軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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◆兎与田太良

兎与田は必死に走りながら、後ろの景色を確認した。

轟音と共に木々が倒れ、あちこちで炎が燃え上がっている。

まるで爆撃でも受けたかのような惨状が広がっていた。

そんな中、全身に青い炎を纏った井和倉が、こちらに迫ってきていた。

「おいおい、山火事とか考えないのかよ……」

「ははっ、どうしたどうした! 逃げてばかりではないか」

井和倉が、そう言いながら拳を振るう

すると拳の先端から竜巻状の炎が噴き出し、射線上のものを焼き焦がして消滅させていく。

兎与田は、慌てて回避行動を取る。

「そりゃ逃げるだろ。なんだよ、その霊術は」

「身体強化との親和性を極限まで高めた術だ。これにより、拳を振るうことで自動的に術が発動する」

そう言いながら、井和倉が何気ない動作でジャブを放つ。

すると、その軽快さからは似合わぬ暴音が轟き、複数の炎が射出された。

「洒落になってねえ。発動速度はこっちが上だと思っていたのに」

兎与田は、迫る炎を飛ぶようにしてかわす。

地面に接する瞬間、前転するようにして起き上がり、すぐさま走る。

強烈な攻撃を受け、逃げるしかない。

反撃しようにも、相手の術の発生速度が早い。

あれは、大術を常時発動しているようなもの。

ノータイムで攻撃できてしまうのだ。

本来、発生が早い術は威力が低い。

発生速度を高めるということは、術に威力を込める時間を短くするということ。

つまり、兎与田が井和倉の術に対抗して、発生の速い術で攻撃しても太刀打ちできないのだ。

「無駄だ。あまり避けてまわると、こちらも狙いが外れる。当たり所が悪くて死んでも知らんぞ」

井和倉は、手を開いた状態で両腕を振るった。

すると、五指の先端から炎が発生。十本の火炎竜巻が兎与田を襲う。

――これはさすがにかわしきれない。

そう判断した兎与田は、一番被弾が少ないと思われる個所へ飛びこんだ。

「ぐあっ」

狙い通りとなったが、火炎竜巻の一本が腹部を直撃。

霊気と霊術で防御を固めるも、威力の相殺に失敗。

大きく吹き飛ばされ、背後にあった大木に激突した。

そのままずり落ち、動けなくなってしまう。

「だから、言ったではないか。しかし、その程度で動けなくなるとは情けない。鍛錬が足りていない証拠だ。どれ、俺が修業に付き合ってやろう。きっちり受け止め、耐えきってみせろ。ククッ、この程度で死んでくれるなよ」

