作品タイトル不明
第27話 ジーンのお願い
理解が追いついていないアレンの腕を取り、引っ張っていこうとするジーンだったが、圧倒的なステータスの差もありアレンが動くようなことはなかった。
以前はそのひょろっとした見た目どおり力が弱かったのだが、おっ、と思う程度に力強く感じ、本当にレベルアップしたんだなと感慨にふけりながらアレンが空いている方の手の指でジーンの眉間を弾く。
「ぎゃっ!」
短く悲鳴をあげ眉間を押さえて座り込むジーンを見下ろしながら、この光景を見るのは何回目だろうと考えつつアレンが大きくため息をつく。
少なくとも十や二十なんて数ではないことは確かであり、これから起こるであろうことを予想してアレンが苦笑いを浮かべた。
「落ち着いたな。で、なんでダンジョンに行ってほしいのかちゃんと説明してくれ。暴走してるときのお前は大事なこと以外すっぽり抜けてて当てになんねえんだよ」
「に、兄さん。僕の頭割れていない? レベルアップしたはずなのに前より痛いんだけど」
「気のせいだろ」
眉と眉の間を赤く染めて涙目で訴えてくるジーンの言葉をアレンがさらっと無視する。
暴走状態に陥ったジーンがどの程度のことをすれば正気に戻るのかアレンは熟知しており、引っ張られて感じたレベルアップの影響も鑑みて最低ラインの威力となるように慎重に弾いたのだ。本気でアレンが行えば、ジーンの言葉どおりに頭がパーンと割れていただろう。
ジーンの横に椅子を置き、その対面に座ったアレンに続いて、のろのろと立ち上がったジーンも椅子へと座った。視線で話せ、と促すアレンに向けジーンが口を開く。
「学会で発表するはずだった僕の先生が急病で倒れてそれが取りやめになったんだ。で、その空いてしまった枠を誰の発表で埋めるかってことになったんだけど……」
「それにお前の研究が選ばれたってわけか? すげえじゃねえか」
「まだ候補だけどね。四日後に研究所内で審査があって最終的な発表者が決定する。その前にもっと根拠となるデータが欲しいんだ」
そのジーンの説明になるほどと納得しながらもアレンが首をひねる。
ジーンの研究内容については概要ではあるがアレンも聞いている。それはレベルアップにおけるステータス上昇値の法則性と、確率による補助数値存在の可能性というテーマだった。
確かにダンジョンに行ってモンスターを倒せばレベルアップすることは可能だ。しかし四日という短い時間で上げられるレベルなど僅かでしかない。それに意味があるようにアレンには思えなかった。
「ジーン。お前のレベルは今いくつだ?」
「僕? 今はレベル60だよ。成績ごとに授業で上げてもらえるレベルが決まってるんだ。レベル60はまあまあ優秀な方だね」
「結構高いんだな。しかしそうなるとお前をレベルアップさせて検証しようにも時間がかかるぞ。四日じゃ意味がねえし、大人しく研究の整理でもしておいたらどうだ?」
ジーンの少し自慢げな様子に笑みを返しながら、アレンがそう諭すように伝える。しかしそれに対してジーンは迷うことなく首を横へと振った。
「いやそれが出来るんだ」
「出来るってどうやって……まさか!?」
確信しているかのようなジーンの言葉に一瞬アレンは眉根を寄せ、そして一つの可能性を頭に思い浮かべる。
それはその方法を散々利用したアレンだからこそ、このキュリオにあるダンジョンのことを全く知らないのにもかかわらず予測できたことだった。
「レベルダウンの罠があるのか」
「良くわかったね。そうなんだ、このキュリオのダンジョンにはレベルダウンの罠があるらしい。二十二階層だから僕は行ったことがないんだけど、それを利用すれば検証は可能なはずだ」
「二十二階層か……」
嬉々としてそう話してくるジーンに対し、アレンは渋い顔をして言葉を濁す。キュリオのダンジョンについて詳しくはないアレンだが、一般的に二十二階層といえば冒険者の中でも一流と呼ばれる者たちが探索するような階層だ。
