軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話 2人の結婚

ギルドを出たアレンとマチルダは大通りをしばらく歩くと、町の中心部に建設中の大きな屋敷の近くにある一軒の家へと入っていった。

アレン自身がライラックのダンジョンで調達したトレント材を使用して造られたその家は普通の木材を使用して造られた新築の家のような匂いはしないものの、その傷一つない床や壁などは、これから歴史が刻み込まれていくのだという過程を想像させるものだった。

リビングに置かれたアレンお手製の、素人仕事とは思えない出来のテーブルと椅子のセットへとマチルダを連れて行ったアレンは、軽く口づけをしてからマチルダを椅子へと座らせ、自身はそのまま併設されたキッチンへと向かった。

それなりの大きな家であるため、本来ならキッチンは別の部屋になるはずだったのだが、大工に頼んでわざわざリビングが見える場所に作られたそれは、アレンのお気に入りの場所だった。

「ちょっと待っててくれよ。すぐに仕上げしちまうから」

「悪いわね」

「気にするなって。ただ依頼をこなしている俺より、新しいギルドで窓口の統括をする方が大変だろ」

先ほどギルドにいた時とは違い、笑顔でありながらもどこか疲れを感じさせる表情でアレンを眺めるマチルダへ、サラダにするべく切る直前だった野菜を掲げてアレンが応える。

テーブルに肘をつき掌の上にあごをのせながら、アレンが料理をするトントンという音に包まれたマチルダは、視線を外すことなくアレンの背中を幸せそうに眺め続けていた。

学術都市国家キュリオから帰り、すぐに冒険者ギルドへと行ってマチルダへプロポーズをしたアレンは、その翌日マチルダの両親、そしてライラックの街にいる唯一のアレンの家族であるエリックに結婚することを伝えると、2人だけで街の教会へ行き正式な夫婦となる契りを交わした。

そして教会で受け取った婚姻証を中央の役所へと提出に行く道中、2人の手はしっかりと繋がれ、その表情は幸せに満ち溢れていた。街行く人が、微笑ましそうに表情を緩めるくらいに。

「あとはこれを提出すれば晴れて夫婦って訳か。思ったより簡単なんだな」

「領主様を始めとした高位貴族の方や、大商人なんかは大々的に行うけど、庶民はこんなものよ」

アレンが教会で発行された婚姻証を眺めながらそんな感想を漏らすと、それに小さく笑い声をもらしながらマチルダが答える。

実際アレンの手元にあるその婚姻証は、普段冒険者ギルドなどで使用している紙に比べれば白くて厚く、多少の高級感はあるものだった。

しかしその紙にはアレンとマチルダの名前、そしてその結婚の宣誓に立ち会った神父の名前とともに「2人の結婚をここに証する」と書かれているだけなのだ。白いからこそ、文字の書かれていない空白にアレンは自然と目がいってしまっていた。

そんなアレンの視線に気づいたのか、マチルダが付け加える。

「ちなみに寄付金額によって宣誓時の内容や、婚姻証も変わるわよ」

「うわっ、世知辛ぇ」

「そんなものでしょ。組織を運営するにはお金が必要なのよ」

当然とばかりの顔でそう言い放ったマチルダを見ながら、確かに神様が金を恵んでくれる訳がねえしなぁ、と妙なところで納得していたアレンだったが、しばらくしてふと疑問を抱く。

本当に良かったのかと。

アレンが教会に支払った寄付金額は、普通の街の方が払われるのはこのくらいです、と教会で案内をしてくれた助祭に教えられた金額だった。

その時は特になにも考えず、へー、そんなもんなのかと気持ちばかり上乗せした金額をアレンは支払い、それに対してマチルダもなにも言わなかったのでそのままスルーしてしまったのだが、金額による違いがあると知ってしまった今、もっと支払って特別なものにするべきだったんじゃあ、という思いがわきあがってきたのだ。

隣を歩くマチルダの姿をアレンがうかがう。その姿は幸せに満ち満ちており、ずっと恋していたアレンからしても一段と美しくなっているように感じられた。不満には思ってなさそうだよな、と考えつつ眉を寄せるアレンの姿に、マチルダが首を傾げる。

「どうしたの?」

「いや、あの……な。もっと寄付する金額を上げて特別な感じにした方が良かったかな……と」

その想いを口にするべきか少し迷って言葉に詰まり、しかし隠しごとはしたくないと正直にアレンが胸の内をぶっちゃける。

その不安をうかがわせる表情を眺めながらキョトンとしていたマチルダだったが、すぐに手で口を押さえてふふっ、と笑い始めた。思わぬ反応に、困り顔をするアレンの繋いだ手が先ほどよりもしっかりと握り返される。

「私、幸せよ。だからそんなことで心配しないで。だって、私にとって大事なのはどんな風に結婚したかなんかじゃなくて、誰と結婚したかなんだから」

そう言って身を寄せたマチルダを受け止め、それに対してうまく言葉を返すことができないことを申し訳なく思いながら、アレンは幸せを噛み締めた最高の笑顔を見せて手を握り返すことでそれを伝えるのだった。

中央の役所へと婚姻証を提出して夫婦となったアレンとマチルダは、当然のことながら一緒に暮らし始めた。その場所はアレンの家である。

ギデオンから、イセリアの近況報告をメルキゼレムへとするという極秘の依頼をされ、それを渋っているうちにいつの間にか所有権の半分をアレンがもつことになったライラックにあるギデオンの屋敷に住むという選択肢もないわけではなかったが、2人はそんな選択をしなかった。

