作品タイトル不明
第40話 報酬から依頼へ
まだ新築特有の木の匂いを感じるドゥラレの冒険者ギルド、その二階にあるギルド長室においてアレンはネラの格好をしたままギルド長であるカミアノールと面会していた。
カミアノールの背後にはおっとりとした美人の女性エルフと先日アレンに救われたイグノールが控えており、その鋭い視線から感じられるのは強い警戒心だった。ただ、アレンの対面に座るカミアノールは余裕の表情を崩しておらず、柔らかく笑みを浮かべたままであった。
「一日で三度もダンジョンを踏破するとは、本当に君は規格外のようだね」
テーブルの上に置かれたグレートオーガキングの魔石三つや王冠、宝箱から得たマジックバッグなどの戦利品を眺め、少し呆れたようにカミアノールが笑う。アレンは無言のまま少し首を傾げるだけでそれに応じた。
アレン自身、三度もダンジョンを攻略する気持ちは全くなかったのだ。
朝まで、というより日が昇る前にドゥラレの町に帰るつもりだったのだが、悪魔が出てこないかとグレートオーガキングの攻撃を避け続けたり、倒した後しばらく待ったりしたせいで日が昇ってしまっていた。
ドゥラレは発展途上とは言え、ライラックに比べれば小さな町だ。ネラとして町に入れば注目の的になり、入り組んだ路地などのように隠れられるような場所もないに等しい。かと言って家にいるはずのアレンとして町に戻ることも出来ない。つまりアレンとして家に帰ることが出来なくなってしまったのだ。
マチルダのことは心配だったが、悪魔に話を聞くという当初の目的を達成しないまま町に帰っても夜までこっそり見守る以外に出来ることはなく、そんなことをしてもマチルダは喜ばないだろうと考え、アレンはダンジョンを周回することにしたのだ。
三度攻略して、三度ともダンジョンボスはグレートオーガキングであり、結局悪魔に話を聞くという当初の目的は達成できなかったのだが。
結局目標が達成できなかったことに心の中で嘆息しつつ、アレンがさらさらと紙に文字を書いていく。
『それでは私は行く』
既に時は夕方であり、早くしなければ門が閉まってしまう。その前にネラとして町を出て身を隠したいアレンはさっさと話を終わりにしたかった。
ギルド長室に招かれたのにもかかわらず一言も発さずにさっさと帰ろうとする、傍から見れば無礼なその姿に、カミアノールの後ろに立つ二人が鋭い視線を投げかける。それをカミアノールは手を上げて止めるように促すと、立ち上がり部屋を出て行こうとするクラウンの姿をした奇人の背中へと声をかけた。
「本当に報酬の件はいいんだね」
その言葉にアレンは少しだけ振り返り、そして首を縦に振って肯定を示すとそのままドアを開けて出て行く。その姿は報酬に全く興味がないと示しているかのようだった。
しばらくの間、静寂に包まれたギルド長室だったが、カミアノールの小さな笑いがそれを破る。
「ははっ、面白いな。噂には聞いていたが」
「私は面白くありません。精霊に認められし者であるカール様に、あのような態度をとるなど」
「それは私たちエルフの事情さ。イールはどう見る?」
不服そうに表情を歪めながら不満をあらわにする女性エルフから視線を外し、その隣に立つイグノールへとカミアノールが問いかける。眉間にしわを寄せ、難しい顔をしながら少し考えていたイグノールだったが、少し天を仰いでため息を吐くとその口を開いた。
「正直に言って理解できません。あのダンジョンを一日に一人で三度も攻略するなど。カール様はオリハルコン級の冒険者とも面識があるかと思うのですが、それが可能な冒険者などいるのでしょうか?」
「そうだね。オリハルコン級の冒険者は確かに化け物ぞろいだけれど、彼は別格だろうね。さて、そろそろ行っておいで。くれぐれも無理せず深入りはしないように」
「はい」
カミアノールに促され、一礼したイグノールが部屋を出て行く。覚悟を決めた悲壮な表情で出て行くその姿に、カミアノールは小さく笑みを浮かべる。きっとその覚悟は無駄になるだろうと予想して。