レベルが60のジーンを連れて行くのは無茶を通り越して自殺行為だとアレンは冷静に判断する。
「やめとけ。理論上は可能かもしれんが、下手したら死ぬぞ」
「研究のために死ぬなら……」
「それ以上言ったらマジで怒るからな」
射抜くような視線で静かな怒りを漂わせたアレンの姿に、ジーンが顔をうつむかせる。
ジーンのためになんとかしてやりたいという気持ちはあるのだが、ジーンの命と天秤にかけるとなるとどちらに傾くのかは明らかだった。
落ち込むジーンの姿にため息を吐きながら、アレンが言葉を続ける。
「それにお前の研究を検証するなら同じ条件でモンスターを倒せないとだめだろ。俺とお前の二人じゃ絶対に無理だぞ」
「それは、そうだけど」
「ということでこの話は終わりだ。二十二階層のモンスターを全く同じ方法で倒せるような腕利きの冒険者でもいれば話は別かもしれねえけどな」
まだ諦め切れていないことが丸わかりのジーンをよそに、パンと手を打って強制的にその空気を変えアレンが立ち上がる。
そしてわざとらしいほど表情を明るくして下ごしらえの済んでいる料理のもとへと向かい包丁を手にした。
「まあ、元気出せよ。今日は知り合いのエルフから聞いた、ヴェルダナムカ大樹林に伝わる郷土料理の予定だぜ」
「ダメだ! 兄さん、それは人の食べるものじゃない!」
「うわっ、どうした急に」
先ほどまでの落ち込んだ様子が嘘のような大声を出し、そしていやいやと全身で示すように体をぷるぷると震えさせながらも必死でジーンが首を横に振る。
そのあまりの変わりようにあんぐりと口を開けてアレンが呆然とする。少なくともセリオノーラから聞いた限りは今まで作ってきた料理と大して変わりはないはずだった。しかしそのジーンの脅えようは冗談には見えなかった。
「調理方法を聞いたが、いたって普通だったぞ」
「嘘だ。あれは魔王の食べ物だ。人が手を出してはいけない領域の物なんだ」
「いや、どういう領域の料理だよ。っていうか、 あれ(・・) ってことは食ったことがあるのか?」
そう聞き返したアレンの言葉に、ジーンが頭を抱えて椅子の上で体を丸くする。まるでなにも聞きたくない、なにも思い出したくないとでも示すかのように。
食事に関して今まで文句など一度も言ったことのなかったジーンのその脅えように、どうするべきかとアレンが頭を悩ませていると、コンコンと玄関の扉がノックされた。
ジーンが全く動こうとしないため、アレンは包丁を置き玄関へと向かう。そして玄関の扉を開けると、そこにはバスケットを持ったイセリアがいた。
「こんばんは。晩御飯をご一緒にと思ったのですが……どうされたのですか?」
「いや。なんかエルフの郷土料理を作るって言ったらこうなった」
「……大丈夫。僕は正気だ。黒い影の妖精なんて幻なんだ。ふふっ、はははっ」
ぶつぶつと独り言を呟いているジーンをアレンとイセリアが心配そうに見つめる。しかし事情のよくわからない二人にはどうすることもできなかった。
唯一その理由を知っているジーンには聞けそうにもなく、顔を見合わせた二人はなんともいえない表情で同時に首を傾けた。
「で、どうしたんだ。晩御飯を一緒にって聞こえたが」
「あっ、はい。セリオノーラさんにお料理のおすそ分けをいただきまして、どうせならアレンさんたちと一緒に食べようかと思ったのですけれど」
手に持っていたバスケットを少しだけ掲げたイセリアがそこで言葉を止める。それ以上言わなかったのは、それがジーンがこうなった原因であるエルフの郷土料理だからだろうとアレンはすぐに察した。
バスケットにかかっていた布をぺらっとめくりアレンがその中を確認すると、きのこがたっぷりと入った炒め物や、少し緑がかったパンなどが入っていた。
