軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 決断

「嘘。おばあさまには知らせないって……」

「あとでルーばあさんに告げ口はしないとは言ったな。そんなことはしてないだろ?」

「それは詭弁です!」

鋭い視線を向けてくるコルネリアに対し、まるで気にしていないとでも示すかのようにアレンが肩をすくめて返す。その態度に反感を覚え、言葉を続けようとしたコルネリアだったが、視線の先のルトリシアの姿に慌てて口をつぐんだ。

ゆっくりとした足取りでルトリシアがコルネリアに近づいていく。必死に視線を落とさないように我慢しながら、コルネリアは心臓がたてる騒々しい音を感じていた。

先ほどまでの自分の態度は、メイドとしてあるまじきものだ。それがもたらすであろう結果がコルネリアの脳裏にはありありと浮かんでいた。

さらには前の職場での失態の話まで聞かれてしまったのだ。もしかして……そんな考えがぐるぐるとコルネリアの頭を埋め尽くしていく。

ソファーに座るコルネリアの隣にルトリシアが立つ。その見下ろす視線はどこかいつもと違い、その違和感にびくりと震えながらもコルネリアはルトリシアから視線を外さない。

そしてゆっくりとした仕草でルトリシアが腰を曲げ、手を上げる。反射的に耳を隠したくなる衝動をコルネリアは必死で抑えたが、ぎゅっと目をつぶることは止められなかった。

「えっ?」

ふわりと自分を包む感触に驚きの声をあげながらコルネリアが目を開ける。そしてすぐに自分がルトリシアに抱きしめられているという状況を把握した。

しかしその理由が全くわからず混乱するコルネリアに対して、柔らかく抱きしめ続けるルトリシアが話し始める。

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

「あのっ、おばあさま?」

「私のせいなのです。私はメイドとしての生き方しか知らなかった。あなたには無限の可能性があったのに、メイドの道を強制してしまった。私が、私さえいなければ……」

次第にルトリシアの抱きしめる力は強くなっていき、それと共にその体が震えていることにコルネリアは気づいた。そして自分の肩の辺りがだんだんと濡れていくことの意味も。

今までコルネリアはルトリシアが泣いた姿など見たことがない。メイドの指導をする時は厳しく、普段であってもすました表情から変わることなど滅多にないほどなのだ。

そんなルトリシアが泣いている。そのことに驚き、混乱の最中にあっても、コルネリアには聞き流せない言葉があった。

「おばあさま。私はおばあさまがいてくれて幸せです。一人になってしまった私を温かく育ててくださいました。だからそんな悲しいこと言わないでください」

「しかし……」

「ねぇ、覚えていますか? 一人ぼっちになってしまって、ずっとベッドにひきこもっていた私のそばにおばあさまはいてくださいました。私がどんなに拒否しても、そっとそばにいてくれました。大切な仕事さえやめて、ずっと付きっ切りで」

ルトリシアの言葉を止め、コルネリアが優しく語りかける。

その脳裏に浮かんでいるのは、コルネリアがまだ5歳だったころの姿。両親を亡くし、絶望の中で孤独に蝕まれていこうとしていた時のこと。

死にたいと願うコルネリアのそばにはずっとルトリシアがいた。どんなに酷い言葉を投げかけても、出された食事を払いのけて駄目にしても、ルトリシアは文句も言わなかった。ただ甲斐甲斐しくコルネリアの世話をし、ただそばに居続けた。

「私が仕事で失敗して戻ってきた時も、おばあさまはなにも聞かずにそっとそばにいてくださいました。それにっ、どれだけ私が、救われたか……」

途切れ途切れになっていく言葉で、震える体で、流れ始めた涙で、コルネリアがその想いを伝えていく。

重なった二人の心臓の音はいつしか一つに合わさり、それは互いの気持ちが十分すぎるほど伝わっていることを示しているかのようだった。

「だからっ、いなければなんて、言わないで。ルーおばあちゃん」

いつしか呼ばなくなったその名で呼ばれ、ルトリシアの体が大きく震える。そして二人はお互いの存在を確かめ合うようにぎゅっと抱きしめあうと、それ以上はなにも言わずに静かに涙を流し続けた。

そんな姿を満足げにアレンは眺め、隣に戻ってきたマチルダに自慢げに笑顔を見せると、少し呆れたような顔をした彼女に脇を小突かれたのだった。

しばらくの間、抱きしめあっていたルトリシアとコルネリアだったが次第に落ち着きを見せ、今はアレンたちの対面に二人して座っていた。

コルネリアは恥ずかしげな表情をしたまま視線をアレンたちの方に向けられないでいたが、ルトリシアは平素と同じ楚々とした仕草をしていた。ただ赤くなった目元と頬がその内心を隠しきれてはいなかったが。

「騙すようなまねして悪かったな。なんかルーばあさんも思うところがあるみたいだったから一計案じてみたんだ。ずかずかと踏み込むようなことをして悪かったとは思ってる。このとおりだ」

