軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 マスクの笑顔

「アレン……?」

普段とは違いすぎるその異様な姿に、マチルダがその名を再び呼ぶ。しばらくその声にも反応を示さなかったアレンだったが、錆びついた機械のようにゆっくりとそちらへと振り返った。

アレンの表情を見たマチルダが息を飲む。まるで感情が消えてしまったかのようなアレンの顔だったが、長年アレンを見続けてきたマチルダにはその瞳に様々な感情が渦巻いているのがわかった。

「はっ、馬鹿め!」

突然現れたアレンに驚き、動きを止めていたデリーだったが、無防備な姿をさらすアレンに侮蔑の言葉を投げるとそのまま襲い掛かろうとした。

足に力を入れて一歩踏み出そうとしたデリーだったが、猛烈な嫌な予感に動きを止める。次の瞬間、カシャンという音が響き、地面に半円状の金属が落ちて転がっていった。

半分に斬り裂かれた自らのラウンドシールドと喉元に突きつけられたうっすらと赤をまとう剣の切っ先にデリーは目を見開く。

それを成したアレンは未だにマチルダへと視線をやったままであり、デリーを見てもいなかった。

そしてアレンは再びゆっくりと動き出し、マチルダから視線を外した。その視線が次に向かったのは服や装備を破られ、肌身をさらしながら床に転がるレベッカだった。

苦しそうな表情のまま、じっとアレンを見上げるレベッカの姿にアレンが握っていた短剣がパキリと音を立て、真っ二つに折れたそれは床へ落ちる。

デリーに突きつけていた自分の剣をあっさりと納めたアレンがレベッカに近づく。そして着ていたジャケットを脱いでレベッカにかけると、マジックバッグの中からポーションを取り出し、それをゆっくりとレベッカの口へと運んだ。

アレン以外誰も身動きしない中、コクリとレベッカの喉が鳴る。レベッカの表情から苦しみが抜けていくことを確認し、ポーションを全て飲ませ終えたアレンはおもむろに立ち上がった。

「……レン兄?」

「……」

レベッカの呼びかけに応えることもなく。

皆の視線がアレンに集まる中、アレンは立ち尽くしたまま身動きしない。その異様な雰囲気にマチルダやレベッカさえも声をかけることが出来なかった。

剣を納め、さらには目を閉じ、完全に無防備な状態をさらすアレンだったが、デリーたちは動かない。いや、その雰囲気に飲まれ動けなかった。

しばらくしてアレンの表情が変化する。口の両端を上げたそれは、まるで……

「ハハハハハハハハ!」

突然笑い始めたアレンの大声に部屋がビリビリと震える。ヒッ、という誰かの悲鳴のような声がほんの僅かに聞こえたが、アレンから放たれる恐ろしいまでの威圧感にその場にいる全員が固まってしまっていた。

青ざめた表情で、彼らは笑い続けるアレンを見つめる。そんな視線を集めながら、アレンはまるでそれを意に介した様子もなく笑い続ける。

「ハハハハ。あぁ、俺は馬鹿すぎたな。町の中なら安全だって、人は助けるもんだって、そう思い込んじまってた。自分のあまりの馬鹿さに笑うしかねえわ」

額へと手を当て、歌うようにアレンが独白する。その表情は異様な笑みを浮かべたままであり、それはどこかネラのマスクを思い起こさせるものだった。

アレンの独白は続く。

「そうだよな。所詮は他人なんだ。そいつが俺の大事な人になにをするかなんてわかったもんじゃねえんだ。だって俺たちは下等な人間だもんな」

アレンがゆっくりと剣を鞘から抜いていく。その視線の先に居たデリーは、自らに向けられるであろうその輝きを前にしても身動きしない。

全力で逃げろ、と叫ぶ意思にデリーの体は従うことなく、ただガタガタと震えることしか出来なかった。蒼白な顔のデリーに向けてアレンが嗤う。

「大丈夫だ。気づいたときには死んでる。痛みもきっと感じねえよ」

とても優しい声で伝えられた死の宣告と共に、アレンがその腕を振るう。刃の空を切る鋭い音が部屋に響いた。

まるで糸の切れたマリオネットのようにデリーの体が傾き、そのまま床へと倒れる。

アレンが汚れもなく輝きを放ったままの剣を眺め、そして自らの体へと視線を向ける。そこにはぎゅっとアレンの体を抱きしめるマチルダとレベッカの姿があった。

「悪い、二人とも。ちょっと離れてくれるか。邪魔者は消しておかねえと」

二人が直前に抱きついたおかげで間一髪アレンの刃を逃れ、気絶して床へと倒れたデリーにチラリと視線を向け、再び二人へと優しい笑顔を浮かべながらアレンが告げる。

笑顔の中に圧倒的な威圧感を抱えたままのアレンに視線を向けられ、ビリビリと体が震えるのを感じながらも二人はその手を離すことはなかった。

「アレン、私は大丈夫だから正気に戻って」

「そうだよ、レン兄。らしくないよ」

「んっ? 俺はいたって普通だぞ」

瞳をうるませながら首を横に振って必死に訴えかける二人の言葉に、笑顔のままアレンが首を傾げて返す。まるでマスクのような笑顔を貼り付けたまま。

自分たちの言葉が届いていない、それどころか自分たちのことが見えているのかさえわからないような徐々に怖気を増していくアレンの姿に、二人の中で危機感が増していく。

このままではアレンは完全に変わってしまう。そんな危機感が。

「安心しろ。俺が絶対に守ってやる。お前たちを害する全てのものから」

まなじりを下げ、全て優しさで包み込んだような笑顔でアレンが告げる。そして視線を二人から外すと、先ほどまでとは全く違う邪悪な笑顔を浮かべて床に転がるデリーを見た。

アレンがデリーに向けて手を掲げる。そして邪魔者を消滅させるべく魔法を唱えようとしたその時、パァンという音がアレンの頬から響いた。

目を見開き驚くアレンの視界が、真剣な表情でアレンを真っ直ぐに見つめるマチルダで満たされる。

「正気に戻りなさい! 私はアレンと一緒に歩いていきたい。自分を犠牲にしてまで守って欲しくなんてないわ!」

「俺は自分を犠牲にしてなんて……」

反論しようとしたアレンの唇を、マチルダが自分の唇で強引にふさぐ。重なった唇を通して自分の想いを伝えるように。

そしてゆっくりとその唇を離したマチルダは瞼を開き、澄んだ瞳でアレンを見つめる。

「じゃあ、なんでアレンは泣いているの?」

「えっ?」

つー、とアレンの頬を伝っていく涙をマチルダが手ですくう。

アレンを見つめながら精一杯の笑顔を浮かべるマチルダの瞳からもぼろぼろと涙が溢れていた。その涙にほぐされるようにアレンの顔に張り付いていた笑顔が緩み、自然な表情へと戻っていく。

瞳から涙を流し続けながら、アレンがマチルダを抱きしめる。

「すまん」

それだけしか言葉では伝えられず、ぎゅっと抱きしめるアレンの胸に顔をうずめながら、マチルダもアレンを抱きしめ返す。

「馬鹿」

「そうだな」

「馬鹿、ばか、ばか、ばか」

「ああ、本当に俺は馬鹿だな」

くずくずと泣きながら、ただその言葉を繰り返すマチルダをアレンは優しく抱きしめ続けた。この胸の中のぬくもりを失わないように、こんな泣き顔には二度とさせないと、そんな決意を秘めながら。