作品タイトル不明
第38話 学会
大講堂。
それは7階建ての賢者の塔の5階に存在する、ワンフロアほとんど全てを使われた講堂である。最奥の半円状の舞台を底にして、すり鉢状に千を越える座席がその舞台が見やすいように配置されていた。
現在、その座席の全ては人で埋め尽くされており、その人々の視線は真っ直ぐに舞台の中心に立つひょろっとした若い男性へと注がれている。
この大講堂が使われるのは特殊な事柄を除けば、年に1度の学会のみである。そしてその学会で発表するのはこの学術都市国家キュリオに数多いる研究者の中でも選りすぐりの者である。
まだ20歳程度の若い、しかも学生が発表を行うなど滅多にないことなのだ。しかしそれを感じさせないほど、その若い男性、ジーンは堂々と自らの研究について発表していた。
「これら300回の試行から誤差と思われるデータを省いた時、ステータス上昇値が6つのパターンに分かれました。さらにこのパターンをステータス上昇値の合計が高い順に並べると面白いことがわかります」
ジーンがそう言うのに合わせて、舞台の奥にいた学生らしき男女2人が壁面に掲げられていた巨大な紙を1枚めくっていく。その瞬間、会場の中からどよめきがあがった。
そこにはステータスの項目とステータスの上昇パターンが表形式で書かれており、その表に書かれた数値の中で6つが赤い丸で囲まれて強調されている。それをちらりとジーンは眺め、そして観衆へと向き直った。
「ここで注目すべきは赤丸で囲んだ以外の部分です。赤丸の部分以外はその下段の数値と全く同一であることがわかります。検証の条件、そしてこれらの結果から考えて、ステータス値の上昇が行動以外のなんらかの法則に影響を受けていることは疑いようがありません」
ときおり目を落としていた原稿を完全に閉じ、ジーンが少しだけ息を吐いて間を取る。そしてその真っ直ぐな視線を会場へと向けた。
「最初に話したとおり私が提唱するステータスアップに係る確率による補助数値が存在するのであればパターンが6つに収束した今回の結果は妥当なものであると言えます。ただ今回は単一の条件による結果からの推察であり、性別、年齢、レベル帯など様々な条件を変更した場合などの多方面からの検証が不足していると言わざるをえません」
そこまで言い終えて、ジーンがその表情をわざと崩す。
「だから予算をもっとください」
そのあけすけな言い様に会場が笑いに包まれる。その反応に少しほっとした様子を見せたジーンが再びその表情を真剣なものへと戻す。
「私たちの研究は直接お金を生み出すものではありません。しかし真理の探究というのはまた違った価値があると私は信じます。このステータス値の上昇に係る法則の解明もその1つです。いつかこの場にて最良の形で再び発表が出来ることを願い、今回の発表を終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました」
ジーンがそう言い終えた瞬間に拍手が鳴り響き、そしてそれにつられるようにして会場中の人々がジーンへと拍手を送る。まだ若く、そして発表自体も研究途上というものであるが、堂々とそして信念を持って話すその姿に素直な賞賛を送ったのだ。
会場中から届く体に響くような拍手の渦を受けながらも動揺することなく、ジーンは真っ直ぐに視線を向け、そして礼をして舞台から降りていく。
そんな様子を会場の自由席の最前列の真ん中に座るアレンは少し涙ぐみながら精一杯の拍手を贈って見守ったのだった。
昨日マチルダへと贈る指輪を買い、うきうき気分で家に帰ったアレンだったが、ジーンはそこにいなかった。
ジーンが自発的に出かけるなんてありえない、と一瞬焦ったがテーブルの上に載るメモを見つけて読み、安堵した。そこには発表の準備のために研究所へ行ってくるということがジーン自身の文字で書かれていたからだ。
