作品タイトル不明
第6話 来訪の理由
「痛ったー!! レン兄、こういう時はあまりの痛みに崩れ落ちるとか、吹き飛んで床を転がるとかがお約束でしょ」
「いや、どこの約束だよ」
アレンの腹にパンチした手を抱えて涙目になりながら文句を言うレベッカに、アレンがぽりぽりと頭をかきながら苦笑を返す。
いきなりレベッカが訪れてきたことに驚きはしたものの、先ほどまでの嫌な予感が外れたことにアレンがほんの少し息を吐いて安堵していると、その背中に向けて声がかかった。
「アレン?」
「おう、悪い。俺の勘違いだった。うちの馬鹿妹だ」
「馬鹿じゃないからね。あっ、マチルダさん。お久しぶりです。ご結婚おめでとうございます。こんな馬鹿兄ですが末永くよろしくお願いいたします」
「え、ええ」
態度を一変させ、にこやかに微笑みながら祝福の言葉を述べたレベッカのあまりの切り替えの早さにマチルダが戸惑いつつも返事をする。
そんな2人のやり取りを眺めながら苦笑いしていたアレンは、目の前にあったレベッカの頭を少し強めにぐりぐりと撫でた。
「俺には挨拶はなしかよ。まあいいや、とりあえず中に入れ。虫が入ってくる」
「ちょ、レン兄やめてよ。せっかくマチルダさんに会うからって整えてきたのに」
「そこまで準備してるなら、いきなり殴りかかるんじゃねえよ」
やいやいとお互いに文句を言いつつも楽しそうにしながら、2人はマチルダの元へと歩き始める。そんな様子を微笑ましく眺めながら、マチルダはレベッカのためにお茶の用意をしていた。
「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
アレンに促されて席についたレベッカの前に、マチルダがすっとお茶を差し出す。その様子を眺め、続いてテーブルの上に並ぶ食べかけの料理へと視線を向けたアレンがレベッカへと問いかけた。
「そういや、レベッカはもう食事は済ませてきたのか?」
「うん。さすがにこの時間にいきなり来て、ご飯まで用意してもらうほど常識外れじゃないよ」
「いや、いきなり殴りかかる方がおかしいと俺は思うけどな」
「それにはちゃんとした理由があるからいいんですー」
しごくまっとうなアレンの指摘に対して、レベッカはふんっ、と少し不機嫌そうにしながら首を横に振ってみせた。
その態度に、本当に何らかの理由があることはアレンにもわかったが、その理由にはとんと思い至らなかった。レベッカに騙されたり、迷惑をかけられたことはいくつも思い浮かんではいたが。
そんな感じで頭を悩ませるアレンをよそに、レベッカはさっと機嫌を直して斜め前に座るマチルダへと視線を向ける。
「マチルダさん。ご結婚、本当におめでとうございます。こころばかりの品ですが、これどうぞ」
「ありがとう。でもそんな気遣いをしてくれなくてもいいのよ」
「いえ、レン兄をもらってくれて、しかもお 義姉(ねえ) さんになってくれるんですから当然ですよ。あっ、これからマチ姉さんって呼んでもいいですか?」
「ええ、喜んで」
綺麗にラッピングされたプレゼントを渡しつつ、和やかに話を続ける2人を眺めながら考え続けていたアレンだったが、大きくため息を吐くと両手をあげて降参を示した。
その仕草が意味するところを家族であるレベッカがわからないはずがない。しかしレベッカはアレンの方をちらっと見はしたものの、そのまま無視してマチルダとの談笑を続けた。
「マチ姉みたいなお姉ちゃんが欲しかったんです。ほら、レン兄ってどこか抜けてるところがあるじゃないですか?」
「確かに、たまにアレンはうっかりやらかすことがあるのよね。特に自分のことになるとないがしろにしがちだし」
「そうそう、そうなんですよ。こっちのことを考えてくれているってのはわかるんですけど……」
「そんなアレンを心配するこっちの気持ちまで気が回らないのよね」
じとっとした目で2人に見つめられ、心当たりのありすぎるアレンがビクッと体を震わせる。この流れのままで進んでいくのはまずいということを瞬時に理解したアレンは、なんとか流れを変えようと反論を試みることにした。
「お前ら、俺を肴に仲良くなるんじゃねえよ。というかレベッカ。お前にはエミリーっていうちゃんとした姉がいるだろうが」
アレンのその言葉に、ほんの小さくではあるがレベッカの口の端が上がった。マチルダでは気づかないほどの変化ではあったが、それをアレンが見逃すはずがない。
心の内で嫌な予感と言う芽がにょきにょきと成長していくのを感じつつ、アレンはわかってないなぁ、と言わんばかりにため息を吐きながら首を振るレベッカを見つめていた。
「エミ姉は優しいお姉ちゃんだけど、ちょっと天然過ぎて危なっかしいところがあるでしょ。その点マチ姉はしっかり者で包容力がある大人の女性って感じじゃない。胸もおっきいし」
「お前、酒場の酔っ払い親父みたいだな」
「まあ行商人も男社会だからこれくらいはねー。まっ、嫌がる人には言わないくらいの配慮はしてるから。むしろレン兄はもっとマチ姉を褒めるべきだよ。どうせ、言わなくてもわかってるだろ、とか考えてるでしょ。それ、勘違いだからね」