立ち上がったカミアノールが夕日が差し込む窓に向かって歩いていく。発展していく町と昔ながらの田舎の風景が混在したドゥラレの町を眺め、そしてその先に雄大にたたずむドゥル山脈と広大な森へと目を向けた。
そんなカミアノールの横にすっ、と女性エルフが控える。
「今はまだ小さな軋轢だが、いずれは問題になる。そこまで見越してネラは提案をしてきたのだろう。ふふっ、本当に面白い奴だ。セーナ……いや、精霊の巫女、セレスティーナとしてはどう思う?」
「癒す水の精霊様のごとき慈愛であれば喜ばしいことでしょうが……」
「わからない、か。たしかに精霊の祝福を受けたかのような強さだからね。思わず荒ぶる森の精霊様を思い出してしまうくらいに」
森へと視線をやり、うっとりとした表情をカミアノールが浮かべる。その姿をセレスティーナはきらきらとした瞳でじっと見続けていた。
町を出て、つけてきていた複数の不審者を森で撒いたアレンは、闇にまぎれてこっそりと町へ戻り、そしてマチルダたちの待つ自宅に向かった。
「あー、リア! それは入れちゃダメっ」
「えっ、えっ? どれのことですか?」
「うーん。なぜ料理になるとこうも失敗しそうになるのかしらね?」
キッチンから響くそんなかしましい声に苦笑いを浮かべながら、音もなく裏口から家の中に入ったアレンが息を吐く。その瞬間、レベッカとイセリアが鋭い表情で瞬時に振り向き、それに少し遅れてマチルダがニコリと微笑みながらアレンへと向き直った。
「おかえりなさい、アレン」
「ただいま。そっちは何もなかったようだな」
「はい。お二人に料理を教えてもらったりしていました」
マチルダへと挨拶を返し、ほっと安堵の表情を浮かべるアレンにイセリアが嬉しそうな表情を向ける。本当に楽しかったんだろうな、ということが良くわかるその笑顔にアレンは微笑み返したが、その隣に居るレベッカは若干疲れたような表情でアレンを見ていた。
「いやー、何事もなかったって訳じゃあ……リア、火!!」
「は、はい!」
鼻をくんくんとさせ、声をあげたレベッカの指示に、イセリアが慌てて火にかけたままのフライパンをすくい上げる。若干焦げ臭い匂いを放ち始めていたブロック肉がその勢いのままに宙を飛び、そのまま床へと向かって落下を始めた。
「おっと、危ねえ」
そのブロック肉が床に落ちる直前、アレンがフライパンで熱せられていなかった場所を的確に掴んでそれを防ぐ。そしてまだ、リカバリーは可能だな、などと感想を抱きながら飛んでいく肉を見ながら固まっていたイセリアの持つフライパンにそれを戻した。
「あ、ありがとうございます」
「レン兄さすがだね。さっすがネラなだけのことはあるよ」
「いや、ネラだから落ちる肉を掴めるってわけじゃねえけどな」
そんな軽口をたたきながらアレンとレベッカは、料理を再開したイセリアの様子を眺める。アレンがうなるほど器用に魔法を使いこなす凄腕の魔法使いの姿はそこにはなく、どこかぎこちなくイセリアは肉をひっくり返していた。
そんなイセリアをマチルダが手伝い、その危なっかしさに柔らかい笑みを浮かべている。
平和、そんな言葉が似合うその光景にアレンとレベッカは顔を見合わせて笑うと、それに加わるべく二人の下へと並んで歩いていった。
「えー! 全部あげちゃったの!?」
「いや、あげたわけじゃなくて依頼だっての。俺個人としては十分すぎるほど稼いでいるし、ネラの分までもらっても死蔵するだけだぞ。それこそもったいないだろ」
少し表面が焦げつき中心部はほんのりと赤いという独創的な肉料理を頬張り、その合間に経緯を説明していたアレンだったが、ネラとして三回ダンジョンを踏破した戦利品を全て依頼に回したと言った次の瞬間、ガタンと大きな音を立ててレベッカが立ち上がった。
その目は驚愕に見開かれており、信じられないとばかりに小刻みに首まで横に振りながら。そのわざとらしいリアクションに苦笑いを浮かべた。
