作品タイトル不明
第33話 思わぬ危機
アレンとイセリアが鬼人の兵士たちとの戦いに加わった結果、ギリギリで均衡を保っていた状況は一変した。アレンが盾役として入ることで前線は安定し、イセリアの多様な魔法によって鬼人の兵士たちの数はみるみる減っていく。
そして……
「「はっ!!」」
レイラとサマンサが同時に声を発し、それぞれの剣がゴブリンジェネラルの体を切り裂いた。憎悪に満ちた表情を二人に向け、手に持っていた剣を振り上げたゴブリンジェネラルだったが、その踏み出そうとした足はまともに地面を踏むことはかなわず、そのまま崩れ落ちるようにして地面へと倒れ伏す。
「ふぅ、ふぅ。さすがに死ぬかと思ったわい」
ハンマーを地面に杖のように立て、その言葉どおり死闘の結末の光景を眺めながらダリルが荒い息を整える。
全てのモンスターを倒し終えたという安心感からか、レイラとサマンサは地面へ座りこんでしまっており、魔法で戦い続けていたティモシーとイグノールは青い顔をしながら吐き気を我慢していた。その隣でデリーは顔をうつむかせたまま震えている。
全員無事な姿を比較的余裕のある表情でアレンとイセリアが見つめる。そしてお互いに目を見合わせて少しだけ微笑んだ。
少しの休憩と素材の採取後、アレンとイセリアはティモシーたちを連れて城を、そして城下町を無事に抜けた。
先ほどの戦いに多くの兵士が動員されたせいか襲撃はほとんどなかったが、それでも不意を突かれれば万全の状態ではないティモシーたちにとっては危険だったかもしれない。
「助かった。この礼は必ずしよう」
「冒険者は助け合ってこそ、だろ。気にすんな。それでもっていうなら俺たちが帰ったら酒でもおごってくれ」
「ああ、この町の酒を買い占めておく」
そんな冗談を交わしながらアレンとティモシーが握手をする。ティモシーの瞳には、すでにアレンを侮るような色は消え失せていた。そしてそれは他の者たちも同様だった。
「あ、あのイセリアさん!」
アレンと繋いでいた手を離し、人が変わったような姿でイセリアに話しかけはじめたティモシーに苦笑していたアレンに、近づいてきたイグノールが声をかける。
「だますような真似をしてすみませんでした」
そう言って謝るイグノールに、アレンは小さく笑って返す。
「まっ、長い間調査した成果が欲しいってのは理解できるし咎めはしねえよ。俺も話半分で聞いていたし、得た情報も全くの嘘って訳じゃなかったしな」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
「悪いと思ってるなら、全員ちゃんと無事で帰ってくれ。せっかく助けたんだし」
「はい。精霊の名にかけて」
戦う気力をなくしてしまったかのように無表情のデリーへと少し視線をやったアレンの言葉に、その意図を理解したイグノールがゆっくりとうなずく。
その視線の隣でイセリアと何かを話していたティモシーがレイラとサマンサに腕を絡ませるようにして引き剥がされ、情けない表情を見せる。その姿にアレンたちは二人して小さく笑った。
そして引き続き二十五階層の調査を続けるアレンとイセリアは、ティモシーたち六人と別れたのだった。
その数日後の夜、ドゥラレの町にあるアレンとマチルダの家には楽しそうな話し声が響いていた。
「レン兄の性格からいって、全部じゃないにしろ絶対ピーナス料理は出してくると思うんですよねー」
「確かにそういうところはあるわね。加減はしてくれるんだけど、完全に無しにはしないのよね」
「そうそう、それですよ! さっすがマチ姉さん。レン兄のことよくわかってる!」
夕食を一緒に食べ、おしゃべりに興じていたレベッカとマチルダだったが、もっぱらその話題はアレンのことだった。
長年、想いは違えどアレンのことを考え続けてきた二人にとってそれは自然なことであり、そのおかげもあって二人は急速に仲を縮めていた。
アレンが不在の時に度々レベッカは、差入れの食事などを持ってマチルダの元を訪ねていた。その成果とも言える。
楽しい時間は早く過ぎていき、日もすっかりと落ちて暗くなったことにレベッカが気づく。
アレンの話題で盛り上がったせいか、それはいつもよりもはるかに遅い時間になっていた。
「あっ、すみません。こんな時間まで。じゃあ私、そろそろ帰りますね」
「もう暗いし、今日は泊まっていったら? 夜道は危ないわよ」
「いえ、こう見えても鉄級の冒険者ですし……」
そこまで言って、レベッカが言葉をとめる。マチルダの瞳にどこか不安や寂しさのようなものが見えたような気がしたからだ。
少しの間思考をめぐらせ、レベッカは決断を下した。
「それじゃあ、今日はマチ姉さんのお言葉に甘えようかな。まだまだ話し足りない気分だったし」
「ふふっ、じゃあお茶を追加するわ。明日はギルドもお休みだからゆっくりできるしね」
「とはいえ無理は禁物ですよ」
マチルダに注意するように一本指を立てながら真剣な表情でレベッカが告げる。
そのことに少し驚いたマチルダだったが、すぐに柔らかい微笑を浮かべて口の前で一本指を立てるとお茶を淹れにキッチンへと向かった。
