作品タイトル不明
第28話 賢者の塔のダンジョン探索
急転直下、ジーンの研究の手助けをするためにキュリオの賢者の塔の地下にあるというダンジョンへと行くことになったアレンは、即座に家を出てジーンの研究所近くにある本屋へと急いで向かった。
既に日は落ちかけており、夜の気配が深まっていく中でたどり着いたアレンは、ちょうど店のドアにかかった札をひっくり返そうとしている初老の男へ慌てて声を駆ける。
「ちょっと待ってくれ」
「もう閉店の時間なん……君か」
「すまない。ちょっと緊急で本が必要になってな。目当ての本があるのは確認済みだし、時間はとらせないから入れてくれねえか?」
「……わかった」
必死な様子で頼み込むアレンの姿に、それが本気であることを察した店員の男が札を「閉店」にひっくり返したままアレンを中へと誘う。
店員の男に感謝の言葉を伝えつつ中に入ったアレンは一目散に目的の本があったはずの棚へと向かうと、以前の記憶のとおりの場所にその本が存在していることに安堵した。そしてその本を持って店員のもとへと向かう。
「本当に悪かったな。この本なんだが」
「これか?」
アレンが差し出した本を見て、その店員が訝しげに眉根を寄せる。その本のタイトルは『賢者のダンジョン攻略日記』というものだった。
「このダンジョンには許可を得た者しか入れないぞ。それに塔で普通の地図などは配られているはずだ」
「何の因果か入ることになっちまったんだよ。資料のことは聞いてるんだけどな。でも個人的にこれがあった方が良いって判断したんだ」
お金をカウンターの上に置くアレンにその本を渡しながら店員が忠告をする。それに対してアレンは少しだけ笑みを浮かべてそう返した。
この本屋にはジーンをつける者がいないかどうかを調査するついでにアレンは何度か寄っていた。もちろん不自然でないよう装うために適当に本を試し読みしたりしていたのだが、その中でこの本については少し気になっていたのだ。
その本は少し特殊な様式で書かれており、賢者のダンジョンを探索する冒険者をインタビュー形式で取材し、それとその階層の特徴などを比較し冒険者の思考を探るというものだった。
日記というだけあって作者自身もダンジョン内へと入っており、自分の所感との違いなどを通して掘り深めていく様は読み物としても面白いとアレンは感じていた。
とはいえその時は自分が入ることのないダンジョンについて主に書かれているため、買わないという選択をアレンはしたのだが、実際に行くとなればその価値は大きく変わる。
この本に書かれていたのは実際に賢者の塔のダンジョンへと入った冒険者の声なのだ。よそ者であり、賢者の塔のダンジョンへと入っている冒険者の知り合いなどいないアレンにとっては貴重な情報源となるのだ。
もちろんこの後に、賢者の塔で地図などをもらうのと、冒険者ギルドに行ってなにかしら情報が得られないか確認するつもりではあったが。
「邪魔しちまった。ありがとな」
「ちょっと待ってくれ」
そう言って去ろうとしたアレンを店員が止める。そしてカウンターの奥にある扉へと入っていき、しばらくごそごそと音がしたかと思うとなにかを持って戻ってきた。
「持っていくといい」
店員が差し出したそれをアレンが受け取る。
それはアレンがこれから賢者の塔へと受け取りに行こうとしていた地図だった。使い込まれたことがわかる少し薄汚れたそれには、手書きでびっしりと文字が書き込まれていた。
「これは……」
「昔、本を書く時に使っていた資料だ。記念すべき一人目の購入者である君に贈ろう。お得意様に死なれても困るからな」
そう言って微笑んだ店員を見返し、アレンが手に持った本へと少しだけ視線を向ける。そしてアレンは歯を見せて笑った。
「ありがたくもらっとく。じゃあな ゲーレン(・・・・) さん、また来るぜ」
「ああ。楽しみにしておく」
そう名前を呼んで去っていったアレンを、ゲーレンは満足げな表情のまま見送ったのだった。
その後、賢者の塔で地図などを入手し、冒険者ギルドにあった資料室である程度の知識を補足したアレンは、買った本と受け取った地図を参考に進むルートを決めた。もちろん最優先されるのは安全性である。
もちろんなにか不測の事態があった場合のために、ルートについては一階層ごとに幾つか候補を用意し、また本などの資料を参考に必要そうな物をピックアップしていった結果徹夜作業になってしまったが、なんとか朝になる前にアレンは一通りの事前準備を終えることに成功した。
そして起きてきたジーンとやってきたイセリアに朝食を振舞いつつ、これからの予定を説明する。
「……とまあこんな感じだな。色々物を仕入れる必要があるし、検証に使えるのは1日程度だと考えてくれ」
「ありがとう、兄さん」
「まっ、お前が無茶なことを言うのには慣れっこだしな」
嬉しそうにしながらも、どこか遠慮を感じさせるジーンの感謝の言葉にアレンは笑い、手を伸ばしてその頭をぐりぐりと撫でる。撫でやすいように頭を下げるジーンの姿に、イセリアは微笑みながら口を開いた。
「とりあえず私はジーンさんの装備などを確認すればいいのですね」
「ああ。補充する物はそこまで多くないから俺一人でどうにかなるしな。武器はこの際どうでもいいが、防具だけはしっかり頼む」
「わかりました。不足していると判断したら買ってもよいでしょうか?」
