作品タイトル不明
第37話 果たされた約束
「あのー、私のこともそろそろ思い出してもらえるとありがたいんだけど」
しばらく泣きながら抱きしめあっていたアレンとマチルダに、遠慮がちにレベッカが声をかける。
抱き合う二人に腕を挟まれて身動きが取れなくなっていたレベッカの姿に気づき、バッと二人は体を離すと、気恥ずかしそうに顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい。レベッカちゃん」
「悪い。お前のことを忘れていたわけじゃねえんだが」
「いえいえ、お気になさらず。愛を確かめ合う二人の邪魔をするほどレベッカさんは無粋じゃありませんからね。あー、腕がしびれた」
わざとらしく挟まれていた腕を振りながらレベッカが立ち上がる。その言葉にますます顔を赤くする二人をレベッカは眺め、ほんの一瞬だけ柔らかく微笑むと、すぐにそれをニヤリとした意地悪そうな笑みへと変える。
「あー、腕がしびれたせいでレン兄のピーナスづくしの料理は食べられそうにないなぁ。私も楽しみにしてたんだけど、仕方ないよね」
ちらっ、ちらっとうかがうようにアレンに視線を送りながら非常に残念そうにそんなことを言うレベッカにアレンが苦笑を浮かべる。
そしてアレンが口を開こうとしたその瞬間、壊れかけの玄関のドアが勢いよく開き、一人の男が部屋の中に飛び込んできた。
「無事か!?」
抜き身の剣を手に持ち、肩を上下させながら部屋を見回していたその男は、倒れ伏す大勢の男たちへとまず視線をやり、そしてマチルダとレベッカに囲まれるようにして立ち、男を警戒しているアレンを確認すると大きく息を吐いてどっかりと床に座り込んだ。
「はぁー、焦って損した」
「アイクか。いきなりどうした?」
「どうしたもこうしたもねえよ」
アレンよりも五つ年下であるにもかかわらず、顔だけで見ればアレンよりも年上に見えるその男、アイクが受け答えしながら剣を鞘へと納めていく。
唐突な登場に、顔をこわばらせていたマチルダとレベッカだったが、それがアレンと知り合いのライラックの冒険者であるアイクだと理解し、その表情を緩めた。
一度大きく息を吐いてアイクは荒い息を整えつつ、床に転がったデリーとその他の冒険者たちを指差す。
「こいつらが悪巧みしてるって噂を耳にしてな。お前の妹の店を張ってたんだよ。で、のこのこと、やってきた奴等をしばいてたんだが……」
「私の店!?」
アイクの言葉に反応し、レベッカが目を見開いて声をあげる。それにうなずいて返しながらアイクが言葉を続けようとしたその時、玄関から小柄な女性が部屋の中に入ってきた。
それはレベッカの店に魔道具やアクセサリーを納めているドワーフの女性、デレオネだった。
「アイクさん、待ってくださいって。治療もまだ終わっていないのに」
「悪い。緊急事態だと思ったんでな。まっ、俺が来なくてもこっちは解決していたみたいだが」
やってきたデレオネにアイクが苦笑いを浮かべて返す。デレオネは困った顔をしながらアイクへと近づいていき、じんわりと服に血のにじみが浮かんでいる左腕をとると、かいがいしくその治療を始めた。
デレオネの顔は真っ赤に染まっており、それが走って追いかけてきたためだけではないことに女性陣はすぐに気づく。二人の間になにかあったのだろうと思いつつも、それをここで聞くほど野暮ではなかった。
「レベッカの店も襲おうとしたわけか。アイク、助かったぜ。この恩は必ず返す」
「おう、期待しとく。まっ、俺にかかればあんな奴らの三人や四人、朝飯前って痛ぇ!」
「私をかばって怪我した人がなに言ってるんですか」
包帯を巻き終えた傷口をべしっとデレオネに叩かれ、アイクが叫び声をあげる。
予備のポーションでも渡そうかとマジックバッグを探っていたアレンだったが、その手はマチルダとレベッカによって止められた。
小さく首を横に振り、楽しげに話しているアイクとデレオネに視線をやる二人の姿にアレンもその意図を察する。
そしてその手をマジックバッグから引き抜こうとしたところでアレンはピタッと動きを止めた。
「じゃ、レン兄。私、店が心配だから見に行くね。衛兵には伝えておくからこっちの処理はよろしく」
「いや、今日ぐらい一緒に居ろよ。レベッカも色々と……」
「商人にとって、自分の店は命よりも重いんだよ、レン兄。それに頼りになるアイクさんもいるし」
固まるアレンをよそに、自分のマジックバッグから予備の服を取り出して羽織ったレベッカが、脱いだジャケットをアレンに手渡しながらウインクする。
