作品タイトル不明
第8話 意地の悪い主人
もはや定番ともいえるトレントの採取ついでの安全なレベル上げのおかげもあり、そろそろ帰ろうとする頃にはコルネリアのレベルは二十六にまで上がっていた。そのレベルは冒険者になりたてのアレンが単独で戦って半年以上かかってやっと上げたくらいの高さだ。
コルネリアが初めてダンジョンに入り、そして初めてモンスターと戦ったその日にそこまで上げたと当時のアレンが知れば、とても微妙な顔をしたであろう、それほどの苦労の末にたどり着いたレベルだった。
もちろん今のアレン自身がそれをうらやむようなことはない。ただこういったレベル上げの手伝いをする度に、時々遠い目をしてしまうのだが。
とは言え、今回上がったコルネリアのレベルについてはさして特筆すべきものでもない。なぜなら以前、朝から夕方までアレンの親友の大工のニックのレベル上げに付き合った時には、最終的に四十五レベルにまで上がったのだから。
ただ、帰り道、ものは試しにと前を歩かせ、出会ったモンスターと戦うコルネリアの後姿を眺めながら、アレンは心の中でため息を吐いていた。
(そりゃ、ニックのときは単純にレベル上げだけを目的にしたから違いは出るのは当たり前だが……)
頭上から不意に襲ってきた、麻痺毒を持つパラスパイダーをコルネリアは短槍で弾き飛ばし、地面に転がったところをすかさず突いて止めを刺す。その鮮やかな手並みは、今日初めてダンジョンに入ったとは思えないほどのものだった。
もちろんアレンが丁寧に教えた結果ではあるのだが、はっきり言って全く危なげがないのだ。
四十五レベルになったニックに、アレンはダンジョンに単独で行くことを勧めなかった。レベルは高くても、モンスターに襲われれば負けるだろうと判断したからだ。
しかしコルネリアに関して言えば、少なくとも8階層までであれば単独でも問題ないようにアレンには思えた。それほどの安定感が彼女にはあった。
今、低階層で戦っている新人冒険者たちとコルネリアを戦わせれば十中八九コルネリアが勝つ。彼らがこれまでしてきた努力などまるで意味がなかったかのように軽々と。その結果起こるのは……
そこまで考えていたアレンに対峙していたモンスターを倒し終えたコルネリアが声をかける。
「ご主人様、本当に解体はしなくてよろしいのでしょうか?」
「そうだな。教えてもいいんだが……いや、今日はやめとくか。コルネリアが冒険者になりたくなったらまた教えてやるよ」
「では教わる機会はなさそうですね。私は既にメイドですし」
平然とした顔をしながらも、どこかしょんぼりと力なく揺れるコルネリアの尻尾を眺めアレンが苦笑する。
こういうところがルトリシアにまだまだと指摘される部分なのだろうなと考えつつ、アレンは腰につけたマジックバッグを探り、目当てのものを取り出してコルネリアへと手渡した。
「あの、これは?」
掌に残された小さな角と魔石を確認し、コルネリアが問い返す。
「ダンジョンから出てから、と思ったんだけどな。初討伐記念ってやつだ」
アレンが良い笑みを浮かべて笑い返す。
その小さな角と魔石は、初めてコルネリアが対峙し、倒した一角ウサギを、アレンがこっそりと解体しておいたものだった。実はマジックバッグの中には毛皮や肉も入っているのだが、それは夕食前にでも渡そうと考え、取り出してはいなかったが。
冒険者の中には初めて倒したモンスターの素材をお守り代わりに持っている者も少なくない。せっかくなのでコルネリアにもどうかと考えて、アレンはしてみたのだが、その効果はてき面だった。
コルネリアは必死に顔を保とうとしている。しかしピクピクと震える口元や、先ほどとうってかわってゆらゆらと揺れる尻尾は喜びを隠しきれていなかった。
「メイドだし、いらねえか?」
「いえ! ……確かにメイドとしては必要のないものですが、せっかくのご主人様の心遣いを拒否するのはメイドとしてあるまじき行為でしょう。ええ、そう。メイドとして当然のことです」
離すものか、とばかりにぎゅっと握られた一角ウサギの角と魔石を眺め、アレンは優しく笑うと、どうせ注意散漫になるだろうと予想してコルネリアを追い抜いて先導を始めた。
コルネリアはアレンの背中を追いながら、ときおり自分の掌を見つめ、機嫌良さげに尻尾を振っていたのだった。
その後、何事も無くダンジョンから屋敷へと戻った二人は、採取した薬草を使ってポーションの作製を終えた。
レベルが上がったおかげか、それともただ単に慣れたのか、コルネリアの補助スピードも上がり、アレンの想像以上にスムーズな作業となっていた。
そしてやっと本来のメイドの仕事にコルネリアは戻ったのだが……
「なぜご主人様はついてくるのですか?」
先ほどから掃除するコルネリアの手並みを眺めていたアレンに、本人からのジトッとした視線が注がれる。
それは本来メイドが主人にするような態度ではない。ダンジョンや調薬でアレンと長く過ごすようになってきたため、コルネリアの素の部分が出始めていたのだ。
「おっ、ルーばあさん!」
「えっ!?」
「っと思ったら勘違いだったわ」
びくっ、と体を震わせて直立不動の姿勢になったコルネリアの姿に、半分笑いながらアレンが真実を伝える。
大きく息を吐き、そして非難するような鋭い視線を向けてきたコルネリアに対して、アレンは肩をすくめて軽い調子で謝意を示した。
「冗談だって。まっ、なんで俺がついてきたかというと今日は俺の仕事を結構手伝ってもらったから、俺もコルネリアの仕事を手伝おうって思ったからだ」
「メイドの仕事を手伝うご主人様はいません」
「短槍持ってダンジョンに行ったり、調薬の手伝いをするメイドもいねえだろ?」
「あぁ、もしそんなメイドがいるのであれば、なんて可哀想なのでしょう。きっと規格外のご主人様に振り回されているのですね」
哀れむような視線を向けてくるコルネリアに笑い返しながら、アレンは少々強引にコルネリアが使っていた雑巾を奪い去る。
コルネリアは一つため息を吐くと、掃除を始めたアレンの後ろに立ってその様子を眺め始めた。
「いいですか。簡単に掃除といっても、その掃除をする場所、物などによって道具も違えば、扱いも変わってくるんです。その雑巾だってただ単に……」
小言を続けようとしたコルネリアだったが、だんだんとゆっくりとなった言葉は途中で止まる。それは目の前の光景、アレンが自分の理想とする掃除方法を完璧にこなしている姿を見てしまったからだ。
なぜ、どうして。そんな疑問がコルネリアの頭の中をぐるぐると回る。
コルネリアの掃除の仕方はルトリシア仕込みだ。ルトリシアの厳しい指導を受け、何度も叱責されながら覚えたものだった。何気ない風にやってみせてはいたものの、その中にはメイドの歴史の中で培われた経験の結集した成果なのだ。
素人であるアレンに出来るはずがない、その意識と現実のズレがコルネリアの思考を惑わせていた。
「な、なぜご主人様が出来るのですか?」
震える声で尋ねるコルネリアに、アレンはさも当たり前のように告げた。
「んー、さっきコルネリアが掃除してただろ。見て覚えただけだぞ」
目を見開き固まるコルネリアの反応にアレンが笑みを浮かべる。
自分でも意地の悪い言い方をしているなと思いつつも、これが正解なのだろうと考えるアレンは手を止めることなく、見せつけるように掃除を続けたのだった。