軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第35話 二人の危機

悪魔の体、そして頭を細切れに斬り裂いたアレンは、その残骸が地面に落ちていくのを鋭い表情で見つめていた。もし再度動き出すようなことがあれば即座に倒す、その決意がそこには現れていた。

しばらくしてそれがゆっくりと地面に消えうせ、その代わりに少し色合いの違う銀色の金属で細微な装飾を施された明らかに高そうな宝箱が現れた。だが……

「よしっ、魔法陣だ! 悪い、イセリア。後は任せた!」

それに全く興味を示すことなく、アレンは王座の前に現れた魔法陣へと駆けていく。そして躊躇することなく足を踏み入れるとアレンの姿はそこから消えていった。ダンジョンの1階層へと転送されたのだ。

この部屋に入ってからの怒涛の展開に一言発するのが限界で、ただの一歩さえ踏み出すことも出来なかったイセリアがぽつんと部屋に残される。

アレンの真の実力を初めて垣間見て驚いたということもあった。しかしイセリアが動けなかったその理由は……

「始まりを告げる者……」

悪魔が最後にもらしたその言葉を繰り返し、イセリアはしばし考えにふけるのだった。

「あー、こんなことになるならマジックバッグにもっと残しておくんだった!」

冒険者として活動する時の装備を身につけ、そんな後悔を叫びながらレベッカは扉が開かないように小部屋にあった分厚い棚で入り口をふさいで必死に支えていた。

非常用の食料やアレン手製の武器などが収納されていたその棚はトレント材で作られており、普通の家具に比べれば頑丈だ。

しかしそれはあくまで一般的な話であり、隠し扉を発見され、壁の向こうからそれを破壊しようとする音と衝撃が響いている現状では心許ないことに変わりはなかった。

行商人をしていたレベッカのマジックバッグには、元々かなりの量の商品が収納されていた。もちろん取り扱う商品の関係で小物が多かったが、中には廃業する取引先から格安で譲り受けた巨大な金庫などもあったのだ。

いつか店を持ったら使おうとしていた物品だったが、それらは既にマジックバッグの中にはない。レベッカは既に店を持っているのだから当たり前だ。

絶体絶命の状況に嫌な汗をかきながら思考をめぐらせていたレベッカが横へ視線を向ける。アレンの手製の短剣を胸に抱くようにしながら棚を押さえるのを手伝ってくれているマチルダがそこにはいた。

その表情は明らかに青ざめていたがそれでも悲嘆することなく、その瞳には戦うという意思が宿っていた。その姿に、レベッカの頭には場違いながらもレン兄が惚れるわけだ、などという考えが浮かんでいた。

しかしそんな考えはすぐに吹き飛ぶことになる。

バリッ、という何かを突き破る音に続き、棚から一本の太い腕が現れる。それは何かを探すように空中をさまようと棚の端を掴んだ。

そしてその腕が膨らむのを目にしたレベッカは、マチルダを抱きかかえて部屋の隅へと飛ぶ。

次の瞬間、先ほどまで二人がいた場所を押しつぶすかのように棚が荒々しく動き、そして完全に開いてしまった扉からはそれを行った者の姿が見えていた。

「デリーさんでしたね。失くされたという自慢の大盾をお探しですか? 申し訳ありませんが、ここは店ではありませんよ」

「この状況でそんな軽口が叩けるとは、さすがあのクソの妹ってところか。むかつくぜ」

マチルダを守るようにして、デリーと相対していたレベッカが愛用の槍を構えてけん制する。

憎悪の炎を瞳に宿したデリーを目にし、説得や交渉は不可能とレベッカは即座に判断していた。だからこそ自らに注意を引きつけるために挑発するようなことを言ったのだ。

そんなレベッカに守られながらマチルダも扉の向こうの絶望的な光景を目の当たりにしていた。

そこにいたのはデリーだけではなかった。10人に近い男たちがにやけた面でマチルダやレベッカを見ていたのだ。

そしてその面々の顔をマチルダは全て知っていた。なぜならそれは、冒険者ギルドで問題を起こしたことのある冒険者ばかりだったからだ。

「デリーさん、はやくやっちまいましょうよ。俺、そろそろ待ちきれないっすよ」

そんなことを言いつつ、デリーの脇を抜けて近づいてきた人相の悪い男の足を、すかさずレベッカが槍で貫く。

男には反応できないほどの速度で繰り出され、デリーに攻撃する隙すら与えないほどすぐ戻されたそのレベッカの槍さばきに、デリーが笑みを浮かべた。

そして貫かれた足を押さえて悲鳴をあげるその男を脇へと蹴り飛ばす。

「なかなかやるな」

「兄の教えが良かったもので」

「そうか、だが……」

腕につけたラウンドシールドを構えながら近づくデリーに、すかさずレベッカは槍を突き出した。しかしそれは盾で防がれてしまい、それならば盾で防げない場所をと、狙った突きは避けられてしまう。

