階段に進む。

降り立った部屋はひんやりとした空気に包まれており、葉野菜や果物が並んだ棚や飾り気の無い真四角の箱が置かれ、その片隅にはワインセラーすらあった。ただアレン自身普段からあまり飲むほうではないし、マチルダも妊娠中ということで自重していたため入っているワインの本数はあまり多くなく、すかすかの状態ではあったが。

「さて、夕食を作れって言われても何がいいんだ? たしか本では妊婦には果物とかがいいって書いてあったが……うーん」

「おばあさまの話では人によって食べられる物が違うそうです。全く食べられない人もいるとか」

コルネリアの言葉に、アレンがぴたりと動きを止める。そして眉根を寄せながらコルネリアへと向き直った。

「難しくね?」

「ご主人様の愛情が試されますね?」

「……」

ぐっ、と握りこぶしを作って頑張ってくださいとわざとらしく応援してくるコルネリアに、アレンは呆れながら言葉を返そうとしたところで、ふと気づく。

コルネリアの瞳の中に、どこか不安を感じさせるような揺らぎがあることを。いつもゆらゆらと揺れているその尻尾が、ピンと伸びたままになっていることを。

(そういえばコルネリアも出産に立ち会うのは初めてって言っていたな。こいつも不安なんだ。それなのに俺の緊張をほぐそうと)

そこまで考え、アレンがふっと力を抜いて笑う。そしてコルネリアの頭に軽く手を置くと、小さい頃、弟妹を安心させるためにしたように優しくその髪を撫でた。

「ありがとな」

「えっ、いえ。なんのことでしょうか?」

「いや、なんでもねえよ。なんとなく言いたくなっただけだ。さてメニューでも考えるか。やっぱ少量で数多くの種類を用意した方が無難だよな」

そう言い終わり、アレンはにかっとした笑顔を浮かべるとコルネリアの頭から手を離し、食材の並ぶ棚へと向かっていった。

そんなアレンの後姿を眺めながら、コルネリアは先ほどまでアレンの手のあった頭へと自分の手を置く。なぜかほっとするアレンの手つきを思い出しながら少しだけ笑みを浮かべ、コルネリアは手櫛で少しだけ乱れた髪を整えて表情を戻すと食材とにらめっこをしているアレンの横へ向かったのだった。

あーでもない、こーでもないと試行錯誤しながらアレンたちは夕食を作り終えた。そしてそれを緊張した面持ちで、アレンがマチルダのもとへと運んでいく。

用意した四角の皿の上には幾つかの料理が小さく盛られており、どこかおもちゃのようにも見えるその盛り付けは、少しでも楽しめるようにとアレンとコルネリアが二人で考えたものだった。

マチルダのいる部屋の扉の前に立ち、アレンがふぅ、と心を落ち着かせるように息を吐く。そして覚悟を決めるとドアノブに手をかけた。

「マチルダ、夕食を……えっ、なにしてんだ?」

扉を開け、目に入ってきた光景にアレンが唖然とする。てっきりベッドに寝ているとばかり思っていたマチルダがルトリシアに手を引かれながらではあるが歩いていたからだ。

「あらアレン。なにって……歩いているだけだけど?」

「それは見ればわかるが、安静にするんじゃないのか?」

驚くアレンの顔を眺めながらマチルダがくすくすと笑う。その自然な笑顔にマチルダもだいぶ落ち着いたようだとほっとしつつも、アレンは食事を運んできたワゴンを置いてマチルダのもとへと向かった。

なめらかにアレンにマチルダの手を引き継がせたルトリシアが微笑ましそうに目を細める。

「ご安心ください。陣痛を促すために軽く動いていただいていただけです」

「そういうもんか?」

「らしいわよ。休みすぎもだめみたい」

アレンに手を取られ、ベッドへと導かれながらマチルダが自分のお腹を眺める。そして小さく微笑むと、たどり着いたベッドに横になった。

「お医者様が言うにはまだまだ時間がかかりそうだって。破水してからあまりにも時間が経ちすぎると赤ん坊に悪い影響が出る可能性があるから、無理のない程度に動いた方がいいらしいわ」

「そうなのか?」

アレンの問いかけにルトリシアが迷いなく首を縦に振り肯定してみせる。

理由がわかり納得はしたものの心配する気持ちが消えずにもやもやするアレンだったが、マチルダに視線で促され後ろを振り返る。アレンが入り口で放置したワゴンがそこにはあった。

「おいしそうな料理ね」

「ああ。食べられないものがあるかもしれないって話だったからな。とりあえず種類を揃えてみた。食べやすいように小盛にしてあるが、おかわりもちゃんとあるぞ」

「これだけ種類があればそれだけでお腹がいっぱいになっちゃうわよ。でも、ありがとう」

目の前にずらりと並んだ料理を眺めてマチルダは苦笑し、そして柔らかく微笑むとちょいちょいっとアレンを手招きする。そして顔を近づけたアレンの頬に軽くキスを落とすと、食前の祈りを簡単に済ませ夕食に手を付け始めた。

