作品タイトル不明
第9話 対峙
それから十日あまりの間、アレンはコルネリアを引き連れまわし、お礼の手伝いと称して掃除をしたり料理をしたりしていた。
主人であるアレンが手伝うことに当初は抵抗していたコルネリアだったが、そのあまりのアレンの強引さと仕事の文句のつけようのなさに最近では説得を諦め、勝手にさせるようになっていた。
「いやー食った、食った。ありがとな」
「いえ、半ばご主人様がお作りになった料理ですので……」
屋敷の1階にあるダイニングで昼食をとり、すっかり空になった食器をさげていくコルネリアにアレンが笑顔のまま声をかける。ほんのわずかに顔をしかめてしまったコルネリアの心中にうずまく思いがあることに気づいていながらアレンはあえてそれに気づかないフリをしていた。
コルネリアが食器をワゴンに載せて部屋を出て行き、それじゃあ俺も手伝いに行きますか、とアレンが考えて立ち上がろうとしたところで対面に座っていたマチルダが口を開く。
「アレン、そろそろやり過ぎになっちゃうわよ」
「んっ、そうか。まだまだな気もするんだが」
マチルダの忠告に、アレンは手伝いに行くのをあっさりとやめ、浮かしていた腰を再び椅子へと下ろす。先ほどまでのどこか嘘くさい笑みを消して、普段どおりの笑顔を自分へと向けてくるアレンを眺め、マチルダは一つ大きくため息を吐いた。
「アレンは相変わらずおせっかいよね」
「新人の面倒見がいいって言ってくれよ。それにマチルダもコルネリアの危うさにすぐに気づいただろ?」
「それはそうよ。何年ギルドの窓口で働いてきたと思ってるの?」
「そりゃあ……」
言葉を続けようとしたところでマチルダから注がれる若干冷たい視線に気づき、アレンが慌てて口をつぐむ。そのあたふたとした姿に、ふっと笑みを浮かべながらマチルダは言葉を続けた。
「ということでベテラン受付嬢としてこれ以上は必要ないと判断するわ」
「了解。っというか自分で言うのかよ」
「自分で言うのはいいのよ。じゃあ私は少し休んでから散歩するから」
首をひねるアレンの様子に笑みを浮かべ、立ち上がったマチルダが部屋から出て行こうとする。そのお腹はかなり大きくなってきており、歩き方もどこかぎこちない。
心配する気持ちと幸せな気持ち。そういった複雑な思いを浮かべながら、アレンがその背中に声をかける。
「悪いな。こんな時期に」
本来ならばもっとマチルダを気にかけてしかるべき時期だとアレンは考えている。もちろんコルネリアと一緒にいる時でも、いつもアレンはマチルダのことを気にかけてはいるが、それはアレンの胸の内のことでしかない。
だからこそコルネリアにかまけている様に見えてしまうだろう現状に申し訳なさを感じ、自然とそんな言葉が口に出てしまった。
そんな言葉に、マチルダはくるりと振り返るとアレンの元までゆっくりと歩いた。そして気まずそうな顔をするアレンの両頬を掴むとぐにーっと引っ張る。
目を見開いて驚くアレンに、マチルダは告げた。
「馬鹿ね。そんなアレンだから私は好きになったのよ。今夜決着をつけるんでしょ。こっちは任せておきなさい」
ぴっ、と引っ張って頬から指を離し、少しだけ赤くなったアレンの頬にキスを落としてマチルダが去っていく。
「それは、俺のセリフだろ」
アレンはそんな言葉をぽつりと呟き、少しだけ濡れた自分の頬へと手をやると苦笑しながら頬をかいたのだった。
その夜、夕食も終わり寝室へと戻ったアレンとマチルダはソファーに座りながら談笑していた。いつもアレンが楽しみにしている憩いの時間ではあるのだが、いつもよりほんのわずかにピリッとした空気が漂っており、それに気づいているマチルダは苦笑しながらそっとアレンの手を握っていた。
