作品タイトル不明
第31話 追われる者たち
「チッ、王なら奥でじっとしてやがれってんだ!」
そんなことを毒づきながら、粗野な雰囲気を漂わせた大柄の男が全速力で走りながらチラリと振り返る。そこには余裕たっぷりといった雰囲気で自分たちを追いかけてくる赤い頑強そうな体躯をしたモンスター、オーガキングがいた。
一定の距離をつかず離れず追いかけてくるその姿に、遊ばれていると確信した男は憤慨しつつも、身につけていた大盾をはずしてオーガキングに当たらないように放り捨てる。
その大盾はこれまで幾千の戦いを共にした相棒であったが、その男は躊躇する様子など見せずに軽くなったことを幸いに走る速度を上げ、盾役として本来守るべき仲間を追い抜いていく。
「「デリー!」」
「へへっ、悪いな。死ぬのはごめんなんでね。レイラ、サマンサ。あいつの相手をしてやりな。お前らなら喜んでくれるかもよ」
「クズが……くっ」
「姉さん!」
追い抜いた双子の姉妹に同時に呼びかけられた盾役の男、デリーは一瞬だけいやらしい笑みを浮かべ、捨て台詞を残して颯爽と駆けていく。
それを追おうとした双子の姉のレイラだったが、腹部に響く鈍痛に顔をしかめ速度を上げることが出来なかった。声をあげ心配する妹のサマンサに、レイラは流れる脂汗を悟られないように笑みを浮かべた。
「サマンサ、剣を貸しなさい。私のは2本ともダメになってしまったわ」
レイラの腰には二本分の鞘のみが提げられており、そこに収まるべき剣はどこにもなかった。その言葉にうなずいたサマンサが、自分の剣の二本の内、一本差し出そうとするのをレイラが首を横に振って否定する。
それだけでサマンサはレイラが何を考えているのかを完全に理解してしまった。そしてサマンサが自分の意図を理解したことを、レイラも察していた。
「ダメ。それは絶対に」
「ダメ。これは絶対よ」
「はんっ、人間の小娘共は簡単に諦めてしまっていかん。少なくともそれは俺が死んでからの話だ」
瞳を潤ませる彼女たちの想いを潰すかのように、重く低い声が響く。それは二人の隣を走っているドワーフの口から発せられたものだった。
自分の身の丈ほどもありそうなハンマーを担ぎながら走っており、そのドワーフの表情は明らかに無理をしているとわかるほど歪んでいた。しかしドワーフは自らの相棒であるハンマーを捨てようとは微塵も考えていなかった。
「ダリルの言うとおりだ。死んでもらっては僕の評価が落ちてしまう。銀級冒険者、ティモシーの名声に傷がつくじゃないか」
三人の少し前を走っていた、この緊迫した状況にもかかわらず柔和な表情を保つローブの男、ティモシーが速度を落とし三人に並びながら声をかける。
「お主の名声など知ったことではないがな」
「冒険者なんて名を上げてこそ、さ。名声のない冒険者なんてただの無法者扱いだよ」
ばさりと自分の意見を切ったダリルに対して、皮肉げな笑みを浮かべて返したティモシーは先ほどまで自分の横を走っていたエルフの男、イグノールに視線を向ける。
「イグノール。エルフならではの打開案なんてあるかい?」
「私の力だけではどうしようもない。 協力者(・・・) に助けを求めるくらいしか打開策は思い浮かばないな。間に合うとはとても思えないが」
速度を落とさずに答えたイグノールの様子からは、いざという時は他の誰かを犠牲にしても生き残るという意思が薄っすらと透けて見えていた。
打つ手なし。そんな現状を直視せざるを得ず、重苦しい沈黙が広がっていく。
そんな中、ティモシーがぽつりと呟いた。
「功を焦らず、本当に協力を仰げばよかったかもしれないな。今更取り返しはつかないが」
その言葉は周囲の全員の耳に届いていたが、誰一人として反論する者はいなかった。
彼らはイセリアとアレンに共闘を持ちかけつつも、実際に行ったのは二人を囮にするという行為だった。