実際アレン自身、今回のドゥラレのダンジョンの初踏破の報酬はかなりのものになるという確信があったし、それに加えて公には出来ないがイセリアの普段の様子を手紙で報告するだけで毎月八十万ゼニーが入ってくるという破格な報酬の依頼も受けているのだ。
生まれてくる子どものために蓄えを、という考えが浮かばないわけでもなかったが、現状に満足しているアレンにはそこまで必要とは思えなかった。必要になればその時にまた稼げばいいという気楽さもあったが。
「しかし、村だった頃と同じような場所を町の隣に造るなんてアレンらしいわね」
「まっ、余計なお世話かもしれねえけどな。でも、この町の人は自分から変わることを選択したわけじゃなくって、外から強制的に変えられたようなもんだ。自分が育った、帰るべき場所が自分の望まない姿に変わっちまうってのはどうにも、な」
いつかすれ違った農夫の姿を思い出しつつ、アレンはどこか物悲しげに語る。しんみりとした空気が広がる中、マチルダがぎゅっとアレンの手を握った。
あなたの帰るべき場所は、ずっと変わらないわよ。そんなことを伝えるかのように。
見つめあい、幸せそうに微笑むアレンとマチルダの姿にニヨニヨとした笑みを浮かべていたレベッカだったが、同じように微笑みつつもどこか表情のすぐれないイセリアに気づく。
「で、レン兄。結局悪魔は出てこなかったんだね」
「んっ、ああ。そうだな。初回限定だったのかもしれねえ。すまん、イセリア」
「いえ。しかしそうなると……」
レベッカの助け舟によって話が本来の筋へと戻り、謝罪したアレンに対して首を横に振って気にしないようにと伝えながらイセリアが考えはじめる。
そしてしばらくして、イセリアは小さくうなずくと少しすっきりとした様子でその顔を上げた。
「私、一度王都に戻ろうと思います。おじい様ならそういったことに詳しいですし、色々なところに伝手があるのでなにかわかるかもしれませんから」
「あっ、それなら私も便乗したい。ちょっと王都に用事があったんだよね」
「突然だな。しかしレベッカ、店はどうするんだ?」
「デレオネに任せるよ。アイクさんの指名依頼を継続したままにしておけばやる気を出してくれるだろうし」
ししし、と思惑の裏が透けて見えるかのような笑いを浮かべるレベッカをアレンは呆れた目で見ると、その隣で少し嬉しそうにしているイセリアに真剣な表情で諭すように伝える。
「レベッカと一緒に行くなら気をつけろよ。とことん利用されるからな」
「失礼だなぁ。私がとことん利用するのはレン兄だけだよ。友達のリアはちゃんと大事にしますー。依頼料も払うつもりだし」
「と、友達ですか……」
手を握ってにっこりと笑うレベッカから言われた友達という言葉に、イセリアがあわあわと取り乱しながらも嬉しそうに顔を緩める。
イセリアのことをいつの間にかリア呼ばわりしていたことからして、レベッカがかなり距離を縮めていることを察していたアレンだったが、あぁ、これは落ちたな、と一日かからずにイセリアを落としたその手管に感心していた。
「じゃ、明日は旅立つ二人のために豪華な料理でも作ってやる。そうだ。お前の護衛パーティの『さまよう牙』の奴らもついでだから連れて来いよ。どうせ一緒に行くんだろ。ならイセリアとの顔合わせに丁度いいし」
「たしかにそうなんだけど……」
頭では妥当な提案だと理解しつつも、レベッカは素直にうなずけず、チラチラとアレンの様子をうかがう。『さまよう牙』の皆を連れてきたらアレンがなにをするのかそれが不安だったのだ。具体的に言うのであれば暴走する未来しか見えなかった。
「大丈夫よ、レベッカちゃん。アレンは私が抑えるわ」
「さすが、マチ姉さん。頼りになる!」
「いや、どういう意味だ」
「友達、友達。えへへ……」
三人が協力し、主にイセリアが作った本格的な料理は、そんな楽しい会話のおかげもあってかいつの間にか空になっていたのだった。