「あ、頭を上げてください、ご主人様!」

謝罪するアレンの姿に、コルネリアが慌ててそれを止めさせようとする。しかしアレンはしばらくの間それをやめようとはしなかった。

アレンがコルネリアたちのことを思って今回のことをしたのは確かだ。だがその行為が全て正しいとはアレンも考えていなかった。もっと良いやりかたがあったかもしれないし、下手をすれば悪い方向へと進んでしまう可能性もあったからだ。

だからこそ、きっちりとアレンは謝罪した。概ねうまくいったとはわかっていても、そこはひけない一線だった。

本当に馬鹿よね、とマチルダは優しくそのアレンの姿を眺め、同じように自分も頭を下げる。頭をさげていたため誰にも見えなかったが、その表情はとても優しく、嬉しそうだった。

マチルダまで頭を下げたことに更に慌てるコルネリアの姿を微笑ましく眺めていたルトリシアだったが、こほんと咳払いして助け舟を出す。

「私とコルネリアのために動いてくださり、ありがとうございました」

「あっ、ありがとうございました!」

そう言って頭を下げたルトリシアにならうように、コルネリアも頭を下げる。対照的な声色とは反対に、ぴったりと揃ったその姿勢にアレンが目を細める。そして同時に頭を上げた二人に向かって、口を開いた。

「それでコルネリアはこれからどうするんだ?」

「どう、とは?」

唐突な問いかけにコルネリアが首を傾げる。横に座るマチルダに肘で脇をこづかれ、苦笑しながらアレンは言葉を足した。

「今のコルネリアなら他の屋敷で働いても十分やっていけるはずだ。元々俺たちは一時的にこの屋敷に住んでいるに過ぎないし、お前の能力と将来性を考えれば別の場所で働いた方が望ましいんじゃないかというのが俺の意見だ」

「誤解しないように付け足しておくけれど、あなたが嫌い、とか力不足というわけでは決してないわ。むしろその逆で、あなたをここに留めておくのはもったいないと思うの。アレンの話を聞く限り、調薬士としても働けそうだし、冒険者としてもやっていけるだけの力がある。どんな道を選ぶにしてもここにいるべきではないと私も思うわ」

真摯に自分を見つめて伝えられた二人の言葉に、コルネリアは少しだけ戸惑うように視線をさまよわせる。そして迷った末に隣に座るルトリシアへと視線を向けた。

視線を向けられたルトリシアは、柔らかく微笑むだけでなにも言わない。しかしそれだけでコルネリアには好きにしなさい、と思っていることが伝わっていた。

コルネリアは少しだけうつむいて目を閉じる。

メイドとしての生き方、メイド以外の生き方。自分の過去、そして未来。様々な考えがその頭の中で渦巻き、湧き上がっては消えていく。移り変わる思考を見つめ続け、その中で変わらないものをコルネリアは見つける。

そして目を開けたコルネリアはにこやかに微笑むと口を開いた。

「私はこのまま、この屋敷で勤めます。いえ、勤めさせてください」

「いいのか? 俺としてはその方が楽だしありがたいが」

「はい」

アレンの問いにコルネリアは迷いなく返した。アレンはコルネリア自身が決断したのであればそれでいいか、と思ったのだが、それに異を唱えたのはルトリシアだった。

「私のことを気にして、そう決断したのではありませんか? そんな風に考えていたのであれば、せっかくあなたを気にかけてくださったお二人に礼を失することになりますよ」

ぴしゃりと告げられたその言葉を正面から受けてもコルネリアは動じなかった。むしろ余裕すら感じさせる笑みを浮かべ、しっかりとルトリシアの瞳を見つめる。

「おばあさまのことを気にしていないといえば嘘になります」

「では……」

「でもそれだけではないんです。私は未熟者です。おばあさまから学ぶことはまだまだあります。それにご主人様が新しい道を示して下さいました。それを実現するためにはここしかないんです」

その言葉に、女性三人の視線が一斉にアレンに向かう。あまりの息の揃い様に、びくりと体が動いてしまったアレンだったが、コルネリアが言った新しい道という言葉にはいまいちピンときていなかった。

もしかして調薬や冒険者の手伝いをさせたことか、とも思ったのだが少しニュアンスが違うように感じていたからだ。

首を傾げるアレンを見つめ、コルネリアが笑う。その尻尾はゆらゆらと楽しげに揺れていた。

「冒険者であっても調薬、大工、果てはメイドの仕事までご主人様はこなして見せてくださいました。そんな生き方をメイドとして私もしてみたいと思います。自分がどこまで出来るのか試してみたいんです」

「俺としては規定の仕事さえこなしてくれりゃあ別にいいが、きついと思うぞ」

「かもしれません。でも、きっと大丈夫です」

そこで一旦言葉を切り、三人を見回したコルネリアがとびっきりの笑顔を見せる。

「なにせ私は天才らしいですから」