長い期間探索した成果もあり、彼らは既に防壁の外から城へと直行する隠された地下通路を見つけていたのだ。しかし普通に入ろうとしても見張りが厳重すぎて満足に進むことが出来なかった。
そこで目を付けたのが、破竹の勢いでダンジョンを攻略してきていたアレンたちだった。アレンたちに地上から攻めてもらい、そちらに注意を十分ひきつけた上で城に潜入し攻略してしまう予定だったのだ。
その目論見は突然のオーガキングの出現によって泡となって消えてしまったが。
「くっそー!!」
前方で聞こえたデリーの大きな罵りの声に、重苦しい空気が強制的に吹き飛ばされる。かなり先行しているデリーの姿は五人からは全く見えておらず、何が起こったのかわからなかった。
そのまま走り続け、そして角を曲がった五人は、即座にデリーの言葉の意味を理解する。
そこにいたのは、進行方向を埋め尽くさんばかりの数の鬼人たちの兵士の姿だった。その中にはオーガジェネラルやゴブリンキングなど、単体で出てきたとしても苦戦を強いられるモンスターが数は少ないながらも含まれている。
嵌められた、それが誰の目にも明らかな事実だった。
「ここが最期の場所か」
絶望により地面にへたりこんでしまっているデリーの姿を視界にいれたティモシーがぽつりと呟いて振り返る。そこには悠々とした足取りで近づいてくるオーガキングのにやけた顔があった。
ティモシーは、数歩前へと進むと僅かな時間目を閉じ、そして息を吐いた。
「今からオーガキングに攻撃を仕掛ける。その隙に逃げられるなら逃げてくれ」
そのティモシーの言葉に周囲にいた四人が目を見開く。ティモシーはそんな四人の様子を一瞥すらすることなく、オーガキングに向けて杖を構えた。
「銀級冒険者、ティモシーの生き様を、生き残って誰かに……」
「ウガァアアアー!!」
そのオーガキングの咆哮は、続けられるはずだったティモシーの言葉をかき消した。それだけではない。先ほどまで存在していた立ち向かうという意思すらも打ち砕いていた。
杖こそ取り落としていないものの、ティモシーの体は大きく震え、自分の意思では動かすことができなくなっていた。そしてそれは仲間たちも同様だった。
モンスターの兵士たちを含めて誰一人として身動きしない中、オーガキングだけがゆっくりとした足取りでティモシーたちへと近づいていく。その一歩一歩が、自分たちの死へのカウントダウンだと理解していながらも、彼らはなにもすることが出来なかった。
そんな絶望にまみれた人間たちの姿に、オーガキングが醜悪に笑みを深める。そしてその手に持っていた棍棒を振り上げ、そして最も近い場所にいたティモシーに向け慈悲もなく振り下ろした。
迫る棍棒を見上げるティモシーの脳裏にはこれまでの自分の人生が走馬灯のようにかけめぐっていた。
恵まれないスラムでの幼少時代、その仲間たちと冒険者となり戦い続けた楽しかった日々、他の冒険者の罠にはまり仲間を全て失った絶望の日、そして彼らに報いるためにも生き抜いてきたこれまでのことを。
ティモシーの目からほろりと涙がこぼれる。その表情はとても穏やかなものだった。
「やっと皆のところにいける」
そう呟き、笑ったティモシーは既に死を受け入れていた。あと数瞬後、かつての友に会えることを願うその瞳には、まるで世界の全てを覆ってしまうかのような棍棒が映っていたが、そこにサッと影が差し込む。
そしてキンッという金属音が響き、ティモシーを叩き潰すはずだった棍棒はそのすぐ横の地面を盛大に凹まして止まっていた。
棍棒の風圧と飛び散った土砂により、吹き飛ばされ地面に転がったティモシーが顔を上げる。そこには剣を構え、オーガキングと対峙する男の背中と自分に向かって駆け寄ってくる金髪の女神の姿が見えた。
「マジでぎりぎりだな。叫び声をあげてくれてラッキーだったぜ。イセリア、時間を稼ぐからそっちを頼む」
「はい。任せてください!」
ギリギリ駆けつけた協力者、アレンとイセリアの到着により、彼ら六名の運命は大きく変わろうとしていた。