マチルダが淹れたお茶が冷めるくらいまで話した二人だったが、話題が尽きることはなかった。むしろもっともっと話していたい、という気にさえなるくらいであったが、本格的に夜も更けてきたこともありそろそろ寝ようということになった。
シャワーを借り、マチルダの寝巻きを貸してもらったレベッカが、明らかにサイズの合わない一部分に凹んだりしていたところに、着替えを終えたマチルダが合流する。
化粧を落としこざっぱりとしたその寝巻き姿はどこかいつものマチルダよりも幼く見え、しかしそれでもふしぶしから大人の色香が垣間見えていた。
「マチ姉さん、やっぱりすごいね」
「んっ、なにが?」
「いやー、レン兄が虜になるわけだ」
むにむにと確認するようにマチルダの胸をレベッカが揉む。大丈夫? と視線で確認しながらもそんなことをするレベッカにマチルダが苦笑を返した。
「大きくても面倒なだけよ。アレンに好きって言われるのは嬉しいけれど」
「ふぅ、持てる者の余裕ですね。大きい上にきれいな形だし……是非その秘訣を私に教えてください。情報料はそれなりに払いますから!」
そんなレベッカの冗談とも本気ともわからないような言葉に、ふふっ、と笑いながらマチルダが言葉を続けようとした。しかし次の瞬間、その口が手で覆われる。
驚き、目を見開くマチルダに、口の前で一本指を立てて静かにするようにとレベッカが示す。その表情は今までの笑っていた姿が嘘であるかのように真剣なものだった。
「マチ姉さん。この家で隠れる場所、もしくは避難経路ってありますか? レン兄ならいざと言う時のことを考えて作っていますよね」
マチルダのみに聞こえるような小さな声で告げられたその内容に、マチルダがコクリと首を縦に振る。そして無言のままレベッカの手を引き小走りに進むと一つの棚の前でその足を止めた。
一見すると何の変哲もない棚だったが、マチルダがそれを横に押すと軽く棚が動き始め、その背後にある隠し扉が姿を現す。
「ここよ」
そう告げるやいなや、レベッカがマチルダの手を引きその隠し扉の奥の小部屋へと入る。そして棚を元の状態へと戻し、裏面からのみ操作できるようになっている杭で棚をがっちりと固定して隠し扉を閉めた直後、玄関の扉をぶち破るような音と共に複数の足音が響いた。
「金目の物を探せ。こんな良い家に住んでるんだ。しこたま貯めてるはずだ!」
「へへっ、女たちは見つけたら好きにしていいんですよね」
「ああ。ぐちゃぐちゃにしてやれ。戻ってきた時に奴が絶望するようにな」
そんな下種な会話を壁に耳をつけて聞いていたレベッカは努めて表情を変えないようにしながらも、その背中にはじんわりと嫌な汗が伝っていた。
レベッカ自身、旅商人としてそういったトラブルに巻き込まれそうになったことは少なくない。取引に向かった商家でいきなりベッドに引き摺りこまれそうになったことさえあった。
冒険者としても活動し、見た目以上に能力の高いことや、『さまよう牙』の面々という頼もしい仲間がいたおかげで最悪の事態は免れてきたが。
そういった経験もあり、レベッカは人の気配や異変を察知することにかなり長けていた。しかしそんなレベッカでさえ、突入される直前まで異常が起ころうとしていることに気づかなかったのだ。
(私と同等、もしくはそれ以上の実力者の可能性があるってことよね)
レベッカが脳内で家の構造を思い起こし、逃走が可能かを検討し始める。そして、不意を突けば逃げられる可能性は少なくないと結論を下した。
スピードにはそれなりの自信があったし、なにより家からしばらく行けば町の兵士たちがいる詰所もあるのだ。
しかし、とレベッカは対面で不安そうにこちらを見ているマチルダへと目を向ける。均整の取れた体ではあるが、運動が得意なようにはあまり見えない。
なによりマチルダは冒険者ではなくギルド職員なのだ。レベルアップによる身体能力の強化がされているはずがなかった。
思考を続けるレベッカに、マチルダが声をかける。
「レベッカちゃん。いざという時はあなただけでも逃げなさい」
「!!」
思わず声をあげそうになったレベッカの口をマチルダが優しく押さえる。目を見開いたレベッカの視界に不安そうにしながらも、どこか覚悟を決めたようなマチルダの顔が映っていた。
その顔を見て、レベッカも覚悟を決める。いや、半ば決まっていたのだが最後の背中をマチルダが押したのだ。
「いえ。マチ姉さんを置いてなんて行けませんよ。大丈夫。これでも鉄級上位の実力はあるって評判なんです。私にドンと任せてください」
ひそひそとそう告げ、おどけるような表情をしながら軽くレベッカが自分の胸を叩く。しかし我慢しきれずわずか震えているレベッカの体を、眉根を寄せた難しい表情でマチルダは見つめていた。
そんな最中にも壁の向こうでは部屋が荒らされる音や荒々しい声が響いている。残された刻限は少ない。
(アレン)(レン兄)
((はやく帰ってきて!!))
そんな想いを抱いたまま、二人は肩を寄せ合うようにして息を潜め続けるのだった。