作品タイトル不明
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◆今井
闘技場のバックヤードは大騒ぎになっていた。
原因は、デモンストレーション用の妖怪が間違って解き放たれたせいだ。
当時の担当は加藤。
担当といってもやることは単純で、どちらかといえば妖怪を監視するのが主な目的である。
それなのに、完全な不注意が原因でミスをした。
下手をすれば大事故に繋がっていたかもしれない。
今も、他の職員がその後始末に追われている。
怒りを抑えきれなくなった今井は同僚の加藤に掴みかかっていた。
「おい、どういうつもりだ! 出場者が無事で済んだから良かったものの、何て事をしてくれたんだ!」
「いやあ、ボタンを間違えたみたいだ。すまんすまん」
今井が真剣に怒っているのに対し、加藤からは全く罪悪感が感じられない。
とても軽い。大したミスでもないような素振りで返してきた。
「前日から何度も確認したし、リハもやっただろ!? 聞いてなかった、間違えました、じゃないんだよ!」
「ちっ、うるせえな。相手は一属性なんだからいいだろ……。俺は次の仕事があるんだ。どうでもいいことで呼び止めるんじゃねえ」
加藤は今井の手を払い、逃げるようにその場から走り去ってしまう。
今井からすれば耳を疑う内容だった。これは一属性がどうとかいう話ではない。
怪我人が出るか出ないかの話だ。下手をすれば、人が死んでいたかもしれないのだ。
とにかく、上には今回のミスに自分たちは一切関係ないことをしっかりと説明しよう。
あいつを庇う必要が無いことは今の態度でハッキリした。
「俺は、自分の失敗の後始末を周りに丸投げして逃げる奴なんて守らないからな」
今井は自分に言い聞かせるように呟く。
周囲に視線を走らせれば、自分の呟きを聞いた他の皆から首肯が返って来る。
その目には、はっきりとした苛立ちの色が見て取れた。
どうやら加藤の味方は一人もいないようだ。
「おい、聞きたいことがある」
と、ここで背後から声をかけられる。
今井が声の主を確認しようと振り向くと、デモンストレーションに招待された参浄早雲がいた。
なぜ、こんなところに。
「え、貴方は!?」
驚きのあまり、つい声が出てしまう。参浄の隣には紫前増美もいる。
大物二人の登場に、緊張で体が固まる。
もしかして、さっきのミスを追及する為だろうか。
◆参浄早雲
「あの妖怪、弱らせてあったのか?」
参浄早雲は一番気になっていたことを、係の者に尋ねた。
「そりゃあ、生け捕りにしたので多少は……。といっても、今日までにほとんど回復していてもおかしくないですが」
こういったショーもどきのイベントで妖怪を使う場合、事前に傷を負わせたり、疲弊させたりして弱らせることがある。それは対戦相手の安全を確保する為だ。
そんなことまでするなら一段階弱い妖怪を選べばいいのに、とは思うが、そこは面子が絡むのだろう。派閥間での意地の張り合いみたいなものだ。
が、今回はそういったことはしていないという。
まあ、自分が相手をするなら、あの程度を弱らせる必要がないのは確かだ。
「……そうか。それで、あの出場者は本当に一属性なのか?」
「は、はい。それは間違いありません。もともと無属性だったという報告を受けていますし、出場者の事前チェックでも一属性と確認したそうです」
妖怪の次は、対戦した出場者について質問した。
ラストに登場した子供は確かに一属性で間違いないという。
係の者が言いにくそうに紫前の方に視線を送りながら、言葉を選んで話す。
どうやら、紫前がわざわざねじ込んできたので、よく覚えていたそうだ。
なるほど、一属性の出場者の順番は紫前が意図的に決めたものか。
紫前は、向こうが強引に参加を希望したと言っていたが、順番も何か言われたということか。
雲上院が強引に参加を希望し、順序まで口を出した。
その後、現場の担当者がミスをして出す妖怪を間違えた……、と。
――嘘だな。
瞬時に参浄は察した。さすがに都合が良すぎる展開だ。
何か見え透いた筋書きのようなものを感じる。
しかし、あの参加者の状態を見る限り、八百長の気配はなかった。
満身創痍の辛勝といった感じだった。一歩間違えれば大怪我を負っていたかもしれない。
そんな博打じみたことを作為的にやるだろうか。
と、そこまで考え、答えが浮き彫りになる。
誰が強引に参加を希望したと言ったのか。
誰がデモンストレーションを企画したのか。
一属性の者とあの妖怪が戦えば、普通はどうなると考えるのか。
……答えは明白だ。
一属性をラストに出して醜態を曝させ、そのあとにデモンストレーションをする。
そういった演出意図だったのではないだろうか。
なんとも趣味の悪い話だ。
しかし、本来の思惑とは違う結果になってしまったようだが……。
後ろにいる紫前に視線を送れば、苦々しい表情で俯いた。
今は、そのことの追及より気になる事があった。
「どうなっている……。なぜあんなに霊力がある」
妖怪に手を加えていないとなると、出場者の霊力がそれなりに高かったことになる。
