作品タイトル不明
第39話 ネラのダンジョン攻略
一旦解散した後、夕方に再びやってきたイセリアとレベッカと共に四人で夕食を食べ終えたころには夜もすっかりと更けていた。
自分に子どもが生まれるとふわふわとした気持ちでいたアレンだったが、ネラとしてダンジョンへと行かなければならない刻限が近づくにつれ、だんだんとその表情から余裕がなくなっていく。
「頼むぞ。絶対に頼んだぞ。明日朝には帰ってくるから!」
「いや、レン兄。さすがにそれは無理でしょ」
真剣な表情のアレンに肩をつかまれたレベッカが冷静にそう返す。すでに午後十時近くなのだ。半日で二十五階層を突破するなどいくらネラでも不可能だろうとレベッカは考えていた。
しかしアレンの本当の実力をいつも目の当たりにしているイセリアはレベッカの意見に肯定も否定もしなかった。本当に帰ってきてしまいそうな気がしていたのだ。
「あの、アレンさん。当初の目的を……」
「ほらっ、アレン。しっかりしなさい! イセリアさんも困っているでしょ。第一の目的はダンジョンボスの話を確認することよ。それに今後のために宝物庫の確認もするんでしょ?」
「お、おう」
言いにくそうにしながらアレンに忠告をしようとしていたイセリアの言葉を引き継ぎ、マチルダがアレンの頭を軽く叩きながら注意する。
そのことで少し落ち着いたのかアレンが叩かれた頭を押さえながら返事をし、大きく息を吐く。
「そうだな。イセリアがいるし大抵のことは大丈夫だよな」
「私もいるんだけど」
ぷくー、と頬をふくらませて怒ってみせるレベッカに、悪い悪いと軽く謝り、アレンが表情を緩ませる。そしてレベッカの頭をくしゃっと撫でると小さく笑った。
「頼りにしてる」
「うん!」
「じゃあ行ってくる。なるべく早く帰る」
「待ってるわ」
「よろしくお願いします」
三人に見送られ、黒いフード付きのマントに身を包んだアレンは裏口からするっと外へと出ていった。その姿はすぐに闇に紛れて消えてしまう。
しばらくアレンの消えた裏口を眺めていた三人だったが、小さく息を吐いたイセリアがマチルダに向けて深々と頭を下げた。その顔は今にも泣いてしまうのではないかと思うほど歪んでおり、申し訳なさがそれだけでも伝わってくるほどだった。
「私のわがままのせいで、こんな形で妊娠を伝えることになってしまい本当に申し訳ありません」
そう言って頭をあげようとしないイセリアの姿に、マチルダとレベッカは顔を見合わせ、そして柔らかく微笑む。
「気にしなくていいわよ。いつアレンが気づくのかって楽しんでいただけだから」
「マチ姉らしいね。しっかしレン兄も目ざといのに鈍感というか……」
「そういうところもアレンの良い所でしょ」
「うわー、甘々ですね。さすが新婚」
まるで気にしていないことを示すように軽くやり取りを交わすマチルダとレベッカの様子にイセリアがうかがうように少しだけ顔を上げる。そして優しい瞳で自分のことを見ている二人と目が合った。
ニッと笑みを浮かべた二人がすかさずイセリアの手をさらっていく。
「さて女子会でも始めますか」
「そうね、明日も休みだし」
楽しそうな二人に手を引かれ、最初は驚いていたイセリアだったがその表情を柔らかくする。そして二人の手を握り締めて返すと、満面の笑みを浮かべたのだった。
一方、闇にまぎれて町を抜け出し、ネラの衣装に着替えたアレンは予定どおりダンジョンにやって来ていた。
ネラのことを初めて見るダンジョン前の出張所のギルド職員との問答は多少あったものの、ミスリル級のギルドカードのおかげか、ネラの噂が広がっているおかげかわからないが、比較的スムーズにアレンはダンジョンの中に入ることができた。
(あー、この格好久しぶりだけどやっぱ動きやすいな)
ダンジョン内を疾走しつつ、アレンがそんな感想を抱く。むろんアレンが普段装備しているものも、良く使い込まれているため違和感があるといったようなことはない。
しかし全てダンジョンの宝箱からのドロップアイテムであるネラの装備一式の着心地は一線を画していたのだ。
(しかし本当に大丈夫だよな、これ?)
