作品タイトル不明
第39話 研究の理由
ギデオンとジーンを舞台上に残したまま、ギデオンを紹介したエルフの女性が再び現れ、学会の終わりを宣言した。
学会が終わったらジーンと一緒に帰ろうと思っていたアレンだったが、そのまま3人が舞台袖に消えていく姿にそれが無理そうだと悟る。
発表の感想を伝えたり、頑張ったなと褒めたりしたかったのだが、基金の発表に盛り上がった会場の様子を見るに現状では当事者であるジーンが素直に帰れるとは思えなかったからだ。
しかたなくアレンは熱気冷めやらぬ会場を一人後にする。いつもなら既に薄暗くなっている時間なのだが、学会の当日ということもあり、通りは魔道具の灯りによって明るく照らされていた。
そして冒険者や兵士といった警備らしき人員がところどころに配置されていることに少しほっとしながらアレンは家へと戻ると、もしかするとジーンがお腹を空かせて帰ってくるかもしれないと料理を始めた。
料理を始めて1時間ほどが経過し、今日はもう賢者の塔に泊まるのかもしれないとアレンが考え始めたころ玄関がコンコンとノックされた。
ジーンか? と一瞬笑みを浮かべたアレンだったが、すぐにノックするのは不自然だと気づく。こんな遅い時間に誰が、と思いつつアレンが近づいていく。
「おい、アレン。いるんじゃろ?」
「んっ、じいさんか」
扉越しに聞こえてきたどこか疲れを感じさせる声に、ギデオンがそこにいると理解したアレンが玄関の扉を開ける。そしてギデオンと妙齢のエルフの女性に肩を貸され、真っ赤な顔でぐったりしているジーンの姿に目を見開いた。
「おい、大丈夫か?」
「んー。あっ、兄さんだー」
いつもの表情のあまり変わらない姿とはうってかわって、アレンを見つめながら、にへらーとジーンがとろけるような笑みを浮かべる。
そのままアレンへと近づこうとジーンはギデオンたちの肩から手を抜き、そしてそのままふらついて崩れ落ちそうになったところを慌ててアレンが受け止める。
「うおっ、酒くさっ!」
ジーンの全身は熱でもあるんじゃないかと思うほど熱くなっており、その呼気からはアルコール特有の匂いが漂っていた。
ジーン自身が酒を好んでいる訳ではないことを知っているアレンは、ギデオンへじろりとした目を向ける。
「じいさん、若い奴をこんなになるまで飲ませるなよ」
「いや、ジーン君が自ら飲んだんじゃよ。まあ、儂らに責任がないかといわれればそうではないがのう」
苦笑しながらそう答えたギデオンから視線を外し、もう一人のエルフの女性へとアレンが視線を向ける。その女性は学会でギデオンを紹介したり、学会の終わりを告げるために舞台上に立った本人だった。
アレンの視線を受けた女性は、特に言葉で否定するでも肯定するでもなく柔らかな笑みをアレンに返す。
それを受けたアレンは、ふぅと短く息を吐くと、もたれかかっているジーンをゆっくりと抱き上げた。
「とりあえず2人とも中に入って休んでいてくれ。ジーンがこんなんだし、腹が減っていたらテーブルの食事を食べてもいいから」
そう言って2人を中に入るように促すと、アレンはジーンを抱きかかえたまま寝室へと向かった。
お姫様抱っこの状態で運ばれていたジーンが、あまり焦点の合っていない瞳でアレンを見つめる。
「ねえ、兄さん。僕、ついにやったよー」
「おう、見てたぞ。すげえ立派だった」
アレンの返しに、ジーンが嬉しそうに目を細める。そして少し頭を揺らしながら言葉を続けた。
「ギデオン様が研究費を出資してくれるって。だからもう兄さんが馬鹿にされることがなくなるんだー。レベッカに絶対に無理って言われてたけど、やっぱり可能性は0じゃなかったでしょ」
「あー、そうかもな。まあお前の努力があったから出来たんじゃねえか?」
文脈が全く繋がらず、ジーンの言いたいことのほとんどがわからないながらも、アレンは笑顔を浮かべてうなずいて返した。
それを見て満足したように笑ったジーンのまぶたがゆっくりと落ちていく。
「兄さんのおかげだよー。僕にとって兄さんは……」