「ほどほどの値段ならな。冒険者ギルドとかで借りられる場合もあるから、そっちを優先してくれ」
当たり前のように装備を買うという発想が出てくるイセリアとの常識の違いにアレンが苦笑する。
普通装備を買うともなれば一大決心し、お金を貯めるなど準備をして行うものだ。足りないから買うという食材と同じような感覚で行うものなどまずいないだろう。
とは言えその方法をアレンが完全に否定しなかったのは、ネラとして稼いだお金があることに加え、お金よりもジーンの方が大切だからだ。
ただ新品の場合はものによっては調整などで時間がかかることも多いため、中古品である程度使用して使いやすくなった装備を借りられるかもしれない冒険者ギルドを料金的なものも含めて推薦しておいたが。
食事を食べ終え、食器などを片付けつつ三人は詳細を確認しあい、そしてそれぞれが動き始めた。
アレンは仕入れへと出かけていき、そしてジーンとイセリアは学生に貸与される装備を確認するために賢者の塔へと一足先に向かったのだった。
ダンジョン探索に必要な物品を用意するために店めぐりを続け、予備なども含めてアレンは準備を整えていった。
本来であればいくつか同じような商品を取り扱っている店を巡って品質や値段を勘案しつつ選ぶのだが、今は時間が優先されるため大通り沿いの店舗にてアレンは購入していた。
大通り沿いに店を構えることができるような店に並ぶ商品であれば、品質に関して問題はほぼない。ただし値段はそれ相応にするが。
だいぶ軽くなってきた財布に少しだけ顔をしかめつつ、アレンは仕入れたものを自分のマジックバッグへと入れるとその足で街の中心にある賢者の塔へと向かう。
「昼に間近で見るとやっぱりでけえな」
首を後ろへと思いっきり倒し、アレンが目の前の賢者の塔を見上げた。
賢者の塔はこの学術都市国家キュリオの象徴と言える建物である。らせん状に文様が描かれた塔なのだが、それははるかな高み、つまり知の真髄へと賢者が登っていく様を示していた。
この街にしては洒落たデザインだよな、とそんな失礼なことを考えながらアレンが中へと続く扉を開けて入っていく。
「あっ、アレンさん」
「よっ。ジーンはどうした?」
「あちらで手続き中です」
塔に入ってすぐの空間はホールになっており、そこの柱のすぐそばのベンチに座っていたイセリアが入ってきたアレンを目ざとく見つけて声をかける。
それにアレンは応じ、続いてイセリアが示した方向にある窓口で職員の男と話しながら書類を書いているジーンの姿を見つけた。その窓口は昨日、アレンが地図を受け取った窓口であり、なにかしらダンジョンに入るための手続きなのだろうとアレンが察する。
イセリアのもとへと向かったアレンがダンジョンのことについて二人で話していると、しばらくしてジーンが少し息を切らせてやってくる。
「兄さん、イセリアさん。許可がおりました」
「それは良かったですね」
「んじゃ、行くか。だけどくれぐれも油断すんなよ」
アレンの声かけに二人が真剣な顔でうなずく。そして三人による賢者の塔のダンジョン探索が始まったのだった。
そして肝心の探索なのだが、はっきりいって順調すぎるほど順調にそれは進んでしまった。アレンの杞憂が全て無駄だったのではと思うほどに。その主な原因は……
「本当に人がいませんね」
「だな」
不思議そうな顔をしながら笑うイセリアに、アレンが同意する。
現在地はダンジョンの十五階層であるのだが、ここに来るまでに三人は一度も他の人に会っていなかった。
ダンジョンの探索においてトラブルの原因となるのは、他人の行動によるものというのが少なくない。故意、事故両方ありえるのだが、人がいることによってモンスターが動いたり、罠に巻き込まれたりするのだ。
つまり既に探索が十分になされており、情報、実力共に不足のない階においてなにかしら起こるとすればその原因はだいたい人のせいということになる。
しかし現在ダンジョンには全く人がいなかった。アレンの想定した地図の最適ルートが本当にそのまま最適な道になっているということだった。
「まあ学会まであと2週間を切っているからね。みんな追い込みに必死でダンジョンに入る人なんてほとんどいないらしいよ」
「へー。まあ普通はそうか」
文字通り背中から聞こえたジーンの声にアレンが納得する。
現在、ジーンはアレンが身につけた背負子に座った状態で運ばれていた。十階層程度までは自分で頑張っていたのだが、アレンとイセリアのペースについていけなかったのだ。
アレンのマジックバッグを抱えながらジーンが説明を続ける。
「研究者もそうだけど、学生もパネルでの発表があるしね。そこで偉い人とか金持ちに目をつけてもらえれば将来安泰って訳。研究には金がかかることが多いしね」
「ずいぶんと現実的なんですね」
「まあ夢だけじゃ食っていけねえしな。そういやお前の研究については聞いたが、それを研究しようとしたきっかけってなんだったんだ? 金のためって感じの研究じゃねえよな」
そのアレンの問いかけにジーンが少しの間黙り込む。そして少しだけ首を振り向かせアレンへと視線をやったが、背負っているアレンにはその姿を見ることはできなかった。
その様子を目にしたイセリアは少し訝しげに首を傾げたが、なにも言うことなくジーンの答えを待った。
ジーンが少し目をつぶり、そして息を吐いてから話し始める。
「そうだね。僕がこの研究をするきっかけになったのは、レベルアップの授業なんだ」