作品タイトル不明
第7話 レベッカの決意
なんとかしないと、と思ったものの王都にいるエミリーに対して今アレンができることなどない。そのことをもどかしく思いつつも、アレンは目の前で目を細めたまま憮然とした表情をしているレベッカへと頭を下げた。
「すまん」
「わかればよろしい。でもレン兄の話を聞いて納得したし、それなら仕方ないかなって思うから。エミ姉の機嫌もなんとかなったしね」
「えっ、本当か? それはマジで助かる」
アレンの謝罪にあっさりとレベッカが表情を緩めてそんなことを言った。その言葉に救いの神を見つけたというような目をしながら、心底ほっとしたことがわかるほどに胸を撫で下ろすアレンの姿に、マチルダが苦笑しながら問いかける。
「そんなに心配するなんて、エミリーさんはちょっと難しい子なの?」
「うーん、難しいって訳じゃないんだが……なぁ?」
「なんだろう。どんどん人の荷物を背負っていっちゃうんだよね。それが負担になっても他人にはそれを見せないし。エミ姉が本心見せるのって私かレン兄くらいだよね。エリ兄とかジー兄とかにはちょっと一線引いてるし」
「嫌ってるってわけじゃねえんだけど、家族とはいえ年齢が近い異性だしな。その辺が関係してるのかもしれねえな」
エミリーに関する2人の意見を聞きながら、それは難しい子ってことなんじゃないのかと密かにマチルダは考えていたがそれを口に出すことはなかった。将来的に会う可能性も考え、どう対応すべきか考えておいた方が良さそうね、などと考えつつ2人の話を聞いていく。
しばらくして話が一段落したところで、思い出したようにアレンがレベッカを見る。
「そういや、どうやって機嫌を直したんだ?」
「それは、うん。ちょっと希望のある未来を示してあげたというか……」
ははは、とごまかすような笑いを浮かべて言葉を濁したレベッカの態度にアレンが嫌な予感を覚える。雰囲気を変え、ジロリと見つめてくるアレンから視線を少しそらしつつ、パンっと手を打ってことさら明るい笑顔をレベッカは浮かべた。
「まあ、そのための準備が整ったら教えてあげるよ。エリ兄はいいとして、ジー兄にも関係してくることだし」
「ジーンが? よくわからんが勝手に変な約束すんなよ」
「レン兄のした変な約束のせいでこんなことになったんだけどね」
「ぐっ」
あっさりとやりこめられて言葉を詰まらせるアレンの姿に、マチルダが小さくくすくすと笑う。
それに対して頭をかいてごまかしながら、ちょうどいいとばかりに、先日、学術都市国家キュリオに行ったことをレベッカに対して話し始めた。
「……で、学会で検証した内容をジーンが発表したんだぞ。しかもその場で基金を受けるってことまで決定したし。あの学会はジーンのための学会だったと言っても過言じゃなかったな」
とても嬉しそうに、かなりの主観を交えながらアレンが自慢げに話を進めていく。マチルダは既に何度もその話を聞いていたが柔らかい表情のままアレンを見つめており、逆に初めて聞くレベッカは目を見開いて驚いていた。
「ちょ、ちょっと待って。ジー兄が学会で発表? ギデオン様の基金を受ける?」
「そうだぞ」
「えっ、ジー兄だよ。夢想家でダメ人間すれすれの、ちょっと性根叩きなおすために世間の厳しさを学んでこいって叩きだしたのに、本屋に入り浸ってた、あのジー兄なんだよ」
「あー、あったなそんなこと」
信じられない、とばかりに首を左右に振りながらそんなことを言ったレベッカに対して、アレンが苦笑しながら昔を思い出す。
レベッカが行商人としてライラックを離れる少し前のことだが、全然家から出ようとしないジーンにレベッカの堪忍袋の尾が切れて家を追い出したことがあったのだ。
結果としてはレベッカの言ったとおりで、家族以外に唯一の知り合いといえる本屋を頼ったジーンはそこで居候させてもらいながら本を読んで過ごしていた。とは言えレベッカが言うほど悪いことではなく、その対価として写本という仕事をしていたのだが。
