作品タイトル不明
第25話 キュリオの図書館
フルナゼーノの姿が見えなくなったところで、アレンは視線を感じそちらへと目を向ける。そこにはアレンを、結局買うのか買わないのかどっちなんだ? と若干呆れたような目で見つめる初老の男性店員の姿があった。
そういやなんだかんだで結構な時間この店にいるな、とアレンが苦笑を浮かべ本を持ったままそちらへと近づいていく。
「聞きたいんだが、この本は俺が買っても大丈夫か?」
「どういう意味かな? 商品だからお金を払えば買える。値引きはせんよ」
「あー、そういうことじゃなくてな。さっきフーノが言っていたみたいに希少な本とかだったら俺より研究者とか学生の手に渡った方が良いだろ」
アレンが手にしていたのは、ダンジョンでこれまで発見された罠を図解している分厚い本だった。
ぺらぺらとめくってみた限りアレンの知っている罠について、正しい情報が載っていたので信頼できそうだし、話には聞いたことはあるが見たことはない罠なども散見されたため今後のためにも買ってもいいかと考えていたのだ。
値段が十二万ゼニーと結構な金額ということもあったが、アレンが買おうと即断できなかったのは、その本がたまたまこの街に来た冒険者である自分が買ってもよいようなものなのかが判断できなかったからだ。
アレンが買えば、アレンともしかしたらイセリアの役に立つだけだが、それが研究に役立てられるということであれば、その恩恵にあずかることができる者は比べ物にならないくらいに多くなる。そう考えたのだ。
アレンのその言葉を聞いた初老の男性店員が、おやっと少し驚き、次第にその表情を柔らかくした。
「それはこの街の研究者による本だ。図書館にも蔵書があるはずだし再入荷も可能だ。君が購入したとしてもなにも問題はない」
「そっか。そういやフーノも言っていたが、図書館って俺みたいな外部の一般人でも入れるのか?」
「入館料と保証金が取られるはずだな。確か一般エリアは入館料が五千ゼニー、保証金が十万ゼニーだったか。本を傷めなければ保証金は戻ってくる仕組みだ。この本もそこにある。気に入ったのならまた買いに来てくれ」
「わかった」
店員の言葉を聞いて笑みを浮かべたアレンが、自らの財布から金貨十二枚を取り出すとそれをカウンターへと置く。不思議そうな顔をするその店員にアレンはニヤリと笑みを浮かべ、そして本を持ったまま背を向けた。
「情報ありがとな。図書館で気になった別の本があったらまた来ることにするわ」
「……いいのか?」
「行商人の妹に言われてんだよ。情報は立派な商品だって。それに自らが損するような情報を渡してくれる誠実な商人と繋がる対価としては安いって、あいつなら言うだろうしな」
店員の問いかける声に少しだけ振り向き、アレンは笑みを深めながらそう言った。そして片手を上げてその店をあとにする。
アレンの背に向けてかけられた、図書館への行き方を伝える店員の声に笑みを深めながら。
本屋から出たアレンは店員に教えられたとおりの道を十分ほど歩き、街の北、アレンたちが入ってきた門から続く大通りの一本隣の通りにある図書館へとやってきていた。
十字に区切られた一区画全てを使われた、普通の家なら30軒は入ってしまうのではないかという大きさの建物なのだが、アレンが驚いたのはその規模ではなかった。
「もうちょっと、こう、なんとかできなかったのか?」
図書館の前で、そこに当然のように出入りする研究者や学生らしき人々を眺めていたアレンがぼそりと呟く。
こういった大きな建物は形が工夫されていたり、装飾などがほどこされ、見る者に対して伝統だったり格式だったりを感じさせる造りにするのが普通だとアレンは考えていた。実際アレンが住んでいるライラックではそうだったのだ。
しかし目の前にある図書館はそれが全くない。ただの四角い真っ白な巨大な箱に出入り口がついているだけだった。
「はぁ、まあ考えていても仕方ねえし、さっさと入るか」
自分との価値観の違いを改めて思い知りながらアレンは図書館の扉をくぐっていく。そうして中に入ったアレンは、視界全てを埋め尽くすように規則的に並べられた棚いっぱいに並ぶその蔵書量に、まだ認識が甘かったと苦笑したのだった。
入館料と保証金を支払い、背負っていたマジックバッグの検査を受けたアレンは本に埋もれてしまいそうな印象を受ける通路を歩いていた。その手にある館内の蔵書のおおまかなジャンルが書かれた千ゼニーで買った地図をときおり眺めながら。
「これ、自分の読みたい本を探すだけでも一手間だろ」
背表紙にかかれたタイトルを読むだけでも一日以上はかかってしまいそうなその量にアレンが頭をかいて苦笑いする。
