軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第14話 変わるもの、変わらないもの

緊張から解き放たれて冷静な思考の戻ってきたアレンは、若干そわそわとしながらもいきなりドアを開けて部屋に入るようなことはせずに待っていた。

(なにかあれば誰かがすぐに呼びに来るはずだ。知らせがないのは良い知らせって言うし)

自分自身にそう言い聞かせながら、アレンは完全には心を落ち着けることが出来ていない。

なにせ初めて自分の子どもが産まれたのだ。少しでも早く見たいし、頑張ってくれたマチルダに感謝を伝えたい。その思いがとても大きかったからだ。

部屋の中から漏れ聞こえる赤ん坊の泣き声やざわざわと動く音、時おり響く笑い声などに表情を複雑にしながらアレンが待っていると、ついに待望の瞬間が訪れた。

カチャリという音を立てて扉が開く。そして出てきたのはコルネリアだった。その姿に少しだけ違和感を覚えたアレンだったが、それについて尋ねる前にコルネリアが口を開く。

「ご主人様、おめでとうございます。元気な男の子ですよ。奥様も疲労はありますが、それ以外は問題ありません」

「おおっ、そうか。もう入ってもいいのか?」

「はい。奥様を褒めてあげてください」

コルネリアによって開けられたままの扉からアレンが中へと入る。入る瞬間、アレンの鼻にある意味で嗅ぎなれた匂いが届き、一瞬その視線が鋭くなったがそれはベッドに赤ん坊と一緒に横になっているマチルダの姿を見た瞬間に一変した。

ぎこちなく動く赤ん坊のことを柔らかく眺めていたマチルダが入ってきたアレンに気づく。

「アレン。なんで泣いているのよ」

「いや、すまん。自分でもよくわかんねえんだ」

部屋の中に入ってすぐに立ち止まり涙を流すアレンの姿にマチルダが苦笑する。そしてちょいちょいと手招きすると、それに操られているかのようにアレンは二人のそばへと歩み寄った。

ベッドサイドに用意されていた椅子にアレンは座る。滲む視界の中、笑うマチルダを、そして二人の間でタオルに全身を包まれた状態でゆっくりと動く赤ん坊を確認し、アレンは泣いたまま笑った。

「ありがとな、マチルダ。本当にありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」

マチルダの手を取り感謝をアレンが伝える。それに対してマチルダは微笑みながら返したのだった。

しばらくしてアレンの涙も止まり、やっと落ち着いて話すことが出来るようになった。

アレンとマチルダが話している間にもルトリシアやコルネリアはてきぱきと動いており、出産からスムーズに育児へと移行できるように部屋が整えられていく。

その音は多少なりともアレンの耳にも入っているはずなのだが、アレンはマチルダと赤ん坊以外に視線をやることはなかった。

「本当に痛かったわ。死ぬかと思ったというより、いっそ殺してって感じね。まあ産まれてすぐにポーションで処置してもらったから楽になったんだけど」

「お役に立てたようでなによりだ。しかし殺してって思うくらいなんだな」

「そうね。もう大抵のことが起こったとしても私は動じないわね」

冗談めかしてそういったマチルダだったが、アレンは深く納得していた。

冒険者の中には少ないながら子持ちの女性冒険者もいる。アレンが関わったことのある者は両手の指で足りるほどしかいないし、その戦闘スタイル、性格も様々だった。しかし共通して肝が据わっていると印象がアレンの中にはあったのだ。

もしかしたら出産を経験することでそうなったのかもな、そんなことをちらりと考えながらアレンが笑い、そして視線をマチルダから手前へと移す。

差し出されたアレンの人差し指をぎゅっと握り締める人形のように細く小さい指を、安心したかのように瞳を閉じて眠るその表情を、薄い茶髪がそよそよとそよぐ様をアレンは目に焼き付けるようにじっと眺めた。