結局しばらくして家に戻ってきたのだが、そのことがきっかけで不定期ではあるが写本という仕事をジーンが受けるようになった、アレンにとってはジーンの成長を感じさせる思い出の一つである。
「おまけにエルフの婚約者までいるってどういうこと? なにその子。慈愛の女神様の写し身とかじゃないよね?」
「いや。俺もお世話になったが、フーノはいたって普通の女の子だぞ。それと、お前の発言、割とギリギリだからな」
「いや、だって……」
「相変わらず、ジーンのこととなると頑なだな」
事実を受け止めきれずに難しい顔をするレベッカの頭を、アレンが笑いながらぽんぽんと軽く叩く。むー、と声を漏らしながら、しばらく眉を寄せていたレベッカだったが、ふぅ、と一息吐いて頭を軽く振った。
「信じられないけど、奇跡が起きたんだと信じる事にする。キュリオの学会で学生が発表してギデオン様に認められたって噂話は王都でも聞いていたし」
「へー、王都にまで伝わってるのか」
「まあね。人が集まれば噂も集まるから。距離が離れているから確度は低くなるし、情報は抜け落ちていくけどね。しかしそうなると……」
ニヤッと笑みを浮かべ行商人らしい発言をしていたレベッカだったが、そのすぐ後に腕を組んで考え込み始める。
不思議そうにその様子を眺めているマチルダに、この状態がしばらく続くことを知っているアレンは食事をするように促すと、自らも残っていた食事を食べ始めた。
そして2人が食事を食べ終え、食器の片付けもある程度終わったところでレベッカが腕組みを解いた。
「おっ、考えはまとまったか?」
「とりあえずね。で、レン兄に相談なんだけど、この町にいる腕が良くて料金も良心的な大工さんに心当たりある? 具体的に言うならレン兄の親友のニックさんみたいな」
「うん? ニックなら今この町にいるぞ。この家を建てたのもニックのいるブラント工房だし」
レベッカの言葉の真意を測りかねながらも、アレンが家の中を見回して示しながらそう答える。
「あれっ、ブラント工房ってドラゴンダンジョンの砦を建設してるんじゃなかったっけ?」
「確かに大半はあっちに残ってるな。ニックと若い大工10人弱がこっちに来てるだけだ。なんか上の立場で指示する経験を積んでこいって送り出されたらしい」
「おぉー、ニックさん順風満帆って感じだね。でもラッキー。明日ニックさんのところに連れていってくれる?」
「それは別にいいが、何をするつもりなんだ?」
「うん。私、この町に店を出すからそれを建ててもらおうと思って」
「はぁ!?」
唐突なレベッカの発言に、アレンが声を出して驚く。皿を洗いながら2人の話を聞いていたマチルダも思わず振り返って、見開いた目でレベッカを見つめた。
「店を出すってそれなりの金が……いや、レベッカのことだし用意できてるんだな」
「まあね。王都でもなければそれなりの店が建てられるくらいのお金はあるよ」
「その年でそれだけのお金って、レベッカさん、すごいわね」
「たまたま運よく縁に恵まれたおかげですって。どれだけ貯めても一瞬でダメになることもありますし。商人はハイリスクハイリターンですからね」
笑いながらマチルダに返すレベッカを見ながら、アレンはなぜいきなりそんなことを言い出したのか考えていた。
先ほどまでのレベッカからは、このドゥラレの町に店を出す気など全く感じられなかったのだ。レベッカの性格からして店を出すと決めていたのなら最初からその話をするはずであり、エミリーの件があったとしても、それが終わればすぐに自分から話をするとアレンは考えていた。
それなのにジーンの話を聞いて、そして考え込んだ末にその発言をするということは、どこかでそれを決断したということに他ならなかった。
きっかけはジーンの話にあることは疑いようがなかった。もしかして対抗意識で? と馬鹿なことを思い浮かべ自分で否定したりしていたアレンだったが、ふと視線を感じて顔を上げる。
そこには真剣な表情で自分を見るレベッカの姿があった。
「で、レン兄にもう一つお願いがあるんだけど?」
「なんだ?」
「金級冒険者目指してくれない? 無理そうなら銀級でもいいんだけど」