眠気に負けたのかジーンのまぶたが完全に落ち、すうすうという柔らかな寝息が聞こえる。最後はまるで呟くような小さな声で告げられたその言葉を、アレンはしっかり聞き取っており、自らの胸の中で昔のように無防備な姿で眠るジーンにそっと伝える。
「逆に俺は、お前を誇りに思うよ、ジーン」
そう言って口の端を上げたアレンは、寝室の毛布の上にジーンを寝かせ、そしてそれごとジーンを再び抱えて戻るのだった。
アレンが元の部屋へと戻ると、そこではギデオンとエルフの女性が和やかに食事をしていた。
そのことに少し苦笑しながらアレンは運んできたジーンを部屋の隅へと寝かせ、足を組み替えたり、マジックバッグから取り出した携帯用の毛布などを使ってジーンの体勢が横向きになるように調節する。
仰向けに寝かせた場合、自分の吐いたもので喉を詰まらせる可能性があるというのは冒険者の間では有名な話だ。医療的に進んでいると言うわけではなく、そういった経験者が多いというだけだが。
すやすやと眠るジーンの顔を眺めてアレンは少し息を吐き、そして立ち上がるとギデオンたちの座るテーブルへ向かい、ジーンの姿が視界に入る席へと腰を下ろした。
「慣れていますね。あれは非常に合理的な体勢です」
「あっ、ああ。まあ冒険者は無茶な飲み方をする奴が多いから、そういった対応には慣れてるけどよ」
突然エルフの女性に話しかけられ、動揺するアレンの姿にギデオンが、くくっと笑いをもらす。それを聞きとがめたアレンがじとっとした視線をギデオンへと向け、この女性について紹介するようにと瞳を動かした。
ニヤリと笑ったギデオンがわざとゆっくり咀嚼する姿にイラッとしながらアレンが待っていると、ごくりと喉を鳴らしてギデオンが口の中を空にする。そして再びフォークを料理へと突き立てようとした瞬間にその手をアレンが掴んで止めた。
「じいさん、わかってやってるだろ!」
「いやー、アレンの料理がうまいからつい、な」
「確かに美味しいですね。ヴェルダナムカの調理法も取り入れているように思えますが、エルフの知り合いでも?」
「あー、まあ数人な。料理を教えてくれたのはセリオノーラって奴で、話を聞いただけだから正式なもんじゃねえと思うけど」
あまりにもマイペースなその女性の話しぶりに毒気を抜かれながらアレンがその質問に答える。その様子に再び笑いをもらしたギデオンが、再びのアレンの視線を受けて、コホンと咳をして表情を戻して口を開く。
「この人は、賢者の塔の主、つまり学術都市国家キュリオの女王ネイラノール様じゃよ」
「ネイラノールと申します。このキュリオでお飾りの女王をしております。気軽にネールとお呼びください」
「マジで?」
「はい。エルフは愛称で呼ばれることを好みます。友人から呼ばれるならどちらが良いかという統計をとったところ9割以上のエルフが愛称を選んだという調査結果も出ております」
「いや、そっちじゃねえんだけどなぁ」
あまりに想定外の状況にそんな呟きをもらしながらアレンが思わず頭を抱える。
その様子を楽しげに眺めるギデオンの様子になんで一国の女王の前でそんな平気そうな顔をしているんだ? と不思議に思ったアレンだったが、すぐにギデオン自身もそれなりの地位だったと思い出す。
アレンがはぁー、と一度大きく息を吐き2人を見つめる。
今までのやりとりからしてネイラノールがアレンの想像するような女王とは違うということははっきりとわかっていたし、なによりギデオンの態度からして下手なことさえしなければ大丈夫だろうと開き直ったのだ。
「出来れば学会の後、なにがあったのか事情を話していただきたいのですが?」
「なんじゃ、その似合わん話し方は?」
「いや、じいさんだけなら普段通りにするが、さすがに女王様の前だし多少は取り繕うのが普通だろ」
「儂もその筋ではなかなかのもんじゃぞ」
「じゃあギデオン様とでも呼ぶか? そういうの、じいさん嫌いだろ」