とは言え、脅されて無理矢理書かされたというような万が一のことを考えて一応アレンは研究所に本当にジーンがいるのかこっそり見に行き、安全の確認はしていたが。
そして食事を差入れに行った時に、その日はそのまま研究室に泊まることを聞いたアレンは内心安堵していた。
ジーンの発表を出来るだけ良い席で聞きたいが、アレンが持っているのは自由席のものであり、早く入った者から好きな席へと座ることができる。だからなるべく早く会場へと向かいたいが、当日朝にジーンを送り出してからではどうしても遅れてしまう。
どうすれば一番良いのか、そんな風に悩んでいたことが思わぬところで解決したためだ。
その後、アレンは再び街をぶらついて、ドワーフの女性と約束した掘り出し物の酒でもないかを探し、夕方にマチルダへと贈る指輪を受け取りに行って思ったとおりの効果が発揮されたことに喜んだりした。
そして家に戻り、少し身なりを整えた上で夕食を作ってジーンに差入れに行くとその足で賢者の塔へと向かった。もちろん学会が行われる大講堂の自由席の中で良い場所をとるために、徹夜で並ぶために。
すでに2人ほど前に並んでいたが徹夜で並んだおかげで無事に良い席を得たアレンは舞台の正面という非常に良い席で朝から続く発表を聞き続け、そしてついに午後2番目のジーンの発表を聞くことが出来た。
今まで聞いてきた発表も興味深いことばかりだったが、やはりジーンの発表が一番良かったな、などと兄馬鹿全開の感想を抱きつつ、アレンはその後も他の発表を聞き続ける。
出来ることならすぐにでもジーンを褒めてやりたいという思いはあるものの発表者は舞台に最も近い場所に席があり、さらには自由席と指定席の間には仕切りが置かれており行くことは不可能だった。
それにジーンなら他の者の発表を絶対に集中して聞いているから邪魔になっちまうしな、とも考えていたが。
1人につき50分の発表時間とその合間の10分の休憩という流れで学会は進んでいき、そして昼の1時間の休憩を挟んで9人が発表を終えた。午前8時から始まったため、現在は既に午後6時である。
アレンの周囲の席に座っていた面々は、途中でほとんどが入れ替わってしまったため最初から最後までずっと見ていたのはアレンの他に数人といったところだ。
面子は変わっても相変わらず満席の大講堂の中で、アレンは少し首を傾げていた。
「じいさん、発表するんだよな?」
入り口でもらった発表者の名前一覧の書かれた紙を眺め、そこにギデオンの名前がないことを再確認したアレンが頭に疑問符を浮かべる。
アレンの手元にあるリストに書かれていた人物の発表は先ほどまでで全て終わっていた。外部の研究者だから名前の記載がないとか、そういった慣習でもあるのかとアレンは推理していたのだが、先ほどの発表者が別の街で研究をしているという自己紹介を行ったことでその推測は崩れていた。
しばしそんなことを考えつつアレンが待っていると、10分間の休憩の終わりを告げるチーンという甲高い音が大講堂の中に響いた。先ほどまでよりどこか熱を帯びていたざわめきが徐々に静まっていく。
通常ならここで発表者が登壇するのだが、出てきたのはドレスを纏った美しいエルフの女性だった。そして舞台の中央で立ち止まった彼女が涼やかな声を響かせる。
「さて、今年の学会のとりを務めていただきますのは、救王の薬師として有名なライラック王国特級薬師ギデオン様です。ギデオン様には特別講演として『ダンジョンにおける薬草採取の場所による効能の変化、及びモンスターによる影響の可能性について』を語っていただきます。それではギデオン様、よろしくお願いいたします」
そう言い終えた女性が去るのと入れ替わるようにギデオンが舞台上に姿を現す。すると今までとは比べ物にならないほどの盛大な拍手が会場中から贈られた。
その様子に驚きつつも、アレンも空気を読んで拍手を続ける。その頭の中は今得た情報を整理するためにフル回転していた。