少し顔を赤くしながらマチルダが夕食を食べる様子を見ていたアレンだったが、その杞憂など的外れとでも言わんばかりにおいしそうにマチルダは夕食を食べ続けていた。

そして全てを食べきるとまではいかないまでも、普通の食事よりやや少な目の量を食べきったマチルダが満足そうに息を吐く。

「美味しかったわ。全部食べ切れなくて悪かったわね」

「マチルダが満足できればそれでいいさ」

少し申し訳なさそうに皿の上に残った料理へと目をやるマチルダに、アレンが柔らかく微笑む。後片付けをコルネリアに任せ、アレンはベッドに横になるマチルダの手を握った。

二人の視線が自然と膨れたお腹へと向かう。

「私たちに似ず、のんびりやなのかしら?」

「かもな」

そう言って笑いあうと、二人はお互いの気持ちを確かめ合うように握る手に力をこめたのだった。

それから数時間、アレンはマチルダに付き添い一緒に歩いたりしていたのだが、ついに変化が訪れる。陣痛が始まったのだ。

別室で休んでいた医者が呼ばれ、それと入れ替わるようにアレンは部屋の外へと出された。基本的に出産に夫が立ち会うことはない。アレンとしては万が一に備えてそばで見守りたいという気持ちもあったが、マチルダ本人に出て行ってほしいと言われてしまえばそうせざるをえなかった。

部屋の廊下でうろうろとアレンは歩き続ける。部屋の中から聞こえるマチルダの苦しそうなうめき声、力を逃すために必死にふぅー、ふぅーと息を吐く音を聞くと、自然とアレンは拳を握り締めてしまっていた。

そしてその状況は何時間も続いた。徐々にその間隔は短くなっており、それこそが出産が迫っている証拠なのだが、極度の緊張状態のせいで非常に時間の流れが遅く感じられているアレンにとっては本当に大丈夫なのかと思わずにはいられなかった。

そんな時、静かに部屋の扉が開きルトリシアが姿を現す。そして顔をやつれさせながら視線を向けてきたアレンに微笑むと、そちらへと近づいていった。

「お湯を用意しますので手伝っていただけますか?」

「あっ、ああ」

声をかけられたアレンは一度大きく息を吐き、そしてルトリシアと並んで歩き始める。

マチルダの様子を聞きたいという思いと、なにも手を出せない今は聞くべきではないんじゃないかという思いに揺れ、アレンは言葉を発せないでいた。無論そんなアレンの気持ちはルトリシアにはお見通しだ。

二階の簡素な調理場に着き、お湯の用意を始めたルトリシアがぽつりと呟く。

「出産とは大変なものです。新しい命を授かるために気力、体力全てを費やすのですから当然ですが」

「そうだな」

揺れる火を二人で眺めながら沈黙が続く。しばらくして沸いたお湯をアレンが手早く桶へ移し、それを受け取ったルトリシアが感謝を告げる。

そして部屋へと戻る直前、再びルトリシアが口を開いた。

「マチルダ様は大丈夫です。私の狙いどおりアレン様の作ったお食事なら食べていただけましたから、体力、気力共にまだまだ保っていらっしゃいます。私たちも力を尽くしますので、どうかご安心を」

「わかった。マチルダを、皆を、信じることにする」

「はい。お任せくださいませ」

そう言ってルトリシアは扉の奥へと消えていった。それを見送り少し心を落ち着けたアレンは、廊下に置かれたワゴンの上にある既に空になって久しいコップへと魔法で水を入れるとそれをぐいっと飲み干す。そして気づいた。

(今のルーばあさんなら、お湯なんて自分で用意できるのにわざわざ廊下に出てきたのは、やっぱそういうことだよな)

そんなことを考えながらアレンは頭をかいたのだった。

そして先ほどまでよりはるかに落ち着いた心持ちで壁に背を預けて待つこと三十分ほど、ついにその時が訪れる。

「んー!!」

今までとは違う、精一杯の力を込めたかのようなマチルダの声を耳にし、アレンが息を吐く。心を落ち着かせようと思ってのことだったが、さすがにその程度では高鳴る胸の鼓動は治まらなかった。

内部から聞こえるマチルダを励ますコルネリアたちの声や、合図を送る医者の声、なによりマチルダの苦しそうな、しかし力を振り絞るかのようなうめき声にアレンの拳がぶるぶると震える。

今すぐに扉を開けてマチルダのもとへと向かいたい。そんな衝動を必死で抑え、アレンはじっと待ち続けた。マチルダを、皆を信じて。

そして……

「あー、あぁー!」

初めて聞く泣き声を耳にしたアレンは天を見上げて大きく息を吐くと、こわばった手を緩めながら表情を崩したのだった。