作品タイトル不明
第32話 オーガキング討伐
「大丈夫ですか!?」
「……」
目の前まで駆け寄り、膝をついて心配そうに自分を気遣うイセリアの姿を見つめたまま、ティモシーはなにも反応することができなかった。
直前まで迫っていた死からの解放といった要因もないわけではなかったが、その頭の中のほとんどは、なぜ女神がこんなところにいるのだろうという場違いな疑問で埋め尽くされていた。
「あの……」
「「ティモシー、大丈夫?」」
全く身動きしないティモシーの様子に小首を傾げつつも、その体にいくつか擦り傷があることを見つけたイセリアがアレンから預かったマジックバッグをごそごそと探りポーションを取り出す。
そしてそれを渡そうとティモシーに声をかけたところで、ちょうどオーガキングの雄たけびの衝撃から復活したレイラとサマンサがティモシーに駆け寄った。
仲間の聞きなれた声に停止していたティモシーの思考が急速に巡り始める。二人に助けてもらって立ち上がったティモシーがイセリアと向き合った。
「助けていただきありがとうございます。私は銀級冒険者のティモシーです。かつて、かの有名なメルキゼレム導師に助けていただき、その縁でしばらくの間弟子として魔法を教えていただいた魔法使いになります。得意系統は……」
感謝の言葉に続き、自己紹介に入ったティモシーの言葉にイセリアが思わず微笑む。それはティモシーからメルキゼレムという、イセリアにとって大恩ある人物の名を聞いたからではあるのだが、そんな事情を知らないティモシーは自らのアピールが好印象を与えたと勘違いしていた。
調子に乗って言葉を続けようとしたティモシーだったが、その直後にイセリアの表情が一変して真剣なものとなり、そして手を真っ直ぐに掲げた。
「ライトニングスピアー!」
イセリアの言葉に従い、その掌の先から身の丈ほどもある光る槍が生まれ、真っ直ぐに打ち出される。
そして地面にへたりこんでいた盾役の男、デリーに向けて、今まさに動き出そうとしていた鬼人の兵士たちの先頭を貫くとその周囲へと電撃を撒き散らす。
直撃した者以外は倒しきれてはいないものの、動きを封じることに成功したイセリアは真剣な表情のままティモシーたちへと視線を戻した。
「このマジックバッグにポーションや装備などある程度のものは入っています。私が足止めしている間に態勢を整えてください」
それだけを端的に伝え、イセリアが鬼人の兵士たちに向けて魔法攻撃を再開する。兵士の動きに対して、その動きを最大限邪魔するような魔法を変幻自在に使うイセリアの姿にティモシーが見とれる中、レイラとサマンサは指示通りにマジックバッグを漁り戦いの準備を始めていた。
そしてその近くにいたドワーフのダリルも動き始める。
「くっそ、あの馬鹿が」
そんなことを毒づきながらダリルは鬼人の兵士たちのいる方向へと走ると、この期に及んでへたりこんだままだったデリーを半ば引きずりながら連れ帰ろうとする。
それに気づいたエルフのイグノールもそれを手助けし、デリーをなんとか皆がいる場所に戻すことに成功した。しかし当のデリーはうつむいたままぶつぶつと何かを呟くのみで自ら動く気配はなかった。
全員が無事にそろったことにほっと息を吐いたイセリアが、彼らへと視線を向ける。
「兵士たちの方はお任せします。私は……」
「勝てっこねえ。俺たちはここで死ぬんだ!!」
首を大きく振りながら叫んだデリーによって、イセリアの言葉が遮られる。その言葉によって、戦いの準備を着々と進めていた他の者たちの心に影がさす。
確かに二人が助けに来たことによって一時的に状況は改善された。しかし絶望的な状況であることに変わりはないことを再認識してしまったのだ。重苦しい雰囲気が漂い始めたその時だった。
「ぐだぐだ言ってねえでさっさと動きやがれ。冒険者なら最後まであがけよ!」
そんな声がアレンから発され、ティモシーたちの視線がそちらへと向く。そこにはオーガキングと真っ向から対峙し続けているアレンの姿があった。
アレンはオーガキングの攻撃を剣で逸らし、時に避けながら戦い続ける。攻撃の余波により服のそこかしこが破れ、かなりギリギリの状態であることがティモシーたちにもわかった。しかしアレンは臆する様子もなく、その猛威の前に立ち続けている。
ティモシーたちが準備する時間を稼ぐために。
「私の仲間は頼もしいでしょう?」
再び動き始めていた鬼人の兵士たちを魔法で足止めしていたイセリアが、一瞬だけ彼らの方を向き、いたずらっ子のような笑顔を彼らに向ける。
すぐに鬼人の兵士たちへと視線を戻してしまったイセリアの横顔を眺め、そして再びオーガキングと対峙し続けるアレンをティモシーが見つめる。
「地図屋、か」
