作品タイトル不明
第26話 キュリオの食事事情
ある程度の書籍を読んで調べた結果、レベルダウンの罠などを利用したレベルアップ方法の弊害の根本的な解決は難しいと改めて認識したアレンは、考えを切り替えることにした。
そもそも低い階層に存在すること自体が珍しいレベルアップの罠とレベルダウンの罠、そして何もしなくても倒せるスライムのようなモンスターがいるという奇跡的な条件が揃わなければそれは起きないのだ。
(次のスライムダンジョンの改変まで隠し通す方が現実的だな。とりあえずライラックのギルドへ戻ったらその辺りについて調べてみるか)
肩をこきこきと鳴らしながらアレンが本を持って立ち上がる。そしてその本を近くに居た司書へと渡して破損などがないことを確認してもらいアレンはそのまま図書館から外へと出た。
温度が一定に保たれている図書館内部に長く居たため、外に出た瞬間に感じたむわっとした暑さに少し顔をしかめながらアレンは歩き始める。
まだまだ日は高く、ジーンが研究を終えて帰る時間は先だ。しかしアレンにはその前にやるべきことがあった。
街の外縁部方向へとアレンは進んでいく。研究者や学生の姿はしだいに見えなくなり、逆にこの街に似つかわしくない格好をした者たちの姿が増えていった。しかしアレンはそんなことを気にすることなくずんずんと歩いていく。
そしてアレンがついに立ち止まった。その場所とは……
「青果店がこんな場所にあるってのも、この街の変なところだよなぁ」
目の前に並ぶ色とりどりの野菜などを眺めながらアレンが苦笑いを浮かべる。
その青果店は結構な広さがあり品揃えもなかなかのものだ。お客もそれなりに来ているのだが、そのほとんどは料理店や宿などの仕入れをしているような者だった。研究者や学生の姿は全くない。
普通の街であれば青果店などの生活に直結する店は大抵利便性の良い大通りなどにあるものなのだ。それがこんな街外れにある、それが意味することは明白だった。
「料理する時間があるなら研究したいんだろうな。ジーンと同類の奴らが集まってると思えば、こんな風にもなるか」
そんなことを呟きながらアレンが夕食に使う野菜などを品定めしていく。料理店や宿が利用しているだけあってその品揃えはなかなかのものでライラックではあまり見ない果物やきのこの類なども数多く並んでいた。
「ヴェルダナムカ大樹林から入ってきたんだろうが、これ食べられるのか?」
アレンの頭ほどの大きさをした周囲全てが短い棘に覆われた緑の果物らしきものを持ち上げ、アレンが首を傾げる。
長年家族の食事を作ってきたし、料理店へ行ってその技術などを学んできたため、アレンはおおよそのものについては料理できる自信があった。しかし調理法の見当さえつかないものもこの店には少なくなかった。
「あー、それは素人にはおすすめしませんよ」
「んっ、おお。セリオノーラか。久しぶりだな。お前も買い物か?」
謎の果物を持ったアレンがかけられた声に顔を上げると、そこにいたのはゴブリンの集落に拉致されライオネルと共に助けたエルフであるセリオノーラがいた。
「はい。『ライオネル』の皆さんに料理を振舞おうと思いまして」
少し頬を染めながらそんなことを言うセリオノーラの姿に、アレンが色々と察する。一瞬からかいの言葉がその脳裏に浮かんだが、少し口の端を上げて笑うだけに止めた。
「そっか、まあ頑張れよ。しかし素人にはおすすめできないってなんだよ?」
「うーん、すごく好みが分かれるんです。大抵の人はダメですね」
「いや、なんでそんなもんがこんなにあるんだよ」
セリオノーラ自身も好きではないのか、顔をしかめて苦々しそうにそんなことを言う。それに対してアレンは目の前のその果物の山を指差した。それを見てセリオノーラは苦笑を浮かべながら言葉を続けた。
「一部の人がものすごくはまるんです。毎日食べないと落ち着かないって好きな友達は言ってました」
「いや、これヤバイ成分が入ってるだろ?」
セリオノーラの言葉を受けてアレンが手に持っていたその果物をそっと棚へと返す。そのリアクションにセリオノーラは微笑んだ。
しばらくセリオノーラにヴェルダナムカ大樹林の果物やきのこなどについて説明と調理法を聞きながら、アレンは夕食の買出しを済ませた。その話しぶりからセリオノーラ自身もある程度料理を作ることができるんだろうとアレンは予想していた。
実際に作るところを見たわけではないが、セリオノーラのおかげでエルフ料理というレパートリーが増えたアレンは感謝を伝えることにした。
「悪いな、色々聞いちまって。セリオノーラにも予定があっただろ」
「いえ。私も買い物のついでですから」
