軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第12話 予兆

翌日からコルネリアは今まで以上に精力的に働き出した。メイドの仕事を完璧にこなしつつ、その合間に様々なことに挑戦していった。本で学んだり、アレンに教えてもらったりしながら忙しく過ごす彼女の瞳はキラキラと輝いていた。

しかし……

「うー、駄目です。出来ません」

木の板を両手で持ち、気合を入れるようにブルブルと震えながら頑張っていたコルネリアがはぁー、と大きく息を吐いて脱力する。その尻尾はしょんぼりと丸まってしまっておりその落胆さ加減を明確に示していた。

そんなコルネリアの様子をそばで見守っていたアレンは苦笑いし、少し離れたところで眺めていたマチルダとルトリシアは顔を見合わせて小さく笑っていた。

「おばあさまはすんなり出来たのに……」

そう言ってコルネリアが恨みがましい目でルトリシアを眺める。マチルダが過ごしやすいように柔らかな風を魔法で吹かせている、その姿を。

コルネリアが持っている板は、アレンが以前開発した魔法を使う練習になる魔道具もどきの補助道具だ。魔法の心得がない者でも発動句さえ発すれば魔法を使うことができ、使い慣れていけば魔法を覚えることも出来るという物だった。

魔法を習いたいというコルネリアの要望に、アレンがささっと作って使わせてみたのだ。しかしコルネリアがどんなに頑張っても魔法は発動しなかった。道具の不具合かと思ってルトリシアに試してもらったところ一度で成功させてしまったので欠陥品ということはない。

「魔法は才能に左右されるところもあるからな。天才はなんでも出来るって訳じゃねえし、たまたまコルネリアには魔法の才能はなかったってことだろ」

そんな慰めの言葉をかけるアレンだったが、ぶつぶつと呟きながら解決策を模索しているコルネリアの耳には届いていない。その姿にアレンは肩をすくめると、その場を離れてマチルダの元へと向かった。

「やっぱり無理そう?」

「かもな。獣人系の冒険者はほとんど近接系ばっかりで、魔法を使える奴なんて数えるほどしかいなかったし、使える獣人も種族が偏っていたしな。そもそも種族的に魔法の適性がある奴が少ないのかもしれん」

「身体能力が高い代わりに魔法の素養が低いってこと?」

「わからん。キュリオに行けば研究されているかもしれねえがな」

肩をすくめてマチルダの横に腰を下ろしたアレンの目の前にそっとお茶が置かれる。それに口をつけたアレンはほんのりと冷たい喉越しを楽しみながら一気に飲み干すとニヤリと笑った。

先ほどまでコルネリアの特訓に付き合っていたせいで、多少の汗をアレンはかいていたのだ。それを考慮したのであろう絶妙な加減でお茶を淹れたルトリシアに視線を向け、アレンが笑いかける。

「ルーばあさんはさすがだよな。魔法を使える上に応用が早い」

「お褒めにあずかり光栄です。まさかこの歳になって魔法を覚えることになろうとは思いませんでした」

「便利だろ?」

「そうですね。しかしあまりに使い勝手が良すぎると堕落してしまいそうです。メイドにとって起こりえる事態を想定し、事前に準備しておくということも重要な仕事ですので」

空になったカップに追加のお茶を注ぎながらルトリシアが穏やかに笑う。今までの楚々とした仕草からほんのわずかに外れたその様子にアレンは頬を緩ませて礼を言うと、なにか言いたげな視線を向けてくるマチルダに向き直った。

「楽しそうね」

「成長する姿を見られるってのは面白いからな」

「それだけ?」

「その他になにかあるか?」

不思議そうに首を傾げるアレンをなんとも言いがたい複雑な表情でマチルダが見つめる。しばらく見つめ合っていた二人だったが、くすくすという笑い声に顔を上げる。そこには二人を眺めながら微笑ましそうにしているルトリシアの姿があった。

その視線に気づいたルトリシアが、小さく頭を下げる。

「申し訳ありませんでした。あまりにお二人が可愛らしかったもので」

「可愛いといわれるような歳では……」

「いえいえ、奥様もご主人様もまだまだ可愛らしいですよ」

そう言って笑ったルトリシアがそっとマチルダへと近づき、その耳元に顔を寄せる。そしてアレンの聴力でもはっきりと聞き取れないほどの囁き声で何かを告げると、マチルダの顔がボッと赤くなった。