せっかくなれない丁寧な話し方をしたのに、余計なちゃちゃを入れてきたギデオンとアレンが応酬を始める。アレンとしては真剣なのだが、それに相対するギデオンはとても楽しげだった。
2人のやり取りを静かに眺めていたネイラノールがふぅ、と息を吐き、それに気づいたアレンがギクッと動きを止めた。
「ギデオン君。君が好む人をからかう傾向があるのは理解していますが、行き過ぎては嫌われてしまいますよ。昔ローナにしたことを繰り返すのですか?」
「うぐっ。ネール先生、それは言わん約束じゃろう」
「そんな約束をした覚えはありませんが?」
苦々しい顔で言葉を詰まらせるギデオンを眺めながら、ネイラノールが不思議そうに首を傾げる。
徐々に頬が赤くなっているギデオンの姿にだいたいの事情を察しながらもアレンは情けをかけそれ以上突っ込むことはしなかった。若気のいたりゆえの失敗というのはアレンも経験しているからだ。
黙ってしまったギデオンの代わりに、ネイラノールがアレンに涼やかな瞳を向ける。
「話し方は特に気にする必要はありません。私はただの研究者です。この国の女王といっても研究者の取りまとめ役に過ぎませんし、大した権力もありません」
むしろそんなものは邪魔だと言わんばかりのネイラノールの態度に、アレンが思わず笑みを浮かべる。その姿がどこかジーンと重なったからだ。
「わかった。ありがたくそうさせてもらうよ。それでよければ事情を教えてもらってもいいか? じいさんが使いものにならなくなってるし」
羞恥に悶えて体をぷるぷると震わせているギデオンに視線を向け、アレンがネイラノールに問いかける。それを受けたネイラノールはコクリと首を縦に振り、ギデオンへ一瞥もくれずに話し始めた。
「学会が終わって私の部屋へと3人で向かい、ギデオン君が基金についての話をしていた時は普通でしたね。嬉しそうにはしていましたが、かなり緊張している様子でした」
淡々と語るネイラノールの言葉を聞きつつ、アレンがうなずいて返す。
ジーンが緊張した理由が、たぶん自分とは違って地位が高い人に相対したからではないだろうとなんとなく予想しながら。
「そして話も終わりジーン君に感謝を伝えられたギデオン君が、めでたい日の記念だと言って秘蔵のお酒を出し、このような次第となりました」
「じいさん……」
アレンが呆れた視線をギデオンに向けるが、手で顔を覆ったままプルプル震えるだけだった。
祝ってくれようとしたんだし、善意が少し行き過ぎてしまっただけなんだろうなと、諦めるようにため息をついたアレンがふと視線に気づく。
そちらを向くと、ネイラノールがとても優しい視線をアレンに向けていた。美人からそんな視線をじっと向けられ、どこか照れくさくなったアレンが頭をかいて気を紛らわす。
「お酒の入ったジーン君は自分の研究について熱心に語ってくれました。自分がこの研究を始めたのは、自分のお兄さんを助けるためなのだと。尊敬するお兄さんがステータスのことで馬鹿にされるのがどうしても許せなかったと」
「そうだったのか」
アレンがジーンへと視線を向ける。満足げな表情をした寝顔を優しく見守るアレンに、ネイラノールは言葉を続けた。
「ジーン君は、お兄さんに被験者の1人となってもらうと言っていました。レベル1まで落とした上で検証を行って最終的に望むステータスを得る。そうすればもうあなたが馬鹿にされることはない、そう考えたのでしょう」
「ははっ、ジーンらしいな。皆がジーンと同じように数値で評価を変えられるって訳じゃねえんだぞ」
知らされた事実に、アレンが少し瞳を湿らせながら笑い声をあげる。
他人からの評価は今までの行動や実績、記憶などによってなされるものだ。それが早々に変わることなどありえないとアレンは理解している。
そもそもステータスの値を公開する冒険者など滅多にいないのだ。だからこそステータスを上げなおしたとしても早々にアレンの評価が変わることなどない。
それを理解していてなお、ジーンの気持ちにアレンは心が震えるのを感じ、そしてほろりとその瞳からは一粒の涙が零れ落ちたのだった。