そんなアレンをよそに、当然のようにその拍手を受け止めながら舞台へと立ったギデオンが会場を見回して小さく首を縦に振る。するとそれが合図だったのか拍手が一斉にやんだ。
「こほん。ギデオンじゃ。大層な紹介をしてもらって悪いんじゃが、儂はただの薬師で研究者じゃよ。まあ昔、王子の病を治したおかげで研究費を気にしたことはないがのぅ」
自慢のようにも聞こえかねないその言葉の内容にもかかわらず、会場は笑いに包まれている。ギデオンの話しぶりにそういった驕りなど全く感じられなかったからだ。
「さて、さっそくじゃが話に入らせてもらおうか。あまりぐだぐだしておると眠る者がでかねんしの。今回儂が話させてもらうのは……」
そういった冗談を飛ばして会場の様子を眺めつつギデオンが説明を始める。それを聞いていたアレンの感想はうまいな、というものだった。
ギデオンの研究内容については、行きの馬車の中などでさんざん話したことをまとめたものであり、アレンにとっては既知のことであったが非常にわかりやすくまとめられており、さらには会場の様子を窺いながらその発表の内容や話しぶりをギデオンは変えていたのだ。
明らかに多人数に対して話すことに慣れている。それを十分すぎるほどにアレンは感じ取っていた。
(じいさん、すげえ人だったんだな)
本来ならば、周囲できらきらとした目でギデオンを見つめている人々のように尊敬すべきなのかもしれないと思いつつも、アレンにはそうすべきとは思えなかった。
今までギデオンと接してきて、その性格的に今のさっぱりとした付き合い方を望むだろうなとアレンは予想したのだ。
アレンの聞かされていない新たなギデオンの憶測なども交えて語られたその講演はあっという間に過ぎていき、そしてついに内容的には終わりにさしかかった。
「もしかするとドラゴンの住処の付近にしか生えない特殊な薬効を持った植物も、元はただの薬草であった可能性もあるのじゃ。ドラゴンを手懐けて、付近に薬草を植えればがっぽり儲けられるかもしれん。その時は発案者として儂にも一枚かませるんじゃぞ」
最後の部分だけひそひそ話をするかのような口調で伝えたギデオンの様子に、再び会場が笑いに包まれる。そしてその様子に満足したかのように会場を見回していたギデオンが、アレンの方を真っ直ぐに見つめながらニヤリとした笑みを浮かべる。
視線は合っているが俺を見てるんじゃねえよな、と少し嫌な予感を覚えつつアレンが様子をうかがっていると、ギデオンが縦にゆっくり頭を振り、そして口を開いた。
「さて、儂の講演はこのあたりで終わりじゃ。そして終わるにあたり1つ、研究者の皆に伝えたいことがある。幸いにも儂はこれまで研究費に困ったことはない。しかしそれが特殊なことであることは十二分にわかっておるつもりじゃ」
ギデオンの突然の話題の変化に戸惑いつつも、会場の皆がその言葉に耳を傾ける。確かにあの金への無頓着さを考えるとその通りだよなと、考えつつアレンもその言葉の続きを待った。
「だからこそ儂はここに素晴らしい研究者に対する助成を行う基金の設立を宣言する。そしてその第1号として、本日若くして学会で発表を行うという偉業を成し遂げたジーン君を選びたいと思う」
ギデオンが最前列に座っていたジーンに向かって手招きをし、少し挙動不審になりながらもジーンが舞台へと上がっていく。
舞台の上でギデオンとジーンがお互いを見つめる。一方はにこやかに、もう一方は顔を緊張で強張らせながら。
「儂の援助の申し出を受けてくれるかね?」
そう言って差し出された手をジーンは見つめ、そしてごくりと唾を飲み込んでその手に自分の手を重ねた。
「はい。ありがとうございます。ギデオン様の期待に沿えるよう必ず研究を成し遂げてみせます」
両者は力強く握手を交わし、その瞬間会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれたのだった。