軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第30話 検証開始

レベルダウンの罠があるのは22階層にある小部屋の1つだ。

この賢者の塔のダンジョンは壁面が全て木製の板で覆われており、下手をするとダンジョン内であるということを忘れてしまいそうな光景となっている。その小部屋にベッドなどを置けば宿と間違えてしまいそうなくらいだった。

「順調だったおかげで予定時間よりかなり早く着いたな。とりあえずは罠が本当にあるのかの検証か。イセリア、すまんが頼めるか? その辺りのはずだ」

「はい」

部屋の奥の右隅を指差すアレンの指示に従い、イセリアがそちらへと歩いていく。そして壁から1メートルほど離れた床を踏んだ瞬間、アレンには見覚えのありすぎる赤い魔法陣が突然床に現れた。

レベルダウンの罠だ。

しばらくしてイセリアが、アレンたちから見るとなにもない空間をしばらく眺め、そして首を縦に振った。

「ちゃんとありましたね」

「良かった」

「いや、良かっただけじゃねえからな。今のでイセリアはせっかく貯めた経験値をなくしちまってるんだ。それについてはイセリアも納得済みだから謝れとは言わねえが、感謝の心は忘れるなよ」

「そうだね。イセリアさん、実験への協力本当にありがとうございます」

アレンの注意に素直にうなずき、そしてイセリアに向けて真摯に感謝を告げるジーンの姿に、イセリアは少し頬を赤くしながら手を横に振る。

「気にしないでください。うまくいけば以前のレベルアップの時より高いステータスを得られるかもしれませんし。それよりこれからどうしましょう?」

「早めに休息をとって、明日に備えるってのが普通だと思うんだが……」

そこまで言ってアレンがちらりとジーンへと目をやる。明らかに今すぐにでも検証がしたいと目をきらきらとさせているその姿に少しため息を吐き、そしてイセリアへと向き直った。

「明日の予行演習を少ししておくか。とりあえず俺がモンスターを引き連れてくるからイセリアはジーンと待機していてくれ」

「わかりました」

わかりやすく表情を明るくするジーンを二人は横目で眺めて小さく笑う。そしてアレンは二人を残してその小部屋から出て行った。

地図を片手にアレンは一人、廊下にも見えるダンジョンの通路を歩いていく。しかしなかなかモンスターは見つからなかった。

そもそもレベルダウンの部屋に行くまでに出会ったモンスターについては倒してしまっているのである意味では当然かもしれなかったが。

モンスターを探しつつも本格的に検証を行う明日に備えて、アレンは地図の情報と実際の状況を繋げていく。特に通路にある罠などを念入りにチェックしながら。

今回の検証では条件を同じにするため、イセリアはレベルダウンの部屋から動かない。というより動き回ると実力の不足しているジーンが死にかねないためその危険性を少しでも減らすために動けないといってもよいかもしれない。

つまりレベルアップするために倒すモンスターはアレンが引き連れてくるしかないのだ。しっかりと罠などを記憶しておかなければ、思わぬ事態に発展する可能性もないとは言えなかった。

「このダンジョン、小部屋ごとに1つは罠があるんだよな。無駄に種類も豊富だし。定番の落とし穴やモンスターハウス、あー、催涙系ガスが噴出する罠のそばに槍ぶすまとか殺しにかかってやがるな。致命的な罠の割合が明らかに増えてるんだが、うーん」

地図に書かれた罠の名前を確認しつつ、アレンが首を傾げる。

アレンの知っているダンジョンの常識は基本的にライラック周辺にある4つのダンジョンがもとになっている。本などで読んだ限りは他のダンジョンも似たり寄ったりという印象を受けていたアレンだったが、この賢者の塔のダンジョンについては少し違和感を覚えていた。