ただマチルダの私物で、アレンの家に入りきらなかったり、使わないと思われるものについてはギデオンの屋敷の一室に置かせてもらっていたが。

そうして始まった2人の生活だったが、初日を除けば、それはとりたてて刺激的といったこともなくおだやかなものだった。

元々、付き合っていた当時からマチルダはアレンの家へと出入りしていたこともあったし、なによりアレンもマチルダも穏やかな日々が十分に幸せだったからだ。

朝、起きた時に交わす挨拶であったり、一緒に食べる食事、街を一緒に散策しながらする買い物など何気ない日常を過ごしながら、2人は愛を確かめ、深め合っていく。

イセリアがいないこともあり、アレンはダンジョンの奥へ向かったり、遠くに出かけるような依頼を受けることもなく、マチルダも進んで手を上げてくれた同僚に仕事の手助けをお願いしたりして仕事を早く切り上げ、少しでも多くの時間が過ごせるようにとそれぞれ努力していた。

それで得られる時間などほんの僅かに過ぎないのだが、それでも2人にとって、それは大切な時間だった。

そんな日々が半月ほど続いたある朝、明かり取りの小窓からほんの僅かに差し込む日差しに目を覚ましたアレンは、ベッドから起き上がることなく視線を隣へと向ける。

そこには穏やかな寝息をたてながら微笑むようにして眠っているマチルダの姿があった。目を細めにこりと微笑みながら、アレンがその寝姿を見守る。

軽くウェーブした明るめの茶髪が一筋目元にかかっているのを、アレンがそっと流して整えてやる。そのことに少しくすぐったそうにしながらも、マチルダはまだ目を覚まさなかった。

アレンはその反応に微笑み、幸せを噛みしめながらマチルダを眺め続ける。今は閉じられている澄んだ瞳を、筋の通った綺麗な鼻筋を、そして柔らかな唇を。

そしてその視線が毛布からのぞくなめらかな首筋や華奢な肩へと向いてしまったところで、慌ててアレンは視線を元に戻す。自分の中でむくむくと目覚める本能に対し、何とか理性で打ち勝とうと深呼吸をしていると、その音に反応したのかゆっくりとマチルダの瞳が開いた。

「んんっ、アレン?」

寝ぼけているからか、いつもよりかなり幼さを感じさせるその呼びかけにアレンは応えようとした。しかし……

「ふふっ」

小さく笑いながらマチルダがアレンの腕を抱き寄せたことで言葉を発することさえ出来なくなっていた。腕全体に伝わる温かな体温、そして柔らかさに理性が溶けていくのを自覚しつつも、それを拒否することなどアレンにはできるはずもなかった。

「マチルダ」

「……」

アレンが熱を帯びた声でマチルダへと優しく語りかける。マチルダからの返事はなかったがそのままアレンは本能のおもむくままに動き出そうとし、そしてアレンの腕に絡みついたまま幸せそうな表情で眠るマチルダの姿を見つけてため息を吐いた。

「そんな顔されちゃあ、なにも出来ねえよな」

アレンは苦笑いを浮かべながらそんな愚痴ともつかない言葉をもらす。

そしてマチルダが自然に目を覚ますまで、刺激され続けて今にも暴れだしそうな本能とアレンのなけなしの理性の絶望的な戦いは続けられたのだった。

その日は依頼を受ける気分にもならず、ギルドへと出勤したマチルダを見送った後、アレンは自宅の掃除を行い、その後はギデオンの屋敷の手入れをしながら過ごした。

ギデオンの屋敷は大きく、通常であれば使用人複数によって管理するようなものなのだが、そういったことに無頓着だったギデオンによって放置された屋敷は、帰ってきて最初に入った時はそれなりに酷い状態だった。

アレン自身、キュリオへの出発前に商人ギルドに10日に1度の風通しを依頼していたため、てっきりギデオンもそうしているのだろうと思っていたのだが、その推測は完全に外れていたわけだ。

まあ実験器具などが様々な場所に置かれているため、素人には危険だからという理由で依頼しなかったのかもしれないと、アレンは現在では好意的にとらえることにしていた。

既に掃除などをなんどか行っていたこともあり、簡単な風通しと掃除程度でそれを終え、家へと戻ったアレンは疲れて帰ってくるであろうマチルダのために料理を作っていた。

そしておよそアレンの予想通りの時間にドアが開けられ、そこからマチルダが家の中へと入ってくる。

「おかえり。今日もお疲れ様」

「ええ。ただいま」

アレンを見つめ、少し動きを止めてそう返事をした、たったそれだけのことでアレンはマチルダの様子がいつもと明らかに違うことに気づいた。そしてその理由がそれなりに重要なものであることにも。

仕上げに入っていた料理の手を止め、アレンがマチルダのそばへと寄る。そして視線を揺らして迷いを見せるマチルダをそっと抱いた。

アレンの胸の中でもぞもぞと動いていたマチルダだったが、しばらくしてその動きが止まる。そして顔を上げ、優しく見守るアレンの瞳をじっと見つめて口を開いた。

「アレン。私、しばらくライラックを離れてみようかと思うの」