「ア、アレン。ちょっと用事が出来たから行くわね」

「んっ? なにか手伝うことはあるか?」

「ないないない。大丈夫だから。ちょっとルトリシアさんと話してくるだけだから!」

珍しく取り乱しているマチルダの姿を不審に思ったアレンは、その原因であろうルトリシアへと視線を向ける。しかしルトリシアの態度は全く変わらず、なにを考えているのかわからなかった。

明らかに自分が関係しているのだろうとは理解しているので、そのうちわかるだろうと楽観的にアレンは考え、そそくさと去っていく二人を見送り、コルネリアの特訓にしばらくの間付き合っていた。

その晩、アレンはマチルダが動揺した理由を知ることになるのだが、またそれは別の話である。

そんなこんなで二人の夫婦仲も深まりつつ過ごすこと、1か月。

いよいよマチルダのお腹も大きくなり、いつ生まれてもおかしくないとルトリシアからの言葉もあって、アレンはもろもろの準備を済ませていた。

薬士ギルドに認定を受けたアレン自作のポーションは山ほど用意されており、生まれる赤ん坊用の部屋も既に家具の配置から飾り付けまで完璧になっていた。もちろんそのほとんどがアレンの自信作だ。

乳母の手配もルトリシアの伝手を頼って、信頼のおける人物を選んでおり、赤ん坊を迎える準備は万端といえた。

「ここはもうちょっと左の方がいいか?」

「ふふっ、どうかしらね」

部屋の配置を本当に微妙に調整するアレンの姿を椅子に座って眺めていたマチルダが苦笑する。それを変更したところで何かが大きく変わるわけではないのに、落ち着いていられないアレンの心境がよくわかるからだ。

むしろそんなアレンの姿を見ているからこそ、自分が落ち着いていられるとマチルダは自覚していた。

本当に自分の体かと思うほどにパンパンに膨らんだお腹をマチルダがさする。最近では頻繁に張るようになってきており、それがもうすぐ産まれる兆候だとマチルダは教えられていた。

あと何回か張ったら産まれてくるんだろうか、にこやかに笑いながらそんなことを考えていたマチルダだったが、パンッという破裂音が小さく響き、股から足へと液体が伝っていく感触に顔色を変えた。

「アレン、ルトリシアさんを呼んで来て。破水したわ!」

「えっ……わかった。すぐに連れてくる!」

一瞬、思考が追いつかず固まったアレンだったが、すぐさま状況を理解すると風のような速さで部屋から出て行った。

そしてほんの数分も経たないうちに部屋の扉が開かれる。そこにはルトリシアを背負ったアレンの姿があった。

「ルーばあさん。頼む!」

「ふぅ、あまりに速いので驚きました。ご主人様、落ち着いてください。破水したからといって即座に赤ん坊の命の危険があるというわけではありません。奥様を不安にさせる態度はとるべきではありませんよ」

「ぐっ。わかった」

アレンの背から降り、大きく息を吐いたルトリシアがアレンに言葉をかける。そしてマチルダの元へと向かうと顔色やスカート、そして流れ落ちた液体の匂いを嗅いで大きくうなづく。

その慣れた様子に、二人は少しだけ心を落ち着かせながらルトリシアの言葉を待った。

「さて、もう夕方ですし赤ん坊が産まれるのは深夜になるかもしれませんね。ご主人様、奥様をベッドへ運んでいただけますか?」

「わかった」

「奥様はとりあえず安静にしてください。先ほどコルネリアに医者を呼びに行かせましたのでほどなくやってくるでしょうから」

「わかりました」

アレンが優しくマチルダを抱き上げ、まるで壊れ物を運ぶかのように慎重にその体をベッドへと横たわらせる。気丈に振舞うマチルダだったがその体は細かく震えており、それに気づいたアレンはその手をぎゅっと握り締めた。

「それで俺はどうすればいい?」

「ご主人様はしばらく奥様とご一緒にいていただければと思います。そして医者が来たら……診療の邪魔になってもいけませんので夕食でも作っていただきましょうか?」

「はぁ!?」

「えっ?」

予想外の言葉に驚く二人に向け、ルトリシアはにこやかに笑いかけるのだった。