そんな時、コンコンと扉がノックされ、寝室に入ってきたのはコルネリアだった。ソファーに座る二人に向き合い、コルネリアがぺこりと頭を下げる。
「ご主人様、奥様。本日の仕事が終わりました。なにか御用がなければ私はこれにて失礼させて……」
「あー、悪いな。今日はちょっと用事があるんだ」
いつもどおり報告と挨拶を済ませて帰ろうとしていたコルネリアをアレンが止める。初めての出来事にほんのわずかに目を見開いたコルネリアだったが、それ以上の動揺は見せなかった。
そんなコルネリアの姿に笑みを浮かべたアレンは対面に座るように促し、コルネリアが席についたところで口を開く。
「ちょっと聞いてみたいんだが、この屋敷で働いてみてどうだ?」
「ご主人様も奥様もお優しいですし、元々の造りがすばらしい屋敷ですので働き甲斐があります」
「なにか不満な点とかないかしら? ほら、私たちは元々メイドを雇うような身分じゃなかったし」
「特にはございません」
迷う素振りも無くコルネリアが答える。いや、そうじゃないだろ、と内心思いつつもそれを顔には出さずにアレンは食い下がった。
「本当になんでもいいんだぞ」
「……あえて言うのであればご主人様がメイドの仕事を手伝うのは、普通ではありませんのでご遠慮いただければありがたいです。迷惑ではないのですが、外から見られた場合、主人の格を疑われてしまいかねません」
苦言を呈したつもりのコルネリアだったが、どこか晴れ晴れとした笑顔を見せるアレンの姿に目を見開く。そんな二人の姿を横から眺めていたマチルダが小さく笑いながら、アレンの脇をこづいた。
気を取り直したアレンは、こほん、と一つ咳払いをすると少しだけ身を乗り出して話し始めた。
「なあ、最近の俺うざかっただろ?」
「うざ……いえ、そんなことはありません」
「今はメイドとか主人とかどうでもいいんだ。コルネリアという一個人に対しての話だから正直な気持ちが聞きたい。もちろんそれで今後の対応を変えたり、後でルトリシアに告げ口するってこともないから安心してくれ」
アレンの真剣な表情にしばしの間、視線をさまよわせていたコルネリアだったが、一つ大きく息を吐き、ごくりと息を飲み込む。そして視線をやったアレンとマチルダがうなずくのを確認するとおもむろに口を開いた。
「正直に言わせてもらえば、邪魔でした。特に私の仕事を手伝おうとするのが」
「仕事の出来は問題なかっただろ?」
「確かに、そうですね。ご主人様は完璧でした。まるで私自身がするのと同等の、いやそれ以上の仕事をしてくださいました。でもだからこそ……」
コルネリアがうつむき、ぎゅっと膝の上に置いた手を握りながら口ごもる。いつもよりはるかに小さく、そして弱弱しく見えるその姿に、アレンはマチルダの忠告を聞いておいて良かったと心の底から感謝していた。
マチルダの手を軽く握り、アレンがその気持ちを伝えると、マチルダは微笑みながらその手を握り返す。その反応に小さく微笑みながらアレンは下を向いたままのコルネリアに声をかけた。
「なぁ、コルネリア。お前、ここに来る前に仕事で失敗しただろ。いや、仕事というか人間関係でといった方が正確か?」
「なぜそれを!? もしかしておばあさまですか?」
アレンの言葉にすぐさま顔を上げ、コルネリアが鋭い視線を向ける。その視線をアレンはまったく動揺することもなく受け止め、静かに横に首を振った。
「ルーばあさんに聞き出すなんて俺には無理だ。まっ、人生の先輩ならではの勘ってやつだな。当たってたようで安心したよ」
「あっ……」
そう言われて初めて墓穴を掘ったことに気づいたコルネリアが顔をしかめる。徐々にではあるが感情が出始めていることに手ごたえを感じながらアレンは続けた。
「コルネリア。お前は天才って呼ばれる種類の人間だ」