それを難しい表情で見返していたアレンだったが、受け取ったジャケットを羽織るとゆっくりレベッカを抱きしめた。
「怖い思いをさせちまって悪かったな。お前のおかげでマチルダは助かった。ありがとう」
そう伝えたアレンの胸の内で、レベッカの体がビクリと震える。
もちろん店が大事、というレベッカの言葉も本当なのだろうとアレンは理解している。しかしそれ以上に、レベッカの性格を知り尽くしているアレンには、その胸の内に様々な感情を押し殺していることが手に取るようにわかっていた。
そして、それがアレンのために行われていることも。
「違うよ。私、レン兄との約束守れなかった。マチルダさんに怖い思いをさせて……」
「それはレベッカのせいじゃねえだろ。あいつらと、油断した俺のせいだな。レベッカは出来る限りのことをしてくれた。レベッカがいなかったら最悪の結果になっていたかもしれねえんだ。お前は自慢の妹だよ。俺にはもったいないくらいのな」
アレンがぎゅっとレベッカを抱きしめる。体を震わせていたレベッカだったがしだいに落ち着き、震えが完全に止まると、もう大丈夫とばかりに小さくうなずいた。
それを合図に二人は体を離し、お互いに目を見合わせて笑いあう。
「じゃあ、私行くから」
「ああ、気をつけろよ。アイク、二人を頼む」
「まっ、乗りかかった船だしな」
くるりと振り返って去っていくレベッカに視線をやり、そしてアレンがアイクへと声をかける。その頼みにニヤリと笑って酒を飲む仕草で返したアイクは、デレオネを連れてレベッカの後を追った。
三人が出ていき、残されたアレンたちは部屋に転がる男たちを眺める。
「どうする。今なら仕返しできるぞ」
「やめておくわ。犯した罪からして、どうせ死刑か奴隷行きよ。疲れるだけだし、そんな姿を見せたくないわ」
「了解。んじゃ、とっとと縛っちまうか」
アレンの問いを舌を出したマチルダがあっさりと拒否する。そして疲れた体を休めるようにリビングの椅子へと腰掛けると机に体を預けて大きく息を吐いた。
そんなマチルダの姿に小さく微笑み、アレンが床に倒れる邪魔者たちをきつく縛りあげていく。
デリーやアレンの覇気に気絶した5人の男たちはほとんど怪我もしていなかったが、レベッカのサンダーランスの余波を受けた5人の男たちには全身の至る所に樹木状の赤い跡や火傷が残っていた。
そこからレベッカが何をしたのかおおよそ把握したアレンは、どこでこんな魔法を覚えやがったんだ? と相変わらず交友関係の読めない妹のことを思い出し微笑んだのだった。
それから十数分後にやってきた衛兵たちに事情を説明し、縛られた男たちが手荒に運ばれていくのをアレンが見送ったころには既に彼らがやって来てから1時間以上経過していた。
冒険者ギルド幹部の家が冒険者によって襲われ、下手をすれば殺人事件になる可能性さえあったということで細かく取調べが行われ、それに付き合ったアレンとマチルダはぐったりとした表情で見つめ合う。
「ここまで詳しく聞くのって、明日でも良かったよな」
「衛兵さんも慣れていないみたいだし仕方がないんじゃないかしら?」
お互いに苦笑いを浮かべながら半ば壊れた玄関のドアを開けて二人は部屋の中へと入ると、襲撃者によって荒らされ、現場検証によって更に荒れた室内を見て同時にため息を吐く。
「片付けは明日ね」
「俺が……いや、そうだな」
万が一に備え、徹夜するつもりだったのでその間に片付ければいいや、という考えがアレンの頭に浮かんだが、今日はマチルダのそばにいようと考えを改める。
そして二人でシャワーを浴びると、そのまま寝室へと向かった。ベッドに横になるマチルダの手を同じく寝転んだアレンが握る。
しばらく見つめあい、軽くキスを交わすとマチルダはその瞼を閉じる。アレンは穏やかな寝息が聞こえてくるまで愛しい人の姿を見守り続けた。
マチルダはとりあえず大丈夫そうだと一安心したアレンが、部屋を見回す。金目のものでも探したのか、荒れた室内の様子にため息を吐き、そしてその中の1点に視線を止める。
その先にあるのは、アレンが愛用しているリュック型のマジックバッグだった。
部屋の棚の上にぽつんと置かれたそれを見ながら、アレンが眉根を寄せて首を傾げる。
(なんでネラの衣装がマジックバッグに入ってるんだ?)
ライラックの自宅の地下に置いてきたはずで、ダンジョンにいた時にはなかったネラの衣装が今、マジックバッグの中に存在しているという不可思議な現象についてアレンは考えたが、どうしても納得のいく理由は見つからなかった。