井和倉は、そう言うと拳を握り締めた。

ゆっくりと振りかぶるうちに、腕の周囲に蒼炎が凝縮されていく。

兎与田は、顔の表面に熱気を感じながら、井和倉の拳を見た。

指を開き、五分割した状態の攻撃を受けて動けなくなった。

拳を閉じた状態の威力は、単純に五倍。

到底耐えられない。

「はぁはぁ……」

なんとか立ち上がろうとするも、意識が朦朧としてうまくいかない。

視界が曇り、はっきり前が見えない。

焦れば焦るほど意識が遠のき、視界が白く塗りつぶされていく。

それと同時に見えてくるのは、過去の景色。

走馬灯のように、今までの出来事が高速でフラッシュバックしてくる。

兎与田は頭を振って、抵抗する。

が、過去の光景が視界を侵食し、覚醒を阻害するように展開されていく。

――二人の自分がいた。

自分の前に、背を向けた自分がいる。

スクリーン越しに、過去の自分を見ているような状態だった。

体を動かすことができず、じっと見ていることしかできない。

背後から正体不明の力に押されて、じわじわと前に進みだす。

過去の自分と今の自分が一つになっていく。

結果、今が何時なのか分からなくなってしまう――。

はっと目を覚ます。

見覚えのある場所だった。

ここがどこで、何が起きたのか覚えている。

妻が死去したのだ。

死因は、ありふれた事故。余りに唐突だった。

耐え切れず、酒に逃げ、一日中酔っていた。

皆、愛想をつかして離れていき、気が付けば誰も居なくなっていた。

当然の帰結だ。だが、何もかもがどうでもよかった。

そして、貯金が底をつく。

酒を買う金もなくなった頃、家庭教師の話が来た。

金に困っていたので引き受けた。

生徒はまさかの一属性だった。

属性数など気にせず、霊術に夢中な子供だった。

霊術に触れることが楽しくてのめりこむ姿を見て、昔の自分を思い出す。

寝食も忘れて術の開発に没頭した日々。

属性数の少ない霊術師や、属性相性に恵まれなかった霊術師が活躍できる術を作り出す。

そんな思いで様々な術を開発した。

と言えば恰好がつくが、始めたきっかけは妻の気を引きたかっただけだ。

今でも、完成した術を提供した時の妻の顔は鮮明に覚えている。

それに紐づくようにして、オーダーに応えた依頼人たちの顔が次々に浮かぶ。

皆、自分が開発した術によって、希望を見出していた。

そして、その姿を見て自分自身も希望を見出し、救われていた。

そのことに気づかされたのは妻の言葉があったからだ。

夫婦で依頼人を見送る際、隣に立つ妻がよく言っていた。

見送っているときの貴方が一番嬉しそうにしている、と。

子供の指導を終える頃には、少しずつ酒と距離をおけるようになっていた。

霊術への興味が戻ったからだ。

その頃から、近所の川原で術の開発をするのが日課となった。

そんな日々を過ごしていた時、別の子供と出会った。

その子供は、自分が術を使う姿を見て、霊術を教えて欲しいと頼み込んできた。

しかし、霊術は霊気を発現していないと使えない。

幼いように見えたが理解力があったらしく、こちらの説明を聞いて納得してくれた。

どうせ無理だろうと思いつつも、子供に無体なことは言えない。

霊気に目覚めたら教えてやると約束をした。

すると、翌日には五属性に目覚めてやって来た。

それが七海だ。

それからは七海に術を教え、自分の術を開発し、妖怪を倒す日々。

そして、いつの間にか七海も妖怪討伐に参加するようになっていた。

危ないのでやめさせようとしたが、金が欲しいと言う。

理由は、養護施設の運転資金に充てたいから。

そんな理由を聞かされてしまっては、強く出られない。

それに加え、周囲に誰も居なくなった自分にとって、五属性霊術師のアシストはありがたい。

七海と利害が一致し、お互いのために共同生活をすることを決めた。

この頃には、酒を一切飲まなくなっていた。

新たな生活を始めることを、妻の墓前に報告した。

ラーメン屋が一階にあるマンションで七海との生活が始まる。

ラーメン屋の店主の助力を受けながら、子育てと仕事に奮闘する日々。

そんな中、七海が鷹羽雷蔵の命を偶然救った。

それをきっかけに鷹羽家と交流が生まれた。

七海を介し、新たな世界が広がっていく。

一日が瞬く間に終わり、あっという間に季節が巡り、気が付けば一年経っている。

一瞬のように短く感じられるが、決して希薄な日々を過ごしていたわけではない。

むしろその逆。非常に濃密で、一日として同じ日がない毎日だった。

そんな日々の中で起きる沢山の出来事が思い出となって山積していく。

――どれも昨日のことのように、鮮明に覚えている。

初めて料理に挑戦して作ってくれたカレーは、少し焦げ臭かった。

誕生日プレゼントをもらった時は、涙を誤魔化そうとして上手く嬉しさを伝えきれなかった。

登校時に見送る背中が少しずつ大きくなっていき、ランドセルが小さくなっていく。

他人からすれば他愛ない出来事かもしれないが、どれもかけがえのない思い出だった。

そんな様々な出来事が、七海の成長を実感させる。

こちらへ向けられた笑顔がスライドショーの様に高速で現れては消えていく。

忙しくも充実した日々が経過していく。

そんな中、七海が最年少で霊術師の資格を取った。

ずっと応援してきたことだったため、その日の事はよく覚えている。

確か――

「これでお前も一人前だ。背中は任せたぞ、相棒」

「フフ、任せてよね! てか、私の相棒なら、もっと強くなってよね」

「おう。お前が後ろを気にしなくていい位には強くなってやるよ」

――そんなことを話して、拳を突き合わせた。

眩しくもはにかんだ笑顔で、得意げに胸を張っていた。

――そうだ、あいつと約束したんだ。

そう思いだした瞬間、眼前に広がっていた思い出の景色が急速に遠ざかっていく。

一瞬にして暗闇となり、体が一方向に高速で吸い寄せられる。

が、そんな事はどうでもよかった。

それより、自分にはやらなければならない事がある。

……約束したのだから。この場に用はない。

