作品タイトル不明
第4話 ギルドからの打診
しばらくライラックを離れてみようかと思うの、その言葉がアレンの頭の中で繰り返される。しかし衝撃を受けたアレンはその意味を全く理解できなかった。
ピシッ、と石のように固まるアレンの姿に、マチルダが慌てて言葉を繋ぐ。
「アレンのことが嫌いになったからとか、そういうのじゃないから」
「……ふぅ、すまん。とりあえず水を飲んでいいか?」
「ええ、私のもお願い」
心の底から湧き出たようなため息を吐き、アレンがその表情を和らげる。そしてマチルダから離れるとキュリオからもってきた魔道具の蛇口から水を2つのコップに注いでいく。
ちらりと作りかけの料理へと目を向け、そしてそこから視線を切ってアレンはマチルダの元へと向かっていった。
先に椅子へと座っていたマチルダへとアレンはコップを差し出し、自分もその対面に座ってぐいっ、と一飲みで水を飲み干した。そして一度大きく息を吐き、だいぶ心が落ち着いたアレンはちびちびと水を飲んでいるマチルダへと聞いてみることにした。
「じゃあ事情を話してくれるか?」
「そうね。この間、麓の村付近の森でダンジョンが発見されたでしょ」
「あぁ、『流れ雲』のカールが見つけたやつだな」
いきなり矢を射掛けられたことや、アレンを荒ぶる森の精霊と勘違いして号泣するカミアノールのことを思い出しアレンが苦笑する。
カミアノールと会ってしばしの間一緒に旅をし、その時に新たなダンジョンを発見したことを聞いたとアレンからマチルダは聞いている。しかしその時一緒に聞いたライオネルと仲直りしたという事実の方へと話題の中心は移ってしまったので詳細は知らなかった。
そのため、なぜアレンがそんな表情をするのかわからずにマチルダは少し首を傾げ、しかし今はそれよりも重要な話があると気持ちを切り替える。
「そうよ。で、元ギルド職員のアレン君。ダンジョンが発見されたら冒険者ギルドがやるべき仕事は?」
ピッ、と一本指を立てて、からかうような口調で聞いてきたマチルダに、アレンが口の端を少し上げ、そして当然知っている答えを返す。
「適正な管理だろ。ってまさか?」
「そうね。麓の村、今後はドゥラレの町って呼ばれるようになるそうだけれど、そこに新たな冒険者ギルドが出来るわ。そこの窓口の統括をして欲しいって打診があったのよ」
「俺は反対だ。新しいダンジョンに新しいギルド。何が起こるかマチルダもわかってるだろ?」
珍しくアレンが厳しい口調でマチルダにそう問いかける。真剣な表情の中に心配の感情を滲ませながらじっと見つめてくるアレンの姿に、マチルダは柔らかく微笑み返しながら首を縦に振った。
アレンが危惧していることはマチルダも十分に承知している。なにせ冒険者ギルドの職員として過ごしてきた時間はマチルダの方が圧倒的に長いのだから。
冒険者ギルドは現在、国の主要な街やダンジョン付近の町など全てに支部が設立されている。もちろん小さな町や村などにはないが、付近の冒険者ギルドがその地域を取りまとめることで全域をカバーしていた。
だから新たな支部が設置されるなど滅多にあることではない。とは言え今回のようにダンジョンが発見されたり、時代の隆盛により町の規模が大きくなったなどの理由で設立されることはあった。当然そこで起きたこともギルドには情報として蓄積されていた。
新たなギルドが設立された場合、当然のことながら周辺のギルドから職員が派遣される。当然全員がそうというわけではなく、新設のギルドの職員の半数近くは新人だ。そもそも他のギルドにしても決して人員に余裕がある訳ではないので当たり前のことだが。
つまり新人を指導しつつ、通常の業務を行う必要があるということになる。いくらベテランの職員であろうともその負担は決して軽くない。
だがそのことはアレンが強く反対する理由ではなかった。
問題となるのはその新たな支部に集まる冒険者の質だった。
基本的にダンジョンを主戦場とする冒険者たちは決まった場所を拠点としている。というよりも入るダンジョンを決めていると言った方が良いかもしれない。
ダンジョンというのは、モンスターが出現し、罠も存在する。そんな危険な場所なのだから経験を積み重ねながら安全に稼ぎを増やしていくというのが一般的だった。
逆に言えば、ダンジョンのそばに出来た新しい冒険者ギルドへとやって来る者はそういった危険を省みない者、何らかの理由により疎外され出て行かざるを得なかった者、新たなギルドの顔役となるべく野心を抱く者などトラブルの原因となるような者が多いのだ。
もちろんダンジョンが近くに出来たのを機に、新たに冒険者となるべく集まってくる新人たちも少なくない。そういった者が交わればどうなるのか、アレンの脳裏には嫌な想像しか浮かばなかった。
わかってくれ、と願いつつマチルダを見続けていたアレンだったが、その表情が変わらないことに大きくため息を吐く。
本当はアレンもわかっていたのだ。この話を始めた段階でマチルダの意思は既に固まってしまっていることを。それでもなんとか出来ないかと考えたわけだが、愛したマチルダは容易に意思を曲げるような女性ではないと誰よりもアレンが良く知っていた。
「仕方ねえな。適当に知り合いに声をかけとくけど期待するなよ?」
「それって……」
「心はもう決まってるんだろ。だったら背中を押して支えてやるってのが夫である俺の役目だ。まあどこまで力になれるかは……」
アレンの言葉が中途半端なところで途切れる。机に身を乗り出してアレンを引き寄せ、強引にマチルダがその唇をふさいだからだ。
その熱い感情のこもった熱烈なキスに驚きつつも、アレンはそれを受け入れる。次第に甘い雰囲気へと変わっていく中、2人の唇が離れる。お互いに艶の含んだ顔を見合わせ、そして2人の想いが頂点へと達する直前、マチルダのお腹が、キューと可愛らしい音を立てた。
「ぷっ、ふはははは」
「なによ、笑うことないじゃない。仕事して疲れてるんだから!」
別の意味で顔を真っ赤に染めたマチルダが、ぽかっ、と腹を抱えて笑うアレンの頭に拳を落とす。当然のことながらアレンには全くダメージはなかったが、それでもなんとかアレンの笑いを止める効果はあった。
「んっ。じゃあ料理の仕上げしちまうな。最近マチルダがお気に入りのピーナスの酢漬けも用意してある……ぷっ」
「はいはい。ありがとう」
思い出し笑いをしつつ料理の仕上げへと向かうアレンの背中を眺めながら、不貞腐れた顔をしながらゆっくりとマチルダが椅子へと座る。
ときおり体を震わせながら料理をするアレンの背中になにか投げてやろうかしら、とそんなことを考えつつマチルダは音を立てて不平を告げる自分のお腹へと視線をやり苦笑いを浮かべたのだった。