眺めるうちにそれらの蔵書はジャンルで大別され、その中で作者名、そしてタイトル名といった順に並んでいることにアレンは気づいた。
おそらく作者から探すというのが定石なんだろうな、とアレンは考えたがそもそもアレンにはその作者についての知識がない。つまりどの本が良いのか判断がつかなかった。
(とりあえず興味のひかれたタイトルがあったら読んでみるって感じでいいか。どっちにしろジーンが帰る時間までだし。知識も深めたいけど優先順位を間違えちまったらダメだしな)
そんな風に考えると、アレンは視線を左右の本棚へと振りながら歩いていく。少し気になったタイトルがあった場所は、後から見てもわかるように地図に標をつけながら。
そして地図に二十を超える標がついたころ、ある本棚の前でアレンが動きを止める。そして少し手を上へと伸ばして一冊の本を取り出した。
歴史ジャンルの棚の中、両脇を別の作者の書に囲まれた一冊のみぽつりとあったその本の名は……
「禁呪の開発による古代文明崩壊、か」
アレンがその本を立ったままぺらぺらとめくる。
前書きの部分の数ページを読み、魔王に対抗するために編み出された禁呪によって、その脅威が取り除かれた後に人間同士の戦争によって崩壊した古代文明について書かれたものであるとアレンは理解した。
その内容に少し眉根を寄せて考えたあと、その本を読むために空いている席をアレンは探し始めた。
その日以降、アレンは朝夕にジーンをつけている者がいないかを確かめる以外の時間のほとんどを図書館で過ごしていた。
ジーンのことについては、イセリアの思い過ごしだったのではないかとアレンは考え始めていた。そういった気配は一切感じなかったし、もし自分がそれをするならと考えていくつか怪しい場所に網を張ったりしてみたのだがその全てが空振りに終わっていたからだ。
そんな成果のないジーンの案件とは逆に、禁呪の開発による古代文明崩壊という名の本を皮切りに始まった図書館でのアレンの調べものは順調に進んでいた。なにせジャンルごとに区分けされているので、同じような内容の書物を見つけるのは簡単だったからだ。
それらの本を読み進め、アレンなりに解釈して整理し、また新たな本を読む。たまに冒険者にも役立ちそうな本を読んで気分転換をしたりしながら、それは進んでいったのだが……
「結局わかったのは、歴史は繰り返すってことぐらいか」
たった今読み終わった本をパタリと閉じ、アレンが大きなため息を吐いて天を仰ぐ。その表情には少々疲れがみえた。
アレンがここのところずっと調べていたのは、強大な力を手に入れた結果、起こってしまったと思われる歴史的な事実や悲劇に関連する書物だった。
同じような状況とも言えるスライムダンジョンを利用した異常なステータスの取得方法について、なんとか穏便に解決する方法の糸口でもないかと考えていたのだ。
(強大な力を手にすると最終的に争いや戦争になっちまうんだよな。相手もそれに対抗するから被害が拡大していくし)
長時間同じ姿勢で凝り固まった体をほぐすように、アレンが背伸びをする。
もちろん本の中には、こうすれば良かったのではないかといった考察が書かれているものも少なくなかった。しかしアレンにはそれはあくまで一時しのぎに過ぎず、いつかは同じ結果にたどりつくようにしか思えなかった。
「人間ってのは愚かだねぇ。まあ考えなしにやっちまった俺に言う資格はねえか」
そんなことを呟きながらアレンは苦笑する。
ステータスが全て10上がる可能性を発見し、それに喜び勇んで半ば何も考えることなくレベル500までアレンは上げてしまったのだ。そのことにどれだけの危険性が含まれているのか認識することもせずに。
それは今考えれば愚かな行為に他ならなかった。
(とはいえ俺個人のステータスなんて考えてみれば些細なことなんだよな。スライムダンジョン内でそういう状況が揃っちまってるってのが最大の問題なんだ)
頭の中で状況を整理するアレンの顔は渋い。
実際、アレンのステータスが問題になるのであれば、レベルダウンの罠を使ってレベルを落としてしまうなど、やりようはいくらでもあった。
しかしその方法を知りスライムダンジョンを利用すれば、誰でも簡単にアレンと同じ人外とも言えるステータスを得ることができるという状況は変わらない。そしてそれを悪用されでもしたら、待ち受けるのは最悪の未来だろうことは予想するに難くなかった。
(いっそのことレベルアップの罠の予約をネラ名義で全部埋めちまうか。ははっ、金銭的にはなんとかなるだろうが、マチルダに怒られそうだな)
そんな馬鹿な考えをした自分へ少し呆れながら、マチルダの怒った顔を想像してアレンは少し表情を柔らかくしたのだった。