「出てくるモンスターのタイプも結構いろいろいるし、なんというか……」

そこまで口に出したアレンだったが、通路の先に見えた影に口をつぐむ。まるで鳥が羽ばたくように表紙を動かし宙に浮かんでいる赤い本へと鋭く視線を向ける。

そしてその本の前に炎の玉が現れたのを確認するとすぐさま身を翻した。アレンが先ほどまで立っていた場所を炎の玉が通り過ぎ、木製の壁を焦がす。

「紙が火を扱うんじゃねえよ、っていっても聞いてねえか」

追ってくる宙に浮かぶ本の姿をしたモンスター、赤の魔導書に向けてそんなツッコミを入れたアレンは速度を調整しながら逃げ続ける。

宙を自由に飛びまわり魔法を放ってくる赤の魔導書は、普通の冒険者にとってはそれなりにやっかいなモンスターであるが、もちろんアレンにとって倒すだけであればなんてことのない敵だ。

ただイセリアのもとへと連れて行くモンスターとしては少し面倒だった。

「攻撃するときに止まっちまうってのが遅い原因なんだよなぁ」

空中で静止した赤の魔導書を眺めて愚痴ったアレンがため息を吐く。そんなアレンに向けて炎の玉が再び飛んでくるが、アレンは軽く体を傾けるだけでそれを完全に避けてみせた。

はっきりいって赤の魔導書の攻撃など、戦闘状態に入ったアレンにとっては遅すぎるのだ。発動した時に目の前にいたとしても避けられると断言できるほどに。

「んっ。あぁ、そっか。あいつに追いかけさせるから遅いのか」

そう呟いたアレンが、納得したかのように首を縦に振る。そして攻撃を終えアレンを追いかけるべく近づいてきていた赤の魔導書へ向けて踏み込み、一気にその距離を詰めるとその羽ばたく表紙部分をむんず、と掴んだ。

赤の魔導書が逃れようと抵抗するが、アレンの力に敵うはずがなく身動き一つできていなかった。

「最初からこうしておけば早かったな」

赤の魔導書を持ったままアレンが走り始める。その移動スピードは先ほど赤の魔導書に追いかけさせていたときよりも、はるかに早かった。

攻撃される兆候に気づいたら即座にぶんなげて回避しようと考えながらアレンは走っていたのだが、赤の魔導書はまるでただの本になってしまったかのように攻撃してこなかった。ただ手の中でなんとか動こうとしているのをアレンは感じていたため、油断はしていなかったが。

もうすぐジーンとイセリアのもとへとたどり着くという距離まで戻ってきたアレンは赤の魔導書を放り投げる。

自由を得た赤の魔導書は再び羽ばたき始め、そして即座にその目の前に炎の玉が浮かんだ。その様子をアレンは興味深げに眺める。

「閉じられていると攻撃できねえのか。そんな弱点はギルドの資料には載ってなかったが……まっ、それもそうか。捕まえるくらい実力差があるなら、あっさり倒しちまうだろうしな」

自分の疑問に自分で答えを見つけて苦笑いしながら、アレンが炎の玉を避けてジーンたちのもとへと向かって再び走り始める。

そしてすぐに二人がいる小部屋へとたどり着いた。

「赤の魔導書、5秒後だ」

「はい。……いきます、クイックバースト」

小部屋へと入る前に告げられたアレンの指示に従い、イセリアが赤の魔導書に向けて手を掲げ、タイミングを合わせて魔法を唱える。

イセリアの手の先に現れたほんのりと赤く色づいた透明な空気の玉が赤の魔導書に向けて射出され、そして命中すると同時にパンッという破裂音と共に空気の刃が赤の魔導書を切り裂いていく。