「えっ、マジで?」
驚き、そう聞き返したアレンに、当然といった様子でレベッカがマチルダへと視線を向ける。それにつられるようにアレンもその視線をマチルダに向けた。
2人から見つめられたマチルダは、頬を赤く染めながら少し視線を下げ、恥ずかしそうにちらちらとアレンを上目遣いで見る。
「アレンの考えていることはわかるけど、言ってくれたら嬉しいのは確か、かな?」
普段の大人びた様子とは違う、どこか初々しさを感じさせるその反応に、アレンの心は完全に打ち抜かれていた。
理性の端で、レベッカがここに居るということをかろうじて認識しているからこそ踏みとどまれているものの、それがなければすぐにでも襲いかかっていただろうと思うくらいには。
「すまん。気づかなくて。うまく言葉が浮かばねえんだが、マチルダはいつも綺麗だ」
「ふふっ、ありがとう」
まるでとってつけたかのようにも思えるアレンの褒め言葉に、優しげな表情で見つめ返しながらマチルダが笑う。
まるで2人しかいないかのような甘い雰囲気が広がる中、コホンとレベッカがわざとらしく咳をした。それで正気に戻った2人はお互いに赤くなった顔をうつむかせる。
「はー、新婚は良いですねー。私も誰かいい人いないかなぁ。お金持ちで誠実で、私のことを理解して応援してくれる、そんな人」
「理想高すぎだろ」
「アレンがリジーに似てるって言った意味、少しわかった気がするわ」
テーブルに肘をつけてため息を吐きながらそんなことを言い放ったレベッカとそれに対してツッコミをいれるアレンを見て、マチルダが小さく笑う。
その場の雰囲気が普段どおりに戻り、そしてアレンも先ほどまで考えていたことを思い出した。
「で、結局殴りかかってきた理由ってなんなんだ? お前の反応からしてエミリー関係なんだろ」
「うん。レン兄、エミ姉との約束忘れたでしょ」
「約束?」
「そう。かなり昔のことだけど」
そう言われてアレンは昔の思い出を頭の中で思い起こしていた。
レベッカの姉であるエミリーは、5人兄弟のちょうど真ん中の3番目であり、アレンとは7つ年が離れている。活発なレベッカとは違い、どちらかといえば大人しくわがままなど滅多に言わない性格だ。
孤児院の院長をしていたシスターに感化されて、そのお手伝いを始め、その縁のおかげで現在は王都の教会で修行中の身となっている。
「うーん。エミリーとの約束ねぇ……」
色々と楽しかったり、はらはらした思い出は蘇ってくるものの、約束といわれるとアレンにはぴんと来なかった。
そもそもエミリーが何かを望んでくるということ自体がまれであり、そういったことがあれば優先的に叶えてきたので果たしていない約束などないように思えたのだ。
なかなか思い出さないアレンの様子に業を煮やしたのか、レベッカがヒントを伝える。
「ほら、結婚関係のことだって」
「結婚関係? んー、あぁ、小さい頃に言ってた、将来俺と結婚するってやつか。そういえば結構な期間言ってたよな。確かレベッカと一緒にお嫁さんになってお料理を作るんだって張り切ってたよなー。お前もノリノリだったし」
「ちっがーう! というかそういうの思い出さなくていいから!」
顔を真っ赤にしながら声を張り上げるレベッカの様子に苦笑しながら、アレンは他になにかないかと考えてみたが、これといって該当しそうなものは思い浮かばなかった。
はぁ、はぁ、と息を整えていたレベッカも、アレンのその様子にこれ以上の問答は無駄だと結論を出し、大きく一度息を吐くと答えを話し始めた。
「レン兄が結婚する時には、教会の代表としてエミ姉が立ち会うという約束をしたって聞いたけど、思い当たることない?」
「うーん、そんな約束した覚えは……あっ!」
「あるんだね」
レベッカに聞いた正解のことを考えつつ、思い返していたアレンの脳裏にある記憶が引っかかる。
じとー、とした視線をレベッカに向けられつつも、アレンはそれを否定するかのように首を横に振って話し始めた。
「いや、確かにそんなことは言われたが、孤児院の院長のばあちゃんにシスターは立会人にはなれないって教えられて、泣いたエミリーを慰めるためにお菓子を奮発しただけだ。というかそもそも無理なんだから約束になってねえだろ」
「エミ姉の中では違ったんだよ。レベッカ、今、私は神に信仰心を試されているのです。こういった試練を乗り越えてこそ、本当の神に仕えるに値する者となれるのだと。そう、きっとこの先には……どうしましょう、私には無理かもしれません。うぅ、アレン兄様、結婚はおめでたいことですが、やっぱりひどいです。約束を破って勝手に結婚するなんて、とか言われて、すがられた私の身になってよ!」
話の途中で、いきなり両手を胸の前で組んで物まねを始めたレベッカの姿に、アレンの顔が、さっと青くなっていく。姉妹だからこそ特徴を捉え、そして面影もあるためアレンの脳裏にはありありとそう言って嘆くエミリーの姿が浮かんでいた。