レベッカの中で焦りが生まれる。これまでの数度の攻防で、デリーの腕が自分の予想以上に高いことを確信してしまったからだ。

そしてその焦りは槍にも表れる。

迷いがある中、その進行を止めるためにレベッカが突き出した槍とタイミングを合わせるように、デリーがラウンドシールドを突き出す。

強烈な勢いでぶつかり合う槍と盾の甲高い音が響き、そして……

「私の槍が……」

「手入れがなっていなかったようだな。自慢のお兄ちゃんに教えてもらわなかったのか?」

「ぐっ!」

槍の穂先が折れ、くるくると空中へと飛んでいく姿に視線を向けてしまったレベッカに一瞬で肉薄したデリーの拳が突き刺さる。

内臓がひっくりかえりそうな痛みに体を折って倒れこんで咳き込むレベッカの頭を、デリーは靴で踏みつけ、ぐりぐりと痛みを与えるように体重をかけていく。

絶対的な勝者と敗者の姿がそこにはあった。

「やめなさい。あなたたちの行為は冒険者ギルドの規定に反しています。すぐにレベッカさんから離れなさい!」

震えながらも立ち上がり短剣を向けるマチルダの姿に男たちは顔を見合わせ、そして大きな声で笑った。

それはマチルダの姿を嘲るものであり、その言葉を聞く意思など全くないと明確に示していた。

「ギルドなんてどうでもいいんだよ。そもそも証言する者がいなければ処罰はされねえだろ」

圧と共に放たれたデリーの言葉にマチルダの体の震えが大きくなる。しかしマチルダは短剣をぎゅっと握り締め、デリーたちを睨み続けていた。

「いいねぇ、その表情。こういう女を屈服させる瞬間が俺は大好きなんだよ」

愉悦に満ちた表情でデリーがマチルダへと手を伸ばす。

「サンダーランス!」

「ちっ!」

足元から聞こえたその声に、デリーが後ろに飛ぶ。レベッカから放たれた雷の槍をすんでのところで回避したデリーだったが完全ではなく、その余波により顔の左半分に火傷を負っていた。

しかしそれはまだマシな方で、デリーが避けた魔法は後ろに居た男たちへと直撃し、その半数近くが身動きもとれず地面へと倒れ伏す。

「てめぇ」

「奥の手は隠しておかないとね」

こめかみに血管を浮かべながら、デリーがよろよろと立ち上がるレベッカを睨みつける。そして……

「サンダー……カハッ」

「魔術師は喉を潰すのが鉄則だ。やりすぎると殺しちまうがな」

再び魔法を放とうとしてレベッカの喉へとデリーの手が突き刺さる。意識を失いかねない痛みを感じつつも、喉を潰されたレベッカは声をあげることが出来なかった。

魔法という奥の手をデリーに避けられてしまったその瞬間から、レベッカにはこうなるだろうことがわかっていた。体はすでに満足に動かず、魔法さえ封じられ、すでにレベッカに抵抗の手段はない。

服をつかまれ持ち上げられながらもレベッカは笑った。デリーを嘲るような表情で、声にならない声を発しながら。

「むかつくぜ、その面」

デリーの拳がレベッカの頬へ振るわれる。口の中に広がる鉄の味に気持ち悪さを増しながら、口の中でためたそれをレベッカはデリーへと唾と共に吐いた。

べちゃっと頬についたレベッカの赤いつばを手で拭い、歯を見せながらデリーが力任せにレベッカの装備や服を引きちぎる。

これから行われるであろう自分への仕打ちに恐怖しながらも、それを決して表には見せない、見せてなるものかとレベッカはギリッと歯を食いしばる。

そして床に放られるように転がされたレベッカへと魔手が伸びようとしたのだが、それが体に触れることはなかった。

いぶかしむレベッカの前で、デリーがいやらしい笑みを浮かべる。

「お前ら兄妹は自分よりも人の方が大切なんだろ。だから……」

「マッ……」

「お前らの大事な人が壊される姿を見て絶望しろ」

少しでもマチルダへと害が及ぶのを遅らせようと挑発したことが裏目に出たとレベッカは察したが、手を伸ばすことしか出来なかった。

まるでじらすようにゆっくりと一歩一歩近づいてくるデリーに向けて短剣を構えていたマチルダだったが、ほんの少しの間目を閉じるとその切っ先を自らの喉へと向ける。

ダメッ! とあげられない声のかわりに音を発するレベッカの視線の先で、短剣はマチルダの喉に向けて進んでいた。

そしてその短剣がマチルダの首に突き刺さるかに見えたその時、その刃は完全に動きを止められた。

自らの手が傷つくのも構わず短剣を握り締め、ぽたぽたと赤い血を床へと落とすその男の名は……

「アレン!」

マチルダが今まで見たことのない、無表情でデリーに視線を向けるアレンの姿がそこにあった。