「特に変わった様子はねえが」
そんなことを言いながらアレンがそのパンをちぎり、きのこの炒め物をそこに少しだけ載せて口へと運ぶ。
普通のパンに比べれば多少苦味を感じはするがそれが好きという者もいるだろうという程度であり、きのこの炒め物に関しては、ほんのわずかにピリッとする程度のライオネルでも大丈夫なくらいの味付けだった。
もしかしたら本当はもっと辛いのかもな、そんなことを考えつつアレンが少しだけ笑みを浮かべる。
「あっ、アレンさん。行儀が悪いですよ」
「いや、エルフの郷土料理の味に興味があってな」
たしなめるイセリアへ歯を見せて笑ってごかましつつ、アレンはイセリアの持っていたバスケットを受け取るとそれを持ってジーンのもとへと向かった。そしてぶつぶつと呟くジーンの目の前で覆っていた布を取り去る。
その瞬間漂った食欲を誘う良い匂いに、ジーンが少し正気を取り戻し顔を上げた。
「なあ、ジーン。これイセリアが持ってきたエルフの郷土料理だが、普通に美味かったぞ」
「嘘だ。それは偽物だ。エルフの郷土料理はもっと黒くて濁ったドロドロとしたもので、鼻の曲がるような異臭を放っているんだ」
「いや、それ食べ物じゃねえだろ。これは知り合いのエルフが作ってくれたもんだから間違いねえって」
「……本当に?」
呆然とした様子でぽつりとそう聞いてきたジーンに対し、アレンとイセリアが首を縦に振る。
その二人の答えにしばし固まっていたジーンだったが、ゆっくりとその手をバスケットへと伸ばし、アレンがちぎったパンを手に取りそれを口に含む。そして次の瞬間、ジーンの両目からは涙が溢れ出した。
「ど、どうした?」
「兄さん。僕は、僕はエルフとは食に関してはわかりあえないのだと勘違いしていたよ。だってフーノは平気な顔で自分で料理したアレを食べていたんだ。目にするのもおぞましいアレを」
そんなことを言って泣きながらパンを食べ続けるジーンの頭を撫でてやりつつ、とりあえず落ち着くのをアレンは待った。
いったいフーノはなにを作ったんだろうか、そんなことを考えながら。
パンを食べ終わったころにはジーンもだいぶ落ち着きを取り戻していた。
アレンが作りかけだったエルフの郷土料理についても、多少セリオノーラが作ったものとは違った味付けにはなったものの、ジーンとイセリアの両者とも好評であり、結果的にエルフの郷土料理自体には問題がないことがわかった。
だいぶ波乱はありつつも、食事を食べ終えた三人は食後のお茶をゆったりと楽しんでいたのだが、急にガタッと音を立ててジーンが立ち上がる。
アレンとイセリア、二人の視線を集めたジーンは首を振ってそれぞれに目を合わせると、ゆっくりと首を縦に振った。
「イセリアさん。僕と一緒にダンジョンへと行ってください」
「はい?」
「いや、お前な……」
「兄さんは言ったよね。二十二階層のモンスターを全く同じ方法で倒せるような腕利きの冒険者なら検証は可能だって。イセリアさんならその条件に当てはまるんじゃない?」
「それはそうかもしれんが……」
「どういうことですか?」
事情がわからずに聞き返したイセリアに、ジーンが一から熱の入った説明を始めた。それに対して相づちをうちながら聞いていたイセリアへと、ジーンが全ての事情を話し終える。
うかがうような視線で見つめてくるジーンに、イセリアは柔らかく微笑んだ。
「良いですよ。私もキュリオにあるダンジョンに入ってみたかったですから。それに体がなまらないかちょっと心配でしたし」
「本当ですか!?」
「おま、本当に良いのか? こいつ研究とか本に全部使っちまうから依頼料なんて払えねえぞ」
そう忠告したアレンに対してイセリアはふふっと笑い、そして
「大切なのはお金じゃありませんから」
そう言って笑みを深めたのだった。