「これは、複合魔法ですね。初めて見ました。さすが金級の冒険者。威力も素晴らしいです」

「いえ、それほどでも」

珍しいものを見たことで研究心がうずいたのか手放しで褒めるジーンの言葉に、イセリアが頬を赤くする。

そんな二人の様子を微笑ましげに眺めていたアレンだったが、まずやるべきことをしておこうとイセリアへと顔を向ける。

「で、どうだ。レベルは無事に上がったか?」

「あっ、そうでした。今確認しますね。ステータス」

そう言って、確認を始めたイセリアの目が驚きに見開かれる。そしてギギギギ、と音のしそうなほどぎこちなく、横並びに立っていたアレンとジーンへと視線を向ける。

「魔力が10、知力も8上がっています。素早さと器用さは6、攻撃力、防御力、生命力はそれぞれ2ですね。これは……」

「望みのステータスを上げたい場合にはかなり使えるだろうな。剣で戦えば攻撃力が上がるだろうし、わざと攻撃をくらえば防御力や生命力が上がりそうだ。まあ普通に自分でモンスターを探して戦うとしたらそれなりにばらけそうな気もするけどな」

「でも逆に言えば協力者がいればこの結果を常に得られるということですよね。何かに特化したい場合には有用では?」

「そりゃ確かにそうだが、冒険者をするならある程度は全体的に上げておいた方がいいと思うぞ。不慮の事態に遭遇した場合に対処しやすいしな」

上昇したステータスの結果についてわいわいと議論を交わすアレンとイセリアとは別に、ジーンは淡々とその結果を自らのメモ帳へと書き込んでいく。

そしてメモを見ながらしばらくなにか考えるように眉根を寄せた後、顔を上げてアレンを見つめた。

「兄さん。今日中にあと数回試してみたいんだけど大丈夫?」

「んっ、別にいいぞ。イセリアも大丈夫か?」

「はい」

「ありがとう」

感謝の言葉を告げるジーンに微笑み返し、アレンは部屋を出て行った。

そしてその後、5回程度同じように検証を繰り返し、その日はとりあえず食事をとって休むことになった。

普通の部屋のように見えるがそこはダンジョンの中だ。先に見張りをイセリアに頼んでアレンは仮眠し、そして交代時間になったところで起きだして部屋の入り口で見張りに入った。

部屋の奥で少し離れて眠るジーンとイセリアの様子をときおり眺めながら、アレンは考える。どうしたらもっと効率よく検証が出来るだろうかと。

夕食前の5回の検証には1時間程度かかってしまったのだ。その原因はひとえにアレンがモンスターを連れてくるのに手間取ってしまったからだ。

この22階層に出るのは赤の魔導書だけではない。持ち運ぼうにも普通に暴れて攻撃してくるモンスターもいるのだ。そういった相手は地道に追いかけさせるしかなく、それが遅くなる原因でもあった。

もちろん普通に考えれば今のままでも十分早いのではあるが、ジーンの研究の役に立ちたいと考えるアレンは頭の中に地図を思い浮かべながら改善策を模索していた。

「うーん、効率的に回ろうとしても限界があるんだよな。赤の魔導書だけを見つけられる方法でもあれば早いんだが、さすがにどこにどんなモンスターがいるかまではわかんねえし」

基本的に地図には魔物が出現するポイントも記載されている。他に冒険者などの探索している者がいない現状ではその付近に行けばモンスターを見つけることは出来る。

しかしそれが連れて行くのに適したモンスターかどうかは行ってみなければわからないのだ。

いっそのこと全力で走り回ってモンスターを引き連れて回り、イセリアたちのいる部屋へと3分ごとにモンスターを投げ入れるかなどと冗談のようなことを考え、その光景をアレンは思い浮かべて苦笑する。

モンスターがアレンの思ったとおりに行動してくれるはずがないので、そんなことができるはずがないとアレンにもわかっていた。下手をすればはぐれたモンスターが勝手にジーンやイセリアのもとへと行ってしまう可能性もあった。

「まっ、地道にやるしかねえか。普通に考えりゃあ大量のモンスターに囲まれるなんて絶望しかねえんだけどな。これもステータスが上がったおかげ……」

そこまで呟いてアレンが言葉を止める。そしてゆっくりと首を傾けながらアレンが頭に浮かんだ考えを整理し始めた。

そしてしばらくしてアレンがニンマリと口の端を上げる。

「やりようによっては効率よく出来る、かもしれねえな」

そう言ってアレンは笑ったのだった。