作品タイトル不明
ドレス
振り向くと予想通りというべき人物が、不機嫌さを隠すことなく私達姉妹に近付いてくる。
「何故ドレスを着ていない?」
卒業パーティーに制服で参加したことを、この男はとても不愉快に感じているようだ。
彼からしたら平民でもない私がドレスではなく制服で参加したことを『恥』として捉えているのだろう。
貴族としてあるまじき行為と…
「ドレスは…」
「私、お義姉様の為に何ヵ月も前からドレスを準備していたのに…酷いです」
私がドレスについて話す前にローレルが詳しく説明してくれる。
最後には涙まで見せたかと思えば、先程まで私の目の前にいたのに今はちゃっかり王子の横に移動している。
「…キャステン公爵令嬢、そのドレスは…」
「はいっ。王子様から頂いたドレスです」
キャステンと呼ばれると私も反応してしまう。
ドレスについて聞かれると、私ではなくローレルの事だと判断したがそれ以上に王子がローレルにドレスを贈った事に驚く。
私に贈ると言いながら義妹にまで同じ口説き文句を使うなんて軽薄というか、信じられない人間だと再び判断してしまう。
不快と感じる私とは違い周囲の人達は、ローレルが王子からドレスを贈られた事実にどよめいていた。
婚約者候補の一人に特別に王子がドレスを贈る意味は一つしかない。
会話を聞いた人達は王子が選んだのはローレルなんだと判断した。
「…手紙も一緒に送ったはずだが、読んでいないのか?」
「手…紙…ですか?ぇっと…無かったように…」
手紙という言葉で、途端にローレルはしどろもどろになる。
「令嬢は誰から贈られたのかも分からないドレスを不審に思うことなく、不用心にも使用するのか?」
なんだが、ローレルの様子がおかしい。
「王族からだと聞いたので……」
「届けた従者は誰宛とは言わなかったのか?」
「……言っていなかったと……」
「…ほぉ、それでドレスを受け入れた…」
「…はぃ」
「サイズが合わなかったんじゃないのか?」
「…はぃ」
「疑問に感じなかったのか?」
「…ぃ…くら…王族でも、令嬢のサイズを入手するのは難しく…何処かで行き違いがあったのでは?と…考えました」
「それで、自身のサイズに直した…と?」
「はぃ」
「贈る相手を間違えたのでは? と僕に確認しようとは考えなかったのか? 時間はいくらでもあったはずだ」
「…サイズが間違っていたことをお伝えするのは、王子様に恥をかかせてしまうと思いこちらで直しました」
ローレルと私の身長は約十センチ程違う。
ヒールを履いてしまえばそこまでは気にならないだろうが、体型は違う。
私は標準的な体型だが、ローレルは男性が理想とする魅力的な胸をお持ちだ。
既製品の服では意図せず胸を強調してしまうので『困っているのぉ~』と過去の私に訴えてきた記憶がある。
よく見ると王子から送られたというドレスはシンプルだが、胸の部分だけデザインが複雑に見える。
「それは、私がニルヴァーナ令嬢に贈ったものだ」
王子に言葉に周囲も驚くが、その人達以上に私が驚き声をあげてしまった。
ローレルが着ているドレスは私宛だったの?
知らなかった。
「それを何故、キャステン公爵令嬢が着ているんだ?」
「…お…お義姉様に薦められ、てっきり私に贈られたものだと…」
…漸く分かった。
王子はあの約束を守り私にドレスを贈っていた。
だが、贈られたドレスを先に確認したローレルは、その事をよく思わず私へのドレスを奪い自分のものとして着用している…
王子に追求されているローレルの声は次第に小さくなり、胸の前で手を重ね相手を上目遣いて見つめていた。
その姿は豊満な胸が寄せられ更に強調させていた。
不謹慎ながら少し羨ましく…
「本当に義姉に勧められたのか?ニルヴァーナ嬢は私の贈り物を義妹に下げ渡す事がどんな意味を持つのか理解できない愚か者なのか?」
「お義姉様が……」
敢えて王子が私を『愚か者』なのかと尋ねると、学年首席を三年間守りきった私には似つかわしくない言葉に周囲もローレルの発言を怪しむように凝視する。
私がその程度も分からない人間なのかどうかはローレルだけでなく他の生徒も分かっているので、ローレルは何も言えなくなっていた。
「本当に、僕からの手紙を読んでいないのか?」
「…手…紙の存在は知っていました…が…内容までは…ドレスもお義姉様宛なのではと思いましたが…私…が欲しいと願った訳ではなく、お義姉様が『着たくない』と強引に私に押し付け『貴方が着たら良いのよ』と言うので断ることが出来ませんでした」
私が登場している。
今度は私がドレスをローレルに押し付けた事にされていた。
ローレルがこんなにも大勢の前で淀みなく嘘を吐ける事を今の今まで私は知らない。
彼女の被害者を演じるスキルは凄まじく、加害者とされる私でさえ彼女の演技に引き込まれてしまう。
「それは失礼な行為だとは考えなかったのか?」
「…お…義姉様の言葉には逆らえなかったのです。生まれた時から公爵令嬢のお義姉様の言葉に元男爵令嬢の私に選択肢などありません」
私を『娼婦の娘』と今の公爵夫人と笑いながら口にしていたのに、今では私を『生まれた時から公爵令嬢』と表すなんて。
それだけじゃなく、初めてローレルは自身の出自が男爵令嬢である事を話した。
今までは公爵令嬢である事を周知させるよう振る舞っていたのに都合の良い時だけ過去を持ち出すなんて…
分かりやすく涙を流し声を震わせ訴えるローレルに、どれだけの人間が騙されているのだろうか?
