作品タイトル不明
第29話 ジーンの研究
木製の壁が建物の廊下のようにも見える真っ直ぐな通路を進みながらアレンとイセリアはジーンの話を聞く。
「低いレベルの人を早くレベルアップさせろと兄さんが依頼されたらどうする?」
「俺か。そうだな、それなりに強いモンスターを制圧した上で止めだけ刺させるな。ライラックならトレントを使うのが便利だぞ。あいつら枝を落とせば安全だし」
「そうだよね。まあこのキュリオでも同じなんだ。冒険者に依頼して、制圧されたモンスターを学生が倒すんだけどそれをすると一気にレベルが上がるよね」
「そうだな」
アレンが初めてライラックのダンジョンの十階層にニックを連れて行ったときのことを思い出しながらうなずく。
アレンが枝を落としたトレントを倒したニックは、レベル1からレベル16まで一気に上がっていた。単独でこつこつとレベルアップをしてきたアレンにとってはそんな経験はなかったが。
隣で聞いていたイセリアも、レベルを1まで落とした後に鬼人のダンジョンへ連れて行ってもらい一気にレベルを上げさせてもらったため理解できるのか、首を縦に振っていた。
「僕はレベルアップ関連に興味があったから他の学生のレベルアップの数値とステータスの上昇値について聞いて回ったんだけど……」
「いや、お前。さすがにそれはまずいだろ」
ジーンの言葉の最中に思わずアレンが言葉を挟む。
普通に考えて自らのステータスの情報というのは秘匿すべきものだ。その数値からある程度の実力を察する事ができてしまうし、それを知られてしまうことによりトラブルに巻き込まれる可能性もあるからだ。
その実力が生死に直結する冒険者であっても、よほど信頼の置ける仲間同士でなければ自らのステータスを明かすことなどしない。それほどのことなのだ。
「そう? 嬉々として教えてくれたよ。研究課題にするつもりって言ったら、今後のレベルアップ時の数値も報告してくれるって数人約束もとりつけたし」
「それは……なんというか。研究者とは普通の人とは感性や基準が違うのかもしれませんね」
「イセリア、はっきり言ってやれ。変だってな」
あいまいな笑みを浮かべて言葉を濁すイセリアに、呆れた様子のアレンが身も蓋もないことを付け加える。しかしそんなことを言われてもジーンは軽く肩をすくめる程度だった。
前方に姿を現した転がる岩のようなモンスターに向けて、イセリアが魔法を放ってあっさりと倒すのを眺めてからジーンが解説を始める。
「まず僕が着目したのはその上昇したステータスを割り戻した場合の数値なんだけどね……」
自分の研究に関することを話すのはやはり楽しいのか、少し声を弾ませながらジーンが研究へと至る経緯を話していく。
たまに出てくるモンスターを見敵必殺とばかりにイセリアが処理する安全な道中の間、ずっとジーンの話は続いていた。
ジーンの研究はレベルアップにおけるステータス上昇値の法則性と、確率による補助数値存在の可能性というものだ。
ステータス上昇値の法則性というと一般的には行動による各ステータスへの影響というイメージがアレンにはあったのだが、ジーンの研究はそうではなかった。
普通ステータスは整数で表記されているが、上昇時には0.1の単位まで存在し、その数値が四捨五入される事で最終的に整数化しているのではないかというものであり、そしてその最大値は9.4であるというのがジーンの仮説だった。
そんな仮説をジーンが立てたのは、一気にレベルアップした者たちの数値を割り戻すと知力に関して平均9という者がほとんどだったというのが1つの理由だった。
レベルアップでステータスが9上昇するということは特筆すべきことではあるのだが、ここにいる学生はジーンの同類ばかりだ。はっきり研究以外はダメな人間の巣窟とも言える。
そんな者たちばかりなのに、なぜ知力が10上がらないのか、それを不思議に思ったのだ。
そこでジーンは行動を起こした。引率の冒険者に頼み込んで低階層でわざわざレベルを上げてもらったのだ。その結果、時間ははるかにかかったもののジーンの知力は10上昇した。そこでジーンの疑念はさらに深くなる。
その後ジーンはレベルアップの授業時に自らのレベルアップを利用して検証を重ね、他の者たちからのデータを集積しつつ、同様の研究が行われていないかを調べていった。この不可思議な現象に他の者が気づいていないはずがないと予想したのだ。
そしてその予想は正しく、十数年も昔に通常のレベルアップと一度にレベルアップする場合のステータス上昇における最大値の違いという論文が書かれていることを発見した。
その中では、一度にレベルアップを行うと最大値が9になってしまうと結論付けられていた。しかしその理由は推測の域を出ない、というよりも抽象的な研究者個人の考えが述べられているだけでありジーンにとっては何の意味もないものだった。
その検証のために集められたレベルアップ時のデータはありがたかったが。
それらの数値とにらめっこしつつジーンは考え続けた。
特にジーンが着目したのはその研究者が誤差としてはじいたコンマ以下の単位で9を上回った者たちについてだ。実際、ジーンが学生たちから得たデータの中にも数名そういう者がおり、それがただの偶然とはジーンには思えなかったのだ。
そしてついにジーンはその法則性を発見した。というよりわかってみればなんてことはない、一度だけ10ステータスが上がり、それ以外は9上がった結果というものだったのだ。
「難しく考えすぎてたせいで遠回りしちゃったんだよね」
疲れたようにジーンがため息を吐く。やっと話が止まったことに顔を見合わせて苦笑いをアレンとイセリアが浮かべる。
既にジーンが話し始めてから2時間は経過しており、階層としては5階層進んで20階層までアレンたちはやってきていた。
「で、その一度だけ10上がる原因としてお前が考えたのが確率による補助数値って訳だな」
「そうだね。本来レベルアップするときには、行動による数値と確率による補助数値が入ることでステータスが10上がることがあるんだけど、一気にレベルが上がった場合はこの補助数値が最初の一回にしか適用されていないんじゃないかってのが僕の仮説」
「そうなると徐々にレベルアップしていった方が得というわけですか」
「うーん、レベルが高くなって戦うモンスターが強くなるとどうしても知力以外の項目に振られてしまう割合が高くなるからね。どこかの項目に絞ってステータスを伸ばしたいのなら一気に上げる方が効率的という可能性もある」
イセリアの疑問に、さして悩んだ様子もなくジーンが予測を返す。
もしジーンの仮説が正しいのであれば、アレンがイセリアのレベルを一気に上げたことはイセリアのステータスの伸びに制限をかけたと言えなくもない。
そんなことを思いついて少し気まずそうな様子で二人のやり取りを眺めていたアレンに、イセリアが気づき微笑み返す。そんなことは全く気にしていませんと伝えるかのように柔らかく。
その純粋な目から逃れるように視線を逸らし、アレンが一つ咳払いする。
「となると、レベルダウンの罠を利用した検証ってのは、イセリアの場合魔力のステータスが10上がることを確かめる……んっ、これじゃあジーンの研究の検証にならねえな」
「そうですよね。1ずつレベルを上げるときにステータス上昇の最大値が10であることしかわかりません。それは既にわかりきっていることですし」
検証の問題点に気づき、不思議そうな顔をする二人に向けてジーンが笑みを浮かべる。
「どういう風に考えて検証しようとしているのかは検証がうまくいったら教えるよ。事前に教えて結果に影響が出ても困るしね」
そう言われてしまっては聞き返すわけにもいかず、若干納得のいかない顔をしながらも二人は進んでいった。そしてついにレベルダウンの罠のある22階層にたどり着いたのだった。