「目のあたりはマチルダに似てるか?」

「そうかしら? 口元はアレンにそっくりな気がするけれど」

「俺たちの子どもだな」

「そうね」

二人の視線がすやすやと眠る赤ん坊へと向かう。繋いだ手を赤ん坊のお腹の上にそっと置き、二人は同じような表情で微笑んだ。

ゆったりと三人の時間を満喫するアレンたちをよそに、コルネリアとルトリシアはてきぱきと部屋の準備を整えていた。

そしてそれも終わり、穏やかに笑いあうアレンたちの会話が一段落したことを確認したコルネリアが声をかける。

「準備が整いました。お待たせして申し訳ありませんでした」

「いや、こっちこそ全部任せきりで悪かったな」

顔を上げたアレンが、部屋に差し込み始めた朝日に少し目を細める。朝日に照らされた皆の顔は、疲労の色は隠せないものの達成感に満ちた晴れ晴れとした表情をしていた。

「私は洗濯と朝食の準備に向かいます。なにかあればおばあさまにお伝えください」

「わかった」

「ありがとう。初めてなのに頑張ってくれて本当に助かったわ」

「いえ、メイドとして当然のことですので」

所々黒く染まった大量のタオルやシーツなどが入った籠を持ち、コルネリアが部屋を出ていく。表情は澄ましていたが、その尻尾を機嫌よさげに左右に揺らしながら。

その姿に思わずアレンとマチルダが顔を見合わせ微笑んでいると、少しだけ顔を赤くしたルトリシアが口を開いた。

「アレン様、マチルダ様。お子様の祝福はどういたしましょう? 必要であればコルネリアを教会に行かせて手配させますが」

その問いかけに二人は同時に首を横に振った。

「今は必要ないな」

「そうね。私たちは庶民だし、この子が3歳になったら行くわ。その方が思い出になりそうでしょ」

「承知いたしました」

二人の答えにルトリシアが頭を下げる。変わらない二人の姿にこっそりと笑みを浮かべながら。

祝福とは教会の牧師などが行う、産まれた子どもに神の加護を授ける儀式のことだ。

庶民であれば子どもが3歳になる月の初日に教会へ行き、多少のお布施と引き換えに牧師から祝福の祝詞を受け、素朴なクッキーをもらって帰るというのが一般的だ。

しかし貴族や裕福な商家などは、子どもが産まれたらすぐに牧師を呼び祝福してもらうという慣習があった。

すぐに祝福を受けることで、神の加護を長い期間授かることが出来るようにという願いからくるものであるのだが、庶民との格差を見せつける一種のステータスとなっている面もあった。

産まれてすぐに祝福を受けるということは、わざわざ教会から牧師を家に呼んで儀式を行うということなのだ。当然ながらそのためには桁の違うお布施が必要となってくる。それができるほど自分たちは裕福であるということを示しているともいえるのだ。

もちろん今のアレンたちであれば余裕で払うことのできる額ではある。しかしあくまで今までと変わらない考え方で過ごそうとする二人の姿は、ルトリシアには好ましく思えた。

「それでは朝食が終わりましたら教会と役所へ出生の届出をする形でよろしいですね。私かコルネリアが代理で行いましょうか?」

「うーん、せっかくだし俺が行くわ。その方がいいよな」

「そうね。私も行きたいところだけど」

冗談めかしながら本心を伝えてくるマチルダにアレンが苦笑を返す。

さすがにポーションで回復はしているとはいえ、マチルダが多量の血液を一度は失っていることに変わりはない。

なにせ出産を手伝ったコルネリアのエプロンについてしまったくらいなのだ。コルネリアが出迎えた時にアレンが覚えた違和感はそのせいだった。

だからこそアレンもそのことを十分に承知している。そこから導かれる回答は明白だった。

「駄目だな」

「言ってみただけよ」

残念そうに答えるマチルダの姿に、アレンの心がうずく。しかしマチルダや赤ん坊のことを大切に思うのであれば、ここは譲れないとアレンが心に決めていると、すすっと近づいてきたルトリシアが二人へと紙を手渡した。

「出生の届出に使う申請書です。こちらをお二人で書かれてはどうでしょうか?」

「いいわね、それ」

「さすが、ルーばあさん」

「いえ、当然のことです」

二人が笑顔に変わったことに、満足そうにルトリシアは笑みを浮かべる。そしてアレンとマチルダはあーだ、こーだと確認しながら、楽しそうに紙に必要な事項を記載していった。

そして必要事項の記載がほぼ終わり、アレンがそのペンを一旦置く。マチルダと目をあわせ、そして赤ん坊へと同時に視線をやって笑みを浮かべると、最後に残しておいた欄に書くべく再びペンを手に取った。

さらさらとペンが走り、最後の欄、子どもの名前が記された。

「お前の名前は、レックスだ」

「未熟なパパとママだけどこれからよろしくね、レックス」

二人に呼びかけられたからか、レックスがびくりと体を震わせて目を覚ます。そしてすぐに声をあげて泣き始めた。

まるで返事をしているかのようなその様子に二人は顔を見合わせ、笑いあったのだった。