私は再び断罪の道を辿るのね…
「それは本当なのか?」
「私は嘘など吐いていません」
この場でローレルが嘘を吐いていると分かるのは私だけだが、素晴らしい役者としか言えない。
あんなに堂々と王族の前で嘘を吐くなんて…
なんたる心臓の持ち主なの?と笑ってしまう。
「…そうか。キャステン公爵令嬢の言葉は信じるには問題があるな」
「え?」
「そのドレスを僕がニルヴァーナ嬢に贈った事には意味があるんだ」
王子の勘違いさせるような言い方に周囲の者は『婚約者として選ばれたのはローレルではなく義姉の方なのでは?』と推測する。
「…意味…ですか?」
ドレスを贈ることの意味は大抵、婚約者や意中の相手と連想しがちだが私達は違う。
「詳しく話す必要はないが、あのドレスは謝罪の意味を込めて贈ったもので、事前にニルヴァーナ嬢には僕達の和解として贈ると伝えてある」
和解…
そんな話にはなっていなかったような?
そもそもドレスを贈ることも強引に決められた。
今その事を言うべきではないのは分かる。
「えっ?和…解?」
謝罪や和解という言葉でローレルは義姉に贈られたドレスの意味を勘違いしていたのを知る。
「公爵家では相手から贈られた謝罪の品を無下にするような教育を施しているのか?」
「ぇっあっいえ…」
常に自信満々のローレルだが、公爵家の品位にも関わると聞かされ自身がどれ程の事をしたのか漸く理解したようだ。
「キャステン令嬢はドレスを押し付けられたと発言するが、では何故ニルヴァーナ嬢は制服で参加しているんだ?」
一斉に王子の言葉通り制服で参加している私に視線が集まった。
ローレルが認めず、『王子の謝罪を受け入れない為の意思表示で、自分は義姉に利用されたんだ』と苦し紛れにでも口にしていたら筋は通ったのかもしれない。
王子の主導権を握る会話や私の制服姿で『ローレルは義姉に贈られた王子からのドレスを奪った義妹』という印象を植え付けてしまった事に気が付くと、周囲の自分を責めるような視線に押し潰されていた。
「…王子、今回のドレスは何か手違いがあったのでしょう」
王子が何故そこまで真実を求め、ローレルの罪を暴こうとするのかは私には理解できないがこのままでは卒業パーティーどころではないのは確かだ。
ローレルを助けるつもりはないが、二人の会話に割って入れるとした私ぐらいなので仕方なく仲裁にはいることにした。
「手違い?勝手にドレスを切り刻んでか?」
言い方…
王子が私用に誂えたドレスだが、正確なサイズではないとしてもローレルと私では明らかにサイズが違う。
特に魅力的な胸を持つローレルでは私サイズのドレスを着るには切るしかないが、『切り刻んで』の表現は物騒と言える。
「ローレル様は自分に贈られたものだと勘違いされたのですから、ご自身に合ったドレスに直すのも致し方ないかと…」
「…義妹を庇うのか?」
「いえ、私はこのような事で関係のない方達を巻き込みたくないだけです。大事な卒業パーティーだというのに険悪な雰囲気では嫌な思い出として彼らの中に残ってしまうのではないかと思っただけです」
王子に私の言葉が響いたのかは分からないが、冷静になり周囲を見渡し今日が彼らにとっても大事な卒業パーティーだというのを思い出す。
「私は学園の卒業生としてこの制服でパーティーを過ごしたいと思います。ドレスはこれから着用する機会はあるでしょうが、制服を着用することが出来るのは今日が最後ですから」
これで『ローレルによるドレス窃盗の話は終わりです』と被害者である私が提案すると、私の思いを汲み取り王子はゆっくり深呼吸をした。
「そうか、なら僕も今日は制服で参加するべきだったな」
私達が笑顔でこの件は『終わり』と示すと、緊迫していた空気に周囲も少し安堵したように見えた。
祝いの場で他人のいざこざに誰も巻き込まれたくない。