そんな呟きをもらし、ティモシーはアレンから視線を切ると仲間たちに顔を向けた。そして自分と同じような顔をしているデリー以外の仲間たちに告げる。
「兵士たちの相手をしよう。倒すよりも足止めを優先し、生き残るために最後まであがいてみよう。皆もそれでいいか?」
その言葉に四人がコクリとうなずく。そして即座に彼らは動き始めた。敵の進行を足止めすべくダリル、レイラ、サマンサの三人は前線へと走り、それをイグノールが魔法でサポートする。
一枚抜けてしまった歯を埋めるように戦う仲間たちの姿を眺め、それに自分も参戦すべく歩き出したティモシーが、膝を抱えるようにしてうなだれているデリーへと声をかける。
「あがいてくるよ。冒険者らしく最後まで」
「……」
反応のないデリーを置き去りにし、ティモシーは足を進める。絶望に抗おうと戦い続ける仲間たちの元に。
その一方、オーガキングと対峙し続けていたアレンには比較的余裕があった。それもそのはず、アレンにとってオーガキングはライラックの鬼人のダンジョンで戦い慣れた相手であり、自らの脅威とならないことを十分に知っているからだ。
それに加えて、戦い始めてからアレンには一つの確信が生まれていた。このオーガキングは鬼人のダンジョンのボスであるオーガキングよりも弱い、と。
(やっぱボスは別格ってことかね。階層もこっちの方が浅いし、それも関係しているのかもな)
そんなことを考えながらオーガキングの猛攻をアレンがギリギリに見えるようにしながらしのいでいく。避けるふりをしながら背後の兵士の状況まで確認するほどの余裕をもって。
「アレンさん、いきます!」
「おう」
イセリアの声に短く応え、アレンが少しだけ気合を入れなおす。
ここまで来る道中で、オーガキングとの戦い方についてアレンはイセリアに伝えていた。それは、アレンは一切攻撃を行わず足止めに専念し、イセリアが魔法で倒すというものだった。
これはアレンが実力を隠したいという意味合いもあったが、イセリアにオーガキングとの戦い方を学ばせたいという思惑の方が大きかった。もちろん余裕があればという話だったが。
イセリアの参戦によりダメージを受け始め、より激しく攻撃をしかけてくるオーガキングをアレンが冷静にさばいていく。
アレン自身、イセリアがどのようにオーガキングに攻撃をしかけていくのか興味があったので、それを観察していたのだが……
「うわっ、怖えな」
目の前で全身のいたるところから血を流すオーガキングを眺めながらアレンはぽつりと呟いた。その左目は既に潰れており、ギョロリとした右目が憎々しげにイセリアを貫いている。
しかしイセリアはそれに動揺することもなく、攻撃を続ける。
「アイスランス!」
残る右目を正確に狙い定めて放たれた氷の槍を、オーガキングが間一髪で避ける。しかし完全に避けることはかなわず、その氷の槍はオーガキングの右耳を貫いていった。
オーガキングが雄たけびを上げ、イセリアに向けて突進しようとするが、それはアレンによって阻まれる。苛立ちをあらわにするオーガキングだったが、その間にも容赦なくイセリアの魔法が襲い掛かっていた。
アレンはイセリアのその冷静な戦いぶりに感心していた。イセリアがしているのは、普段アレンと一緒に戦う時と同じ戦法だ。いや、正確に言えばより精密に急所や鎧の隙間を狙い魔法で攻撃をしかけている。
普段どおりというのは容易いが、オーガキングほどの大物の圧を前にしてそれが出来る者はなかなかいない。それを鬼人のダンジョンで散々オーガキングと戦い、失敗を繰り返したアレンは十分に知っている。
(こっちの方が先に決着がつきそうだな)
動きが段々と鈍くなってきているオーガキングから一瞬だけ目を離し、背後で鬼人の兵士たちと激しい戦闘を繰り返しているティモシーたちを確認したアレンが冷静に判断する。
そしてその判断は正しく、程なくしてイセリアのアイスランスがオーガキングの右目を貫き、そのまま地へと倒れたオーガキングは二度と起き上がることはなかった。
アレンは地に伏したオーガキングを確認し、完全に倒したことを確信するとすぐに反転して走り出す。今のところティモシーたちもよく持ちこたえてはいるものの、余裕があるような状況でもなかったからだ。
マジックバッグからマジックポーションを取り出して、それを飲んでいるイセリアとすれ違いざまにアレンが声をかける。
「オーガキング相手に冷静に戦えてたぞ。よくやったな」
ニッ、と笑顔を残して前線へと去っていくアレンを見送り、マジックポーションを飲み干したイセリアがその背中に向けて微笑む。
「冷静に戦えたのはアレンさんが前で守ってくれていたからですよ」
そんな呟きをもらし、少しだけ苦笑いを浮かべたイセリアは、前へ一歩踏み出した。守られる存在から、守ることのできる存在へと自分を成長させるためにも。