そうなると出場者が一属性というのが疑わしくなってくるのだが……。
一属性で、あの年齢の者があれだけの霊気を放つとは俄かには信じ難い。
霊力もそうだが、体捌きも見事なものだった。その辺の霊術師には真似できない動きである。
「不正です! 以前も、もう一人の一属性が大量の霊気を放ってみせたことがあります! きっと同じ方法を使ったに違いないです!」
と、紫前が大声を張り上げた。
「ほう、どんな方法だ?」
「い、いえ……それは……」
紫前に静かに問いかけると、口ごもる。
確かに、一属性であの年齢だと、ありえない霊力だと思う。
だからといって不正と決め付けるのは早計だ。
紫前は何の根拠も無く、条件反射で言葉が出たのだろうか。
紫前家の人間とは思えない言動だ。参浄は自然とため息を吐いていた。
「仕事を他の霊術師に奪われ、息子をアピールするために人を呼びつけ、儀式では事故を起こす。さらには証拠もないのに出場者に不正があると言う……。貴様は一体何をやっているんだ」
あまりに稚拙な行動の数々。
霊力が高ければ、ある程度相殺されるかもしれないが、度が過ぎる。
直属の部下であれば、厳罰に処するところだ。
「妖怪を間違えたのは私のせいではありません! それに一属性の者があんな量の霊気を扱えるなんておかしいのは確かなはずです!」
参浄からすれば、紫前の言葉は全て言い訳にしか聞こえなかった。
「責任者はお前だ。自分の責任ではない、は通用せんぞ。まあ……霊気の量は確かに不自然ではある」
「そ、そうですよね! だから不正に間違いないのです!」
ここは闘技場のバックヤード。そのせいか、ここまでの会話はそれなりに響いていた。
それに加え、紫前が大声を出すものだから、遠くまで声が届く。
結果、参浄と紫前の周りには関係者が野次馬となって集まってしまっていた。
本来なら仕事があって持ち場を離れられないところだが、出場選手の試合は全て終了している為、手が空いている者が多数いたのだろう。
参浄はその事に気づいていたが、必死な紫前は全く気付いていない様子だ。
二人を取り囲む野次馬の視線が紫前に集中している。
「だが、前例がないだけかもしれん。今はその段階だ。先走るな」
こんなことを言っても無駄だとは思うが、つい口に出してしまう。
「……も、申し訳ございません」
「気にするな。お前の処遇はほぼ決定している。こうやって話すのも、あと数度だ」
そう、全て決まって、全て終わった。最早、参浄には何もできない。するつもりもないが。
「そ、それはどういう……?」
「それより、俺のデモンストレーションはどうするんだ? 予備の妖怪がいるのか? いたとしても、一属性の者が倒した妖怪を今さら倒して見せてもな……」
紫前の問いを退け、この後の進行について尋ねる。
同じ妖怪がいたとしても、倒してみせる意味が失われてしまった。
紫前は一体どうするつもりなのだろうか。
「……予備はいません。本来、あの最後の出場者が倒すはずだった妖怪ならいますが……」
「俺に、この歳になって成人の儀をやれというのか?」
予定より、弱い妖怪を倒してどうする。
俺を笑い者にするつもりなのか。紫前を見る目が自然と鋭くなる。
「ちゅ、中止にします」
「全く。俺は何をしに来たんだ」
ここに来た意味が無くなった参浄は、止める紫前の言葉を無視し、会場を後にした。
◆紫前増美
「ご言いつけ通り、デモンストレーション用の妖怪を一属性に差し向けました」
紫前の部屋で、片膝をついた加藤が得意満面の様子で報告する。
途端、紫前の顔が限界まで歪んだ。
「馬鹿者! お陰で恥をかくことになったではないか!」
「え? ですが……」
呆けた顔をする加藤に、分かり易く説明する。
「そもそも予定では、アレが怪我をして無様に退場するはずだったのだ! その後にデモンストレーションで華麗に倒して、騒然となった場を収める予定だったのに……」
ひと泡吹かせつつ、場を盛り上げて収拾する。
妖怪を出し間違えたミスは担当の加藤にそのまま押し付けて、処分。
そういう計画だったのだ。
「……紫前様?」
「なんで倒せるのよ! そんなにあの妖怪は弱っていたの!?」
一属性の人間が倒せるはずが無い。
あのレベルの妖怪は、霊術師が複数であたるのが通常とされている。
三属性一人でも対応できないことはないが、不安が残るレベル。それなのになぜ……。
あの妖怪が傷を負っていたか、疲弊していたとしか考えられない。
「いえ、ほぼ万全の状態です。生け捕りにする時も、二属性の者八人にやらせて負傷者が出たほどですし」
「一体どんな小細工を……。私の邪魔ばかりして、なんて忌々しいのかしら!」
加藤の報告が事実なら、あの衆人環視の中で何かしらの不正を働いたということだ。
つまり、こういった事態を想定して、招待された段階から入念に準備をしていたということになる。
なんと抜け目の無いことか。
紫前は今回の事故の責任を眼前の加藤に全て押し付けることを決めつつ、次の策を考え始めていた。
結局、紫前増美の思惑通りになる事はひとつもないまま、成人の儀は幕を閉じることとなった。