作品タイトル不明
第8話 昇級するために
その言葉に内心ドキッとしながらも、なんとかそれを表情に出さないことに成功したアレンは苦笑いを浮かべながらレベッカを見つめた。
一瞬、ネラであるということを見抜かれたかと思ったのだが、レベッカが言ったのはあくまで目指して欲しいなのだ。アレンのステータスが文字通り桁違いになっていることには気づいていない、そう考えたのだ。
「いや、金級、銀級って、俺は少し前に鉄級になったばかりだぞ」
「それは知ってるけど、レン兄なら出来るでしょ?」
まるで見透かしているかのようにそう告げてきたレベッカになんとか表情を崩さないまま、ちらりとアレンが視線をマチルダへとやる。その視線の意図を察したマチルダは小さく首をかしげてみせた。
マチルダの仕草を確認して心を落ち着けるように、ふぅ、と息を吐いたアレンは、レベッカに対して無言のまま視線で続きを促す。
「だって今までレン兄は私たちっていう枷があったから鉄級止まりだったんじゃない?」
「いや、そんなことは……」
「さっきのパンチ。私、結構本気だったんだ。でもレン兄って全く効いたようなそぶりさえ見せなかったよね。これでも鉄級上位の実力はあるって言われてるんだよ、私」
レベッカは少し胸を張って自慢げにし、そしてすぐに表情を真剣なものに戻すとじっとアレンの瞳を見つめる。
ほんの数瞬、なにかごまかす方法はないかと考えたアレンの脳裏には、いくつかの言い訳は浮かんでいた。しかしそのどれを言ってもレベッカは納得しないだろうことがわかっていたし、なにより……
「まあ、これでも長年冒険者をやってるからな。もしかすると銀級くらいなら目指せるかもしれねえな。別にいまさら目指す意味が見出せないしどうでもいいかと思ってたんだが。で、それは絶対に必要なことなんだな?」
「うん」
迷いなく真剣な表情のままそう答えたレベッカに向けてアレンが力を抜き微笑んでみせる。そしてその頭を優しく撫でた。
どこか緊張感さえ漂っていたレベッカの表情が柔らかくなっていくのを眺め、アレンは目を細めて笑みを深めた。
「了解。でも、あんま期待すんなよ」
「いいの、アレン?」
洗い物を終え、テーブルへと戻ってきたマチルダの、色々な意味の含まれたその言葉に対してアレンはうなずいてみせる。
「レベッカが必要と判断したなら、きっとそれはした方が良いし、出来る可能性が高いってことだからな。なんで目指して欲しいのか言わないのもなにかしら理由があるからだろうし」
「さっすがレン兄。私のことを世界で一番わかってくれるのはレン兄だよ」
「へいへい」
感極まったのかギューっと抱きついてきたレベッカに対してあしらいながら、その体を適当な感じでアレンが引き剥がしていく。雑な扱いに頬を膨らませて抗議して見せながらも、レベッカの表情は喜色に染まっていた。
そんな2人のやり取りを微笑ましく眺めていたマチルダだったが、冒険者ギルドの職員としてふと気になったことがあった。
「でも普通に昇級しようとしたら結構な期間がかかるわよ。なにか大きな実績でも作れば別だけど。ちなみに期限とかはあるのかしら?」
「うーん、期限ですか。あるといえばあるんですけど……」
頭を揺らして悩みながら、レベッカがマチルダを見つめる。そして、んっ? と小さく声を上げるとニンマリと口の端を上げ、アレンへと視線を向けた。
その表情になんとなく嫌な予感を覚えながらアレンが続く言葉を待っていると、あっさりとレベッカがそれを告げる。
「3か月でどう?」
「短すぎるわ!」
「えー、じゃあ5か月。これ以上は譲れないよ」
「いや、どっちにしろ無茶な期限だからな、それ」
思わずツッコミを入れたアレンだったが、しぶしぶといった感じで再度告げられた期限は常識的に考えておかしなものだった。
鉄級から銀級へ昇級するための壁は厚い。試験などはないが、ただ漫然と依頼を受けているだけではだめなのだ。
冒険者ギルドの中でも銀級冒険者と言うのは選ばれし者の証であり、それにふさわしい実力があると認められるような成果が求められる。つまり難しい依頼を幾度もこなすというような実績が必要になるということだ。