持っていたかごに詰めた野菜などを見せながらセリオノーラが微笑む。その姿はかつて世話になり、ライオネルの初恋の相手だったリサナノーラにとてもよく似ていた。
少しアレンは昔を思い出し、そして目の前のセリオノーラへと向き直る。ライオネルを一途に想っている彼女へと。
「あー、余計なおせっかいかもしれんがライは辛いものが苦手だ。あと苦いものもな。果物は好きなんだが、一手間かけたほうが喜ぶな」
「そうなんですか?」
「あいつ実は結構大きな商家の四男で坊ちゃんだからな。今でこそかなり冒険者らしくなってるが、根本は変わんねえよ。あっ、これ俺が言ったってのはライには内緒な」
アレンがわざとらしく真剣な表情をしてそんなことを言ったので、セリオノーラは思わず吹き出してしまう。
しばらくしてセリオノーラは表情を真剣なものに変えると、コクリと首を縦に振った。よく見ると口元がひくついていたが、それに気づかないふりをしてアレンも鷹揚にうなずいて返す。そしてすぐに表情を崩した。
「まっ、あいつの好みはお子様って覚えておけば間違いないな」
「ありがとうございます。アレンさんって良い人ですよね」
「それはどうかな。良い人ぶっていて陰で虎視眈々と悪いことを企んでるかもしれねえぞ」
微笑むセリオノーラに対し、ガオーと獣が襲い掛かるかのように両手をあげて構えながらアレンがそんなことを言う。もちろんその表情にはどこか笑いが含まれており、傍目に見てもそれが本気ではないことはわかりきっていた。
それを見たセリオノーラがふふっ、と声を漏らして笑う。
「これ、悲鳴をあげたらアレンさんが捕まったりするんでしょうか?」
「お前、冗談でもそういう怖いことを言うなよ」
慌てて手を下げたアレンの姿にセリオノーラが笑みを深める。その背後に自分を標的にした時のリサナノーラの姿を幻視し、やっぱこいつら親族だわと妙なところで納得していた。
二人はしばらく雑談をしながら同じ方向へと歩いていたが、やがてある交差点で別れることになった。
雑談の中でセリオノーラが『ライオネル』についてライラックへと行くつもりであることを知ったアレンは、もしそうなった場合にライラックで起こるであろう騒動を想像しつつもこれが今生の別れになるわけではないことにどこかほっとしていた。
「じゃ、またな」
「はい」
そう軽く別れの挨拶を交わし、アレンがジーンの寮へと向かって歩き出す。セリオノーラの想いが届いてライオネルが幸せになってくれれば良い、そんなことを考えつつゆったりと歩いていたアレンの背にセリオノーラから声がかかる。
「あの、アレンさん。アレンさんは、その……、あの……」
振り返ったアレンの視線の先で、視線をキョロキョロと動かしながらセリオノーラが口ごもっていた。そんな様子を首を傾げて眺めていたアレンが、声をかけようかと考えはじめたその時、ごくりと唾を飲み込みセリオノーラが口を開く。
「良い人ですよね?」
「……お前は俺を捕まえさせたいのか?」
「いえ、そうじゃないんですが」
「んっ? よく事情はわからんが、自分じゃ率先して悪いことをしているつもりはねえぞ。いたって普通の、友人が幸せになってくれるのを応援してる鉄級冒険者だ。今のところ仮だけどな」
ははっ、と笑うアレンの姿に、セリオノーラがその表情を柔らかくしていく。そしてゆっくりと自分を納得させるように首を縦に振ると、アレンに向かってぺこりと頭を下げた。
「変なことを聞いてしまってすみませんでした。ライオネル様をきっと幸せにしてみせます」
「おう、頑張れよ。それと様はそろそろやめとけ。距離が縮まんねえぞ」
「……頑張ります」
自分が別の呼び方でライオネルを呼ぶところを想像したのか頬を赤くしたセリオノーラを眺めて笑い、再び軽く別れの言葉を告げてアレンは片手を上げて去っていった。
その背をセリオノーラはしばらく眺め、そしてもう一度頭を下げたのだった。
ジーンの部屋へと戻ったアレンは、セリオノーラに聞いた調理法を思い出しながらおおまかな料理の仕込みをすませると、それをそのままの状態にして外へと出かける準備を始めた。
ジーンの帰り時間には多少のばらつきがあるものの、今から出れば余裕でジーンが研究所から出てくる時間に間に合う。そのはずだった。
しかし今日は少し違った。
バンッと強めに開かれた扉にアレンが即座に反応して振り向き、そしてジーンの姿を見て警戒を緩める。
やけに早いな、と思いつつアレンが迎えの言葉をかけようとする前に、アレンを見つけたジーンが勢い良く近づいてきた。その表情はアレンが今までに見たことがないほど真剣なものだった。
「兄さん!」
「お、おう。どうした?」
「僕とダンジョンに行ってほしい」
「はぁ?」
唐突なそのジーンのお願いに、アレンは間抜けな返事をしたのだった。