作品タイトル不明
第7話 メイドとのダンジョン探索
少しの間、腰が抜けてしまって動けなかったコルネリアだったが、気を取り直して立ち上がるとアレンから短槍を受け取った。そしてアレンに促されて槍を構えると、先ほどアレンが見せた型を思い出しながら、なぞるようにして短槍を振るっていく。
ときおり納得がいかないのか首を傾げながら修正していくコルネリアの姿を眺めながらアレンは内心舌をまいていた。
(既に駆け出し冒険者より様になってるな。一度見ただけでこれか)
もちろんコルネリアがしているのは、見せた型を真似ているだけであり、アレンからしてみればまだまだ甘いところは散見された。しかし猫の獣人特有のしなやかな肉体から繰り出されるそれは、低階層のモンスターであれば問題なく戦えるレベルにあった。
冒険者になったばかりの頃、お金などなく、幼すぎたために仲間にも入れてもらえなかったアレンは、他の冒険者の戦い方を真似ながら実戦の中でそれを磨いてきた。もちろんその途中で怪我をしたことなど枚挙に暇がない。
アレンが型を見せたとは言え、その過程をコルネリアがすっとばしてしまったことに、なんとも言えない気持ちがアレンの胸の内に浮かぶ。
(やっぱ、そういうことなんだろうな)
考えていた可能性が確かなものになっていくのを感じつつアレンは、一通りの型を終えて大きく息を吐き自分の手にある短槍を眺めているコルネリアへと近づいていく。
うっすらと額に汗をにじませながら、どこか満足げな表情をしたコルネリアの尻尾は、その内心を表すかのようにぴょこぴょこと揺れていた。
「どうだ、いけそうか?」
「実際にモンスターと戦ったことがないのでなんとも言えませんが、なんとかなると思います」
「おっ、いいね。んじゃ、薬草探しがてら適当に戦っていくか」
どこか自信に満ちたコルネリアに笑いかけ、アレンが歩き始める。そしてほどなく出会ったモンスターは、コルネリアの手によっていとも簡単に倒されたのだった。
九階層までの道中アレンは薬草を採取しつつ、出会ったモンスターとコルネリアを戦わせていた。
当初アレンは、一から五階層までの初心者でも相手取れるモンスターだけと戦わせるつもりだったのだが、コルネリアが思いのほか戦えていたこと、またアレンの今の実力であればなにかあってもフォローができるということで、本人に意思確認したうえで戦わせていたのだ。
集団で襲い掛かってくるアッシュウルフに多少の苦戦はしたものの、コルネリアは怪我を負うこともなく六階層以降の戦いに勝利していた。
昔にアッシュウルフに殺されかけたことのあるアレンがもにょっとした顔をしてしまうくらい安定しており、その実力は今日初めて短槍を習ったとは思えないほどだった。
「ここが九階層ですか。今までとは少し雰囲気が違いますね。匂いがしません」
「あー、ここにはトレントしか出ないからな。そういう意味ではコルネリアとは相性が悪いか」
不思議そうに小首を傾げ、くんくんと鼻を動かすコルネリアの姿にアレンが苦笑する。猫の獣人であるコルネリアは鼻がいい。モンスターの接近をそれで察知できるほどに。
しかし九階層に出現するモンスターはトレントだ。その体は木で出来ており、今までのモンスターのようにはっきりとわかるような違いがなかったのだ。
周囲を見回し、人の気配がないことをアレンが確認する。
「うーん、砦を建築している時はここにも結構人がいたって話だったけどな」
不人気層の状態に戻ってしまった現状に苦笑いしつつ、アレンが先導して森を歩いていく。その後をコルネリアは静かについていった。
しばらくしてアレンが背中に手を回し、その手を広げて止まれとコルネリアに合図する。その指示に従い、それが意味することを察したコルネリアは周囲へと視線をめぐらせた。
「わかるか?」
「……いえ、残念ながら。申し訳ありません」
「いや、それが普通だからな」
謝るコルネリアに笑いかけ、アレンが右斜め前に立つ一本の木を指し示す。コルネリアの目には周囲の木と変わりないように見えたが、自信満々のアレンの顔はそれがトレントに間違いないと確信しているように見えた。
「トレントを見分ける方法としては、近づくと微妙に葉や枝が動くからそれで察知するってのが一般的だな。聞き逃すといきなり襲い掛かってくるので注意だ」
「しかし今回、音はしなかったと思いますが」
コルネリアの冷静な指摘にアレンがニヤリと笑う。
「正解だ。今回見つけた方法はそれじゃない。木の根元から二メートルくらいのところに皺が寄っているのがわかるか?」
「皺ですか?」
アレンに指摘され、改めてコルネリアは木を眺める。そしてその言葉どおり木の幹に三つ、ほんのわずかに違和感を覚える程度の皺が寄っているのを確認した。
雰囲気でコルネリアがそれを発見したことを察したアレンが説明を続ける。
「あれ、トレントの目と口な。本性を表すまでああやって擬態してんだよ。という訳でちょっと行って来るな。トレントは短槍とは相性が悪いし、パパッと無効化してくる」
そんな風に気軽に伝えるとアレンが軽い足取りでその木へと歩み寄っていく。しばらくして葉のこすれる音が響き始め、そしてアレンが示した皺が見開かれると正体を現したトレントがアレンへと枝を振り下ろした。
「ご主人様!」
コルネリアが思わず声をあげる。今までダンジョンのモンスターと戦ってきたコルネリアだったが、トレントはそれらとは比較にならないほど大きく、そしてその迫力も桁違いだった。
未だに剣すら抜いていないアレンがその太い枝に潰される。そんな未来が頭をよぎったのだ。そしてズゥンという重い音と共に枝が地面へと叩きつけられる。
「んっ、なんだ?」
思わず目をつぶりそうになったコルネリアに、そんな声がかかる。顔を上げたコルネリアの視線に入ってきたのは、不思議そうな顔で自分の方を見るアレンの姿だった。
その手にはいつの間にか剣が握られており、地面にはその剣で斬られたと思われる太い枝が転がっている。
「いえ、なんでもありません」
「そうか? なんか悲鳴みたいな……」
「本当になんでもありませんから!」
「おっ、おう」
その言葉にそこはかとない怒気を感じたアレンは、それ以上追及することなくトレントの相手をするために背中を向けた。
次々と繰り出されていくトレントの攻撃をなんでもないことのようにさばいていくアレンの後姿を眺めつつ、コルネリアはアレンが金級冒険者であることを改めて認識したのだった。
しばらくしてトレントの枝を全て切り落としたアレンは、マジックバッグから斧を取り出すと良い笑顔を浮かべながらコルネリアへとそれを渡す。
「んじゃ、後は任せた。枝を切り落とせば攻撃してこないし安全だぞ」
「ご主人様が倒さないのですか?」
「いまさらトレントを倒したところで変わらねえしな。コルネリアならレベルが上がるだろ」
「しかしそれは卑怯では……いえ、なんでもありません」
途中で言葉を止めて首を横に振ると、コルネリアは斧を手にトレントに向かって歩きだした。そしてトレントの幹に向けて斧を振っていく。
コーン、コーンという小気味良い音を聞きながら、木に背をもたれかけたアレンは先ほどコルネリアが浮かべた、悲しみや苦悩が混じったなんともいえない表情を思い出していた。
(さて、後もう少しってところか。うまくいくといいんだがな)
思いのほかうまいコルネリアの斧使いに感心しつつ、アレンは優しい目で斧を振り続けるその背中を見続けたのだった。