呆れたような視線を向けるアレンに、レベッカは不敵な笑みを浮かべながら首を横に振った。
「だってすぐそこにあるでしょ。実績になりそうなものが」
「すぐそこ?」
レベッカが指差した先をアレンも目で追ったが、そこには何の変哲もない木の壁があるだけだった。
さすがにこれはねえな、と考えを切り替え、その壁の向こう、南の方向になにがあるのかを考えたアレンはその言わんとする意味を理解した。
「新しいダンジョンか?」
「そうそう。そこの深層を調査すれば実績になるでしょ。踏破しちゃえば銀級くらい確実になれますよね、マチルダさん」
「それはそうだけれど……」
苦笑しながらレベッカに対して同意して返すマチルダだったが、その同意は本心からのものではなく、理論上はそうだろうという建前からのものなのは誰の目から見ても明らかだった。
はぁー、と息を吐いたアレンの様子から小言が飛んでくることを予期したレベッカが慌てて言葉を続ける。
「大丈夫。勝算がないってわけじゃないから。ほらっ、前に私が来たときに一緒に依頼をこなした金級冒険者のイセリアさんって覚えてるよね。あの人に私が指名依頼を出して、そのお供にレン兄をくっつけるつもり」
「イセリアか」
「うん。金級だから実力は十分だろうし、お人好しっぽかったから私が事情を話せばきっと受けてくれると思うんだよね。前の依頼の時にレン兄ともそれなりにうまくやっていたし、それにレン兄、フォローは得意でしょ。私のあげたマジックバッグもあるから運搬役もできるし」
攻略の戦力としてはあんまりあてにしてないから、とでも言わんばかりのその言い草に顔がひきつるのを感じつつ、普通に考えればその判断は妥当だし、やっぱりレベッカもそれなりの冒険者なんだなと、アレンは妙なところで感心していた。
イセリアを利用する気満々のその態度からは商人の顔はわかりやすすぎるくらいにうかがえてはいたが、それは前回会った時に散々目の当たりにしているため驚きはなかったが。
「でも、彼女は今キュリオに居るんでしょう?」
立てた人差し指を南へと向け、首を傾げるマチルダにアレンがうなずいて返す。
イセリアがキュリオで何をするつもりで残ったのかアレンはあえて聞かなかったが、しばらくしたらライラックに帰ってくるとは聞いていた。しかしアレンがこのドゥラレの町に出発する前までにイセリアはライラックに戻っていなかった。
多少心配ではあるものの、たかが1、2か月程度の話だ。半年経ってもなんの音沙汰もなかったらネラとして全力で移動して様子を見に行ってみるのもいいか、などとアレンは考えていた。
だから無理じゃないか? という視線をアレンとマチルダに向けられたレベッカだったが、その当人も首を傾げていた。
「えっ、さっき宿屋で会ったよ。お久しぶりですって挨拶もしたし」
「マジか。マチルダ、ギルドには来てないんだよな?」
「そうね。もしかしたら私たちが帰った後に町に着いたのかも」
「そうなの? さっすが私、というかエミ姉の幸運のおすそ分けかもね。じゃ、さっそく私お願いしてくるから楽しみにしててねー」
「あっ、おい。まだその案でいくとは……」
「行っちゃったわね」
善は急げとばかりにさっそうと去っていったレベッカに向けて、伸ばされたアレンの腕がなにかを掴むことはなかった。
パタンと閉じられた扉を見つめながら大きく息を吐くアレンの頭を苦笑しながらマチルダが撫でる。柔らかいその手の感触にしばらく癒されていたアレンだったが、小さく息を吐いて気持ちを切り替える。
「それで、実際どうするの? 英雄さんなら銀級ぐらい楽勝よね」
「英雄さんって言うなよ。まあ普通に銀級になるだけなら楽勝かもな。だがダンジョン攻略を功績とするなら油断は出来ねえ。なにせ本当に新規のダンジョンだしな」
「現状12階層までの攻略はされてるわ。詳細な地図となるとまだ5階層までくらいしかないけど」
的確にアレンの欲しい情報を伝えてくれるマチルダに、感謝しながらアレンは考え始める。どうすれば最も安全に早くダンジョンを攻略していけるのかを。
腕を組み、真剣な表情で考え始めたアレンを見つめ、マチルダはふっ、と笑みを浮かべるとアレンに出すためのお茶を用意するためにキッチンへと戻ったのだった。