軽く袖部分を摘みながらアレンは首を傾げる。いつの間にかマジックバッグに入っていた不気味さもあり、装備する時にアレンはしばらく躊躇するほど警戒していた。
着たら最後、脱げなくなるんじゃないか、といった嫌な考えが浮かんでしまい、幾度か脱ぎ着を繰り返したほどだった。結局そんなことはなかったが。
周囲の冒険者の気配に気をつけながらアレンは疾走し続ける。頭の中で構築された最短ルートを、向かってくるモンスターのみを倒し、罠を避けながら。
その速度はイセリアと共に攻略していた時と比べるまでもなく早く、ほんの四時間ほどでアレンは二十五階層へとたどりついていた。
二十一階層からは拠点の攻略もあるため、少なくない数のモンスターを倒してきたアレンだったが、その全てを捨て置いてきていた。単純に解体して得るお金よりも時間を優先した結果だ。
階段を降り、立ち止まったアレンがそこから一望できる城と城下町を眺めて息を吐く。
「やっぱり元に戻ってるか」
アレンとイセリアが攻略し、開きっぱなしであったはずの門は閉じており、その防壁の上には巡回する鬼人の兵士たちの姿が見えていた。それは初めてここに来た時と同じ光景だった。
軽く頭を揺らして、アレンが首を鳴らす。そして持っていたステッキをくるりと一回転させるとなんのためらいもなく一直線に門に向かって走り始めた。
その姿を認めた鬼人の兵士たちが放つ矢や魔法を軽々とかわして門へとたどり着いたアレンは、その走ってきた勢いのまま門の中央へと蹴りを放つ。
ボゴォっとすさまじい音が辺りに響き、防衛の要であるはずの分厚い扉が形を崩しながら吹き飛んでいった。
敵対者を迎撃すべき鬼人の兵士たちもありえない光景に思わず動きを止める。そんな中、攻撃がこないことをこれ幸いに、アレンは城へ向かって走り始めていた。
慌てて兵士たちが攻撃を再開しようとした頃には、アレンは既に届かない位置まで走り去っており、兵士たちもその後姿を追いかけ始めたが二度とアレンと相対することは出来なかった。
城壁や城の扉も同じように粉砕して通り抜けたアレンは、一路宝物庫に向かって進んでいた。城の中はモンスターや罠も多く、普通に考えれば一人で突破するなど正気の沙汰ではない。
しかしそれはアレンには全く当てはまらなかった。なにせ宝物庫を守る災厄級のモンスターであるオーガキング2体さえ、それぞれ杖の一突きで倒してしまったのだから。
「よし、とりあえずこいつらは角と魔石だけは回収しとかねえと」
さすがにモンスターの素材をなにも持って帰らないのは怪しすぎると、アレンは手早くオーガキング2体を解体し、その角と魔石を腰に提げたネラのマジックバッグへと入れる。
そして奥へと進み、隠し扉の先に隠された宝物庫へと足を踏み入れた。
「うわっ、しょぼ」
至る所に豪華な装備やアクセサリーなどが並んでいた前回と違い、宝箱のみが五つ置かれた寂しい宝物庫の姿にアレンが思わず言葉をもらす。
宝箱が五つあるというだけでも十分すぎるほどの報酬ではあるのだが、なまじ最初の豪華さを知っているからこそ、アレンには寂しく思えてしまったのだ。
前回、宝物庫の宝箱に罠はなかったが、今回はどうかわからないということで慎重にアレンが調べて宝箱を開けていく。
幸いなことに罠はなかったが、その中に入っていたのは二十四階層までに比べればもちろん良い武器や防具ではあるのだが、驚くほど良いものでもなかった。
唯一の収穫といえば容量は少ないもののマジックバッグが一つ見つかったくらいだ。
「さて、じゃあボスの所へ行くか」
見つけたマジックバッグに手早く他の宝箱から出たアイテムを収納し、アレンはボス部屋に向かう。
ほどなくボス部屋へと続く重厚な扉の前にたどり着いたアレンは、心を落ち着かせるためにも大きく息を吐いた。
「さて、行くか」
そう呟き、アレンがその扉へと手をかける。ゆっくりと開き始めた扉の間をゆうゆうと歩き、真っ赤な絨毯の敷かれたその部屋へとアレンは入っていった。
そして開いていた扉が音を立てて閉まり、アレンの視線の先にある、誰も座っていない玉座を光が包んだ。
「あれっ?」
そんな少し間の抜けたアレンの声が部屋に響く。玉座の前に姿を現したのは話を聞こうとした悪魔ではなく、筋骨隆々とした体躯に王冠と赤いマントをつけたグレートオーガキングだった。