そう意識した瞬間、遠方に光が見えた。

それと同時に妻の幻影が現れ、こちらに微笑みかけ拳を突き出していた。

――あんな奴に負けないで。

そう言われた気がした。

ああ、任せておけ……。

そう気持ちを込めて拳を突き出し返すのと同時に光に吸い込まれた。

強烈な光が全身を包み、覚醒を促される。

次の瞬間、感覚が鮮明になった兎与田は、かっと目を見開いた。

目の前には鬼の形相の井和倉。

その遥か後ろに、結界がある山が見えた。

――あそこにいる。

今も必死で頑張っているはずなのだ。

「……相棒に抑えるって約束したんだから、きっちり仕事しねえとな」

兎与田は倒れるように体を傾けながら、霊装を掲げた。

頭のすぐ横を火炎竜巻が通過するのと、展開準備を終えていた霊術が発動するのが同時になる。

途端、井和倉の足元がうごめく。

一定範囲が、とりもち状の粘着性が高い地面へと変化したのだ。

「ぐ、なんだこれは」

井和倉が足を上げると、張り付いたとりもちがまとわりつき、動きを阻害する。

「こっちも、ただ逃げ回っていただけじゃないってことだ」

「この程度で勝った気になるな!」

そういって、井和倉が足を踏み鳴らすようにして、地面を蹴りつけた。

途端、地面が燃え上がり、術が霧散した。

「うへ、一発かよ。手をかけた術だったのに、撃ち甲斐のない相手だぜ」

と、言いつつ逃げる。

準備は整っていた。発動一歩手前まで準備した術は複数。

ここから畳みかける。

兎与田は駆けながら、次の術を発動する。

霊装を振ると同時に、炎のツバメが五羽発生。

読みにくい軌道で、井和倉の四方から襲撃する。

この術は、とある縦巻き髪の令嬢が探査術に適性があったため、少し手を加えて作り出したものだ。

簡易自己判断と自動追尾を持たせた攻撃術式である。

が、井和倉の腕の一振りで全てが消え失せた。

「逃げるな!」

「逃げるに決まってるだろ! まあ、ただ逃げるだけじゃないけどな」

そう言いながら、次の術を発動する。

今度は、振り子罠状の丸太が四つ出現。

それらが、井和倉に襲い掛かる。

「おのれ、こざかしいことばかりしおって!」

井和倉は、こちらの術を防ぐため一旦立ち止まった。

が、払いのけるような動作で、全てを一瞬で焼失させてしまう。

兎与田は、その隙を突いて新たな術を練る。

「悪いな。これが俺の得意分野なんでね」

と言いつつ、新たな術を発動。

一帯を濃霧が包み込んだ。

この術は、一見すると霧が出たように見える。

が、実際は極小の氷の粒の集合体。吸い込むと内部から肉体を凍らせる術だ。

しかし、井和倉には効果が薄かった。

動きを阻害するまでに至らない。軽くむせるだけ。

辛い物を食べた程度のリアクションしか返って来ない。

「く、またこんな物を!」

「凄いだろ、発動速度にこだわって開発した俺の霊術。遠慮なく、たっぷり味わってくれ」

「邪魔だ!」

井和倉が五指を広げて腕を振るう。

結果、霧が炎に焼かれて消えてしまう。

「おー、怖い怖い」

兎与田は、軽口を叩きつつも考えていた。

井和倉は口だけではなく、実力もある。

術の腕も確かで、元十家という肩書きは伊達ではない。

ただし、パワータイプの猪突猛進型。

堪えが利かず、非常に直情的。

そこに、隙を見出した。

兎与田は、細かい攻撃と妨害に重点を置いて挑発を繰り返した。

結果、井和倉は挑発に乗り、動きが散漫化。

攻撃が単調化し、読み易くなった。

非常に御しやすい展開となり、攻撃に転じる機会を生み出せそうになる。

だが、霊力の差があるため、安心はできない。

一瞬の油断が全てを瓦解させる緊張感があった。

そんな中、兎与田は巨木に身を隠しながら新たな術を発動する。

これは、とある鮫歯のお嬢さんが、変態的技術で作りだした霊術を参考にして開発したものだ。

水属性を用い、一瞬で自分そっくりのダミーを作り出す。

参考にした術の様に攻撃力はないが、相手をかく乱するのに有用だ。

冷静さを失った井和倉は、見事に引っかかってくれた。

「く、どうなっている。そうか、偽物か!」

「それは外れだ。そして、こっちが当たりだ」

そう言って、水を蔓状にした霊術を井和倉の全身に絡みつけた。

「ぐっ、おのれ! この程度の拘束、また引きちぎってくれる」

と、井和倉が霊気を放出。力で強引に引きちぎろうとする。

――かかった。

兎与田は狙い通りの展開に、ほくそ笑んだ。

見た目を初めの拘束霊術に似せたため、力で破れると錯覚してくれた。

「確かに。あんたなら間違いなく引きちぎれると思うぜ」

――嘘である。

しかし、そう言えば相手が乗ってくる。

兎与田には確信があった。

「うおおおおおおおお!」

井和倉が雄叫びを上げ、霊気を爆発的に放出。

力技で拘束を引きちぎろうとする。

そこで、兎与田の術が本当の意味での発動を開始する。

井和倉の全身に絡みついた水の蔓から、小さな蕾が大量に発生。

それら全ての蕾が一斉に花開く。そして花柱部分から霊気があふれ出した。

「どうなっている!? 霊気が止まらん!」

「その術は吸引機みたいなもんだ。あんたの体内にある霊気を高速で吐き出すのさ」

ただし、この術を発動させるためには、初めに相手が自ら霊気を放出する必要がある。

その霊気に反応して、無数のバイパスを形成。体外に霊気を放出し続けるのだ。

本来は妖怪を行動不能に追い込む術だが、人間に使えば眼前の結果となる。

「うがぁああ!?」

井和倉が叫びながら抵抗するも無駄だった。

五属性霊術師という霊力の高さのせいで、可視化できるほどの強力な霊気が一気に体外へ放出されていく。

結果、井和倉は体内の霊気を全て吐き出し、霊気切れの症状を発症。

疲労状態を引き起こし、膝をついて倒れた。

これでしばらくは行動不能となるだろう。

「なんつー霊力してるんだよ。もう少しで、こっちの術が破壊されるところだったぜ……」

井和倉を倒して安心したせいか、少し饒舌となった兎与田は、その場に座りこんだ。

複数の術を使